片岡仁左衛門「一世一代」の大舞台!
4月の歌舞伎座を、74歳、円熟の十五代目片岡仁左衛門が賑わしている。日本が誇る人間国宝の声が歌舞伎座に響く熱い夜を高橋彩子がレポートする。
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...
建て替えを経て、2013年4月に新開場した歌舞伎座。和と洋の雰囲気が調和していた従来の建物の面影を残しつつ美しく生まれ変わったこの劇場は、サントリーホールやミューザ川崎シンフォニーホールも手がけた永田音響設計が携わり、音響的にもこだわりをもって作られている。開幕の合図から効果音まで、さまざまな役割を担う柝(き)の音や、歌舞伎俳優の朗々とした声が、客席の隅々まで響くさまは必聴。
その歌舞伎座の夜の部で現在、片岡仁左衛門が「一世一代」と銘打ち、自身監修の『絵本合法衢』を演じている。一世一代とは、これを最後に役を演じ納めること。つまり、花も実もある名歌舞伎俳優・片岡仁左衛門が贈る空前絶後の舞台だ。
『絵本合法衢』は、加賀前田家で実際に起きた事件をもとに、四世鶴屋南北が書いた作品。多賀家の分家当主・左枝大学之助(仁左衛門)は本家の乗っ取りを企み、手下の浪人・関口多九郎(河原崎権十郎)に多賀家の重宝“霊亀の香炉”を盗み出させる。さらに、寵愛する鷹を誤って殺してしまった童を斬り殺したかと思えば、彼に諫言する家老・高橋瀬左衛門(坂東彌十郎)も殺害し、その罪を家来になすりつけ……と、悪逆非道の限りを尽くす。一方、大学之助の配下で、大学之助に瓜二つという設定のならず者の太平次(仁左衛門)は、多九郎が香炉を質入れしたことを知り、非人の頭分であるうんざりお松(中村時蔵)と策を巡らし、香炉を取り戻そうとするが、質屋・田代屋の後家おりよ(市村萬次郎)が、家を出る継子の与兵衛(中村錦之助)に香炉をもたせてしまったことから、与兵衛の許嫁・お亀(片岡孝太郎)をも巻き込む悲劇が始まるーー。
とにもかくにも光るのは、ほぼ出ずっぱりで個性の異なる悪役2人を演じる仁左衛門の存在だ。お家横領を狙う大学之助は、良心のかけらもない冷酷無比な大悪党。序幕、現れるたびに人を殺める姿は、颯爽としていて清々しいほど。絵のように美しい仁左衛門の姿が、表情が、劇が進む毎に深まる嗜虐性と凄絶美を増すさまは圧倒的。これに対して太平次は、人間味あふれる無頼漢。やっていることは悪いのだが、どこかとぼけたところもあって不思議と憎めない。
とかく様式性がクローズアップされがちな歌舞伎だが、リアルな感情の動きや人間模様も、重要な要素。この両面を、台詞回しや芝居の巧みさで繋ぎ、大きな華を現出させるところに、仁左衛門の真骨頂はある。月明かりの下で切る見得の大きさと鮮やかさ、お松が作った毒酒をこぼしてしまって足で拭くといった姿に見える愛嬌。大学之助は低く重みのある中に狂気を孕んだ声、太平次はくだけた調子に修羅場をくぐってきた男の凄みが滲む声、と、聴覚面での演じ分けも見事。歌舞伎の悪役の魅力がぎっしり詰まった舞台は必見だ。彌十郎演じる瀬左衛門の誠実さや、時蔵演じるお松の仇っぽい悪婆ぶりが、これを彩る。
なお、昼の部『裏表先代萩』では尾上菊五郎が、やはりお家を狙う大悪党の仁木弾正と小悪党の下男小助の2役を演じている。ここでも、歌舞伎における2種類の悪人の類型および、様式とリアルのさじ加減を楽しむことができる。
日時:
平成30年4月2日(月)~26日(木)
昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時45分~
料金:
1等席:18,000円
2等席:14,000円
3階A席:6,000円
3階B席:4,000円
1階桟敷席:20,000円
会場:歌舞伎座
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