
新たな芸術への試み 萬斎のおもちゃ箱Vol.4 「鷹姫とオーケストラ」

狂言師の野村萬斎がオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とともに舞台を作りあげる「萬斎のおもちゃ箱」。10月18日に石川県立音楽堂コンサートホールで行なわれた第4弾では、『鷹姫』がテーマに選ばれた。これは、アイルランドのノーベル賞受賞作家ウィリアム・バトラー・イェイツが、日本の能に触発されて制作した戯曲『鷹の井戸』を原作とする現代能だ。演出を手掛けた野村がどのように能とオーケストラを融合させたのかをレポートする。

1954年北海道生まれ。立教大学ドイツ文学科卒。数多くの音楽放送番組の企画構成、案内を長期間続ける。『音楽の友』誌の演奏会批評のほか全国紙や地方紙で月評やエッセイ、書...
2021年に石川県立音楽堂邦楽監督に就任するや、狂言師野村萬斎はオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とのコラボレーションに着手した。邦楽ホールならぬ音楽ホールを舞台に、《ボレロ》や《恋は魔術師》を題材に東西芸術が混在する「萬斎のおもちゃ箱」を展開。2024年初夏には「アーティスティック・クリエイティブ・ディレクター」に任命され、2025年2月にはシェイクスピア『真夏の夜の夢』を演出。OEKと歌手がメンデルスゾーンの音楽を担当し、狂言ばかりか琉球舞踏まで巻き込む舞台でみずからパック役を演じた。
10月18日に石川県立音楽堂コンサートホールで上演された「萬斎のおもちゃ箱」第4弾は、『鷹姫』がテーマ。アイルランドの文学者ウィリアム・バトラー・イェイツが能を模した詩劇『鷹の井戸』を、戦後の前衛時代に逆輸入した現代能『鷹姫』ノーカット上演である。役者ではなく演出に徹する萬斎の意図は、過去3度の「萬斎のおもちゃ箱」よりはるかにシリアス。萬斎は「言葉のイメージ、音楽のイメージ、また能や狂言による身体のイメージ、それら3つをコラボレーションすることで、命について考えることになればと思っております」と語る。
OEK側の責任者はアーティスティック・リーダー広上淳一。萬斎とは初の共同作業だが、去る8月末には大阪・関西万博での落合陽一×日本フィルプロジェクト「null²する音楽会」で野村万蔵らの狂言『田植』・能『野守』と日本フィル共演を成功に導いたばかり。満を持しての両巨頭がっぷり四つである。
現代能とのコラボレーションのために広上が準備した楽譜は、武満徹《弦楽のためのレクイエム》、「3つの映画音楽」―映画『黒い雨』から《葬送の音楽》、尾高惇忠「独奏チェロのための《瞑想》」、西村朗《鳥のヘテロフォニー》、そして金沢で世界初演された渡辺俊幸のオペラ《禅~ZEN》から「O Wonderful」。萬斎いわく、「武満さんたちの一昔前にできたのが『鷹姫』。時代感は共通かもしれません。でも根幹は音楽より『鷹姫』のストーリーやそのテーマです。まったく違う意図で作られた曲が並びつつも、『鷹姫』の世界にマッチしていけばいいなと思っています」
永遠の命を求め叶わぬ人間の姿を象徴的に描く能の難解さを少しでも緩和すべく、まずは萬斎と広上が舞台で解説。暗転するや、見えるのは指揮者、鷹姫、岩のみ。笛、小鼓、大鼓、太鼓が導入され、武満徹《弦楽のためのレクイエム》に被せてコロスが「泉は古く枯れ果てて」と情景を語りだすと、ホールは巨大な能舞台となる。上手の岩が動きだしたかのような大槻文藏の老人の登場を笛と鼓が静かにサポート、《弦楽のためのレクイエム》と重なりコロス歌唱が盛り上がる。野村裕基の若き王子空賦麟(くうふりん)が下手から出現。以下、現代能『鷹姫』が演じられる。

OEK首席チェロ奏者の植木昭雄がつぶやく尾高惇忠《瞑想》も、広上が弦楽オーケストラを奏でる武満作品も、自己主張より能の舞台に必要最小限の音による背景を提供するのみ。舞踏として美しい大槻裕一の鷹姫の舞では《葬送の音楽》に笛と鼓が躍動し、空賦麟が鷹姫を追えば西洋オペラふうな盛り上がりも感じさせるも、広上はOEKを過度にあおらない。音楽の目的はあくまでも沈黙と間の演出である。幕切れ、枯れた泉に杖を捨て石化する老人に寄り添う無伴奏チェロの《瞑想》。「あわれ老い人、あわれクーフリン」とコロスが嘆き、『鷹姫』が終演した。

休憩後に舞台中央に出たOEKは、壮年期の西村朗がOEKのために書いた《鳥のヘテロフォニー》のケチャの盛り上がりに、前半で押さえたパワーを炸裂させた。つづき登場した萬斎が植木昭雄独奏の《瞑想》で朗読するイェイツ『湖の島イニスフリー』は、声とチェロの二重奏。前半に鷹姫とともに孤島で舞ったチェロの呟きを回想するかのよう。
日本と西洋をまたぎ、金沢で生まれた音楽をちりばめた舞台は、世界のどのフェスティバルに出しても恥ずかしくない現代日本でしか生まれぬ総合芸術となった。エピローグ、舞台中央の花道奥から登場した萬斎は、OEKが奏でる渡辺俊幸のオペラ《禅~ZEN》の「O Wonderful」をバックに、繊細な創作を賞賛する「彼は天の布を求める」(イェイツ)を朗読。己のプロデューサーとしての使命を宣言するような言葉で、舞台は閉じられた。
■公演データ
日程・会場:10月18日 ・石川県立音楽堂コンサートホール
出演:野村萬斎(演出・語り)、広上淳一(指揮)、大槻文藏(老人)、大槻裕一(鷹姫)、野村裕基(空腑麟)、植木昭雄(vc)、オーケストラアンサンブル金沢、他
曲目:武満徹《弦楽のためのレクイエム》《3つの映画音楽》、西村朗《鳥のヘテロフォニー》、渡辺俊幸《O Wonderful》、尾高惇忠「独創チェロのための《瞑想》」
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