坂本龍一の音楽だけに捉われない作品と「共生」する展覧会
2023年3月に亡くなった坂本龍一の演奏データをもとにした作品や、国内外のアーティストによる坂本とのかかわりのある作品などによって構成された展覧会「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」が、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東京都新宿区)で開催中です。
音楽だけにとらわれず、さまざまなものを音楽ととらえる坂本の感性・知性をギリシャ神話のミューズに例える小沼純一さんが、展覧会の様子をレポートしてくれました。
音楽を中心にしながら、文学、映画など他分野と音とのかかわりを探る批評をおこなう。現在、早稲田大学文学学術院教授。批評的エッセイとして『ミニマル・ミュージック』『武満徹...
ことし、2023年3月に亡くなった坂本龍一は、生前、音楽家としてのみならず、多くのことをおこなってきた。
何かをやりたい、その欲望をどのように実現するか。音楽家として、音楽を中心として活動はしてきた。でもそれだけではない。音楽もまた、さまざまなジャンルがあり、かたちがあり、はたらきがある。坂本龍一はそのことに意識的だったし、狭義の音楽に縛られないことをつねに意識、かつ実践した。
「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」は、そんなアーティストの、アートとのつながりに目をむけ、クローズアップした展覧会だ。
キュレーターは、畠中実(ICC主任学芸員)と真鍋大度(ライゾマティクス)。
3つの会場、2枚のカーテン。行き来するも、とどまるも、戻るも、どう体験・体感するかまかされた空間
会場は3つに分かれる。
それぞれの部屋と部屋のあいだは、壁と黒い厚手の2枚のカーテンで隔てられている。カーテンをひとつ、もうひとつと手でよけて、行き来する。このカーテンの厚さが、さりげなく、手に、からだに、ここちよい抵抗をもたらす。二重のカーテンは光と音を遮断しているが、音はとくにすこしく洩れ、あ、むこうはこんなかんじかな、と来場者は(どこかで)予感することになるだろう。
2つの部屋はともに暗い。音[・音楽]がなっていて、壁[の片面]に大きくうつしだされる映像が、かろうじて、来場者のいるところを照らしだす。
もうひとつはあかるく、中心にあるのはグランドピアノ。複数のアーティスト[と坂本龍一と]の作品がある。壁に沿って、小さめのモニターがあったり、メッセージや解説があったりする。
3つはいつもおなじように展示——いや、より正確にはループ——しているわけではない。あかるい部屋はほぼ独立した時間をなし、複数の作品が並行していくつもの時間を持っている。対して、暗い2つの部屋は、それぞれで上映=演奏されているものが、べつの部屋のもの——光と音——とあまりまじらないように配慮され、ある一定の時間でうごいている。
3つの部屋の展示は、ただ並列・並行しているだけではない。それぞれがべつのものを配慮している、とでもいったらいいか。つまり、3つ全体が、それぞれ、べつのありようをすこし意識しながら、生体=生態のように、あるのだ。
来場者は、3つの部屋を行ったりきたりし、ひとところにながくとどまり、ほかのところに戻り、過ごす。どう体感・体験するかはそれぞれのひとにまかされている。
坂本が志向し、思考し、試行・施行した、視覚的なものと音・音楽の「つなぎめのなさ」
余計なことかもしれないが、坂本龍一のやってきたことを、「音楽」、たとえばアルバムや映画に親しんできたひとにとって、この展覧会に足をはこぶと、ともすれば、とまどいもあるかもしれない。そんなふうにおもったりもする。
楽曲をつくり、演奏するというかたちとはべつに、坂本龍一はこれまでも視覚的なものと音・音楽のつながり、いや、つなぎめのなさを志向してきた。志向は、思考であり、試行でも、施行でもあった。音楽作品の「はじまり」と「おわり」のあるかたちとは異なった、音[・音楽]が、映像とともにうごき、変化してゆくさまを体験する、そうしたアートのありかたを、いくつもの美術館やギャラリーでおこなってきた。
暗い部屋のなかで、狭義の「音楽」とは異なった、ノイズィな音響を、どうきいたらいいのか。ピアノを演奏する坂本龍一がさまざまな景色とともにいるのを、コンサートのライヴ映像のように試聴すればいい、のか。あかるい部屋のなか、展示されているいくつもの作品に、どれから、どういうふうに、どれだけ、耳を、眼をむけたらいいのか。
ここで、わたしが内覧会でどんなふうに過ごしたかを書くことは容易だ。だが、そんなことはしない。とまどいがあったとしても、とまどいをそのままに、みたりきいたりうごいたりすればいい。もしこうした会場でないなら、いま、街にはさまざまな光と音・音楽のうごくモニターがある。日常では、たまに、みたりきいたり、みなかったりきかなかったりして、やりすごすはず。ただ、展覧会であることを意識すれば、おのずと、ところどころにある程度の時間たちどまるはず、だ。
3分の楽曲は3分かかる、じぶんの手持ちのメディアだったら早送りもできるだろう、が、ある意味、こうした場では映像・音響作品は強制力を持つ、持ってしまう。みずからが強制のなかに身をおき、強制を共生に変えることができたなら—―どうだろう?
トリビュートの語源、坂本の「Tribe(同族、仲間)」を感じさせる展覧会
すこしこまかいところにこだわってみる。
まず、NTT InterCommunication Center [ICC]をご存じだろうか?
NTTが日本の電話事業100周年記念事業として、1997年4月に東京・初台にオープンした施設で、ごくごく単純化するなら、メディア・アートにふれるなら、この列島における中心的な施設だ。坂本龍一は、冒頭にもふれたように、ここがオープンする以前から3月に亡くなるまで、要所要所でかかわりを持った。そうしたうえでこそ、キュレーターたちは、生前のつながりをただの回顧とはしないように、単にアーティストを追悼するにとどまらぬように、坂本龍一がメディアや他者とのつながりのなかにいて、現在を終着点とするのではなく、むしろこれから先の可能性をも秘めたマトリックスとしての「坂本龍一」を提示しようと配慮する。
もうひとつ、「トリビュート」
「トリビュート/tribute」は、賛辞の意味としてつかわれているのだろうが、この展覧会をみると、語源的なtribeのニュアンスを感じられなくもない。同族、とか、仲間、と言ったニュアンスを鑑みるなら、坂本龍一「ソロ/単独」のではなく、アートの分野で、ほかのアーティストと「一緒」につくっていった作品が大半を占める。また、すくなからぬ作品が、過去に発表されたものを、わずかかもしれないが、ヴァージョン・アップしていることも、先にふれたように回顧や追悼にとどめない、現在形とつながってくる。
そうしたなか、一種異なった位置を占めるのは李禹煥(リー・ウファン)の2枚のドローイング(1枚はアルバム『12』のジャケットにもなった『遥かなるサウンド』、もう1枚は病床へと贈られたもの)で、ここには、ちょくせつてきなコラボレーションではない、もっとお互いのしごとの奥へとむかった[きこえない]対話があるかのようだ。
坂本龍一は音楽家ではあったけれども、音楽家であるがゆえに、音楽を、音を、どういうものかを考えたし、そこからべつのアートへの関心も持っていた。いや、この順序はまちがっている。音楽家ではあるが、もともとアート/美術だって、演劇だって、ダンスだって、映画だって、つねに興味があった。音楽家になったのは必然だったかもしれないけれど、ある偶然とみえなくもない。
古代ギリシャのミューズ女神は、9つのジャンルを分担していた。ミュージックもミュージアムも、おなじところから発しているのは、いまさら、強調するまでもない。そうしたミューズのながれ、さまざまなものを音楽だととらえる感性が、知性が、坂本龍一にはあって、いわゆる音楽活動とはべつの、視覚性にすこし重心が傾いているようなところでおこなわれたコラボレーションが、今回の「トリビュート展」なのだ。
本人不在でも拡がっていく「坂本龍一の世界」
来年、2024年には、坂本龍一が高谷史郎とつくりあげたさいごのシアターピース『TIME』が3月から4月にかけて、東京、京都で、はじめて(この列島で)上演される。これはこれで、今回の「トリビュート展」とはべつの、視覚性、身体性と音・音楽を、時間と空間を綜合する作品である。
さらに12月には東京現代美術館で大きな規模の展覧会がひらかれる予定となっている。風の噂では、中国・成都でおこなわれている——現在もまだ開催中——「Ryuichi Sakamoto: SOUND AND TIME」とちかいものになるという。実際にどうなるのかは何ともいえないが、坂本龍一本人の不在のうえで、こうした展示が可能になるのは、やはり20世紀後半から21世紀にかけて生き、活動し、メディアや表現を意識し、積極的にコミットしてきたアーティストだったからこそ、にちがいない。
会場: NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] ギャラリーA(東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階)
会期: 2023年12月16日(土)~2024年3月10日(日)
開館時間:午前11時~午後6時(入館は閉館の30分前まで)
入場料: 一般 800円(700円)、大学生 600円(500円)
*( )内は15名以上の団体料金 * 障がい者手帳をお持ちの方および付添1名,65歳以上の方と高校生以下,ICC年間パスポートをお持ちの方は無料
休館日: 毎週月曜日、年末年始(12/28–1/4)、ビル保守点検日(2/11)
詳しくはこちらから
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