2020年のショパン国際ピアノコンクールが1年延期「この状況をアドバンテージに」
2020年4月の予備予選が9月に延期になっていた第18回ショパン国際ピアノコンクールは、結局すべてが2021年に延期に。その説明を主催者はショパンの生家からライブ配信で行ない、列席した審査委員長からはコンテスタントへのエールの言葉も。音楽ライターの高坂はる香さんにレポートしていただきました。
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
ショパンの生家前の庭からライブ配信
2020年10月に予定されていた第18回ショパン国際ピアノコンクールの開催が、新型コロナウイルス蔓延の影響で1年延期となりました。本大会の新しい日程は、ちょうど1年後の2021年10月2日〜23日。予備予選は、それに先立って2021年4月8日〜19日に行なわれます。
去る3月、書類・音源審査を経て予備予選に出場できる約160名が発表されましたが、この参加者リストはそのまま有効となります。
コンクールの1年延期が正式に発表されたのは、5月4日のこと。その後5月18日、主催者によるプレス向けブリーフィングがオンラインで行なわれました。場所は、ワルシャワ近郊のジェラゾヴァ・ヴォラ、ショパンの生家前の庭ということで、遠くから鳥のさえずりが聞こえる中でのライブ配信となりました。
ワルシャワから車で約1時間の村、ジェラゾヴァ・ヴォラにあるショパンの生家
ポーランドの国務次官や国立ショパン研究所より
会見では主に、1年延長を決定するに至った理由が説明されました。
文化国家遺産省国務次官の話によると……
- 今年秋の開催では、参加者はもちろん、審査員、聴衆、プレスなどが世界中から集まり、リスクが大きいということ。
- そもそも国をまたいだ移動が困難な可能性が高いこと。
- 参加者の中には外出制限のなか、良いピアノで練習できず、先生のレッスンを受けられない人がいる。キャリアを築くうえで重要な場なのだから、最高の状態で参加できるよう配慮する責任があると考えたこと。
これらが、早々に延期を決めた理由として挙げられました。
加えて、国立ショパン研究所所長からは……
ソーシャル・ディスタンスを保つうえで聴衆をどうするかも検討されたが、やはりこの芸術にとって、聴衆とのライブのコミュニケーションは欠かせない。聴衆なしにコンクールを開催することはできないと判断した。ちなみにチケット売上を気にしてのことではない。
という話がありました。
発売から3時間で売り切れたというチケットは、そのまま有効となります。キャンセル希望の場合は、年内返金手続きが可能で、年明け、どのくらいのチケットが戻り、再販売できるかを案内するとのことです。
そのほか、「審査員、会場ともに変更はない」、「その次の第19回は、当初の5年おきの年にあたる2025年を予定している」、「入賞者への副賞の演奏会は全面的に予定を組み直している」などの事柄が説明されました。
さて、この1年の延期は、コンテスタントにとってどんな影響があるのでしょうか。
1年延びたことをアドバンテージに
2021年にはもともと、リーズ国際ピアノコンクール、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール、そして日本でも浜松国際ピアノコンクールなど、多くの大きなコンクールが予定されています。加えて、今年5月に開催予定だったエリザベート王妃国際コンクールピアノ部門も、2021年に延期となりました。
他のコンクールにも挑戦する予定だったピアニストは、レパートリーやスケジュールを再調整しなくてはなりません。また、本来ならばショパンコンクールがなにより先に来るはずで、成功すればこれをキャリアのきっかけとできたのに、最後に回ってしまったことで、どこに焦点を絞って準備をするかの予定が大幅に狂ってしまうという声も耳にしました。
では、ピアニストたちは、延期によって伸びたこの準備期間を、どう捉えたらよいのか。
審査委員長のポポヴァ=ズィドロンさんのコメントをご紹介しましょう。
「レッスンが受けられないなか、どのようにコンクールの準備をするかについて、私は、レパートリーを広げることをお勧めします。コンクールで弾く曲だけでなく、マズルカなら他の作品も、協奏曲なら2曲を両方勉強するのはいかがでしょう。
ピアノのコンクールの準備は、スポーツの大会のように本番にピークを作るという形とは、根本的に異なります。コンクールのレパートリーだけをこの先1年以上弾き続けているようでは、よくありません。新しい芸術的なチャレンジを伴った勉強をしてほしいと思います。
1年延びたことで、人前でいろいろなプログラムを演奏する大切な練習の機会を増やすことができます。これはこれで良いところがあると考えてほしいです。
そして最低年齢は16歳から17歳に、最高年齢は30歳から31歳になりますが、これはそれぞれに1年ずつ成熟するということ。今回は、より興味深い演奏を聴けるのではないでしょうか」
ズィドロン審査委員長、若者の苦境をいたわりつつ、静かな口調で前向き発言を次々繰り出します。もう一つ、こうもおっしゃっていました。
「若者にとって、先生のレッスンを受けられないのは気の毒なことです。しかし同時にアーティストにとって、ときに孤独は必要です。より自主的に音楽の解釈を深めることにもつながります。この状況を、アドバンテージと見ることもできるはずです」
自分自身の音楽を見つけること
この話を聞いて、とあるショパンコンクール入賞者が、コンクールから8年後のインタビューで語ってくれたことを思い出しました。
彼はコンクール中の自分の演奏を聴き返すと、それが、子どもの頃から育ててくれた恩師と自分による、音楽的発展の集大成だったと感じると話していました。コンクール前は特に集中して、まさに二人三脚で最高のショパンを目指したのだといいます。
一方で「あの演奏は自分でも結構良かったとは思うけれど、音楽表現の中で、自分自身の音楽が占める割合が大きかったとは言えない」と語ったのです。
その後、恩師が他界し、そのこと自体は悲しいことだったけれど、「おかげで自分だけのショパンの解釈を見つけるという新しいステップに進むことができた」と話していました。
ショパンコンクールほどのコンクールとなると、特に若い人の中にはみっちり先生のレッスンを受け、いわば、完璧に作り込んだ状態で本番に臨むケースも少なくないようです。
もちろん付け焼き刃の表現で入賞できるほどショパンコンクールは甘いものではありません。前述の「とある入賞者」の演奏も、当時から音に味わいがあり、揺るぎない個性を感じる演奏でした。だからこそ、その後も自分の音楽を追求する方向に進むことができたのだと思います。
逆に思うのは、自分で考えることはなく、誰かに教え込まれただけの音楽で万が一入賞を勝ち取ったとしても、そのあとは長く続かないだろうな……ということ。
その意味で今回のこのパンデミックは、多くのコンテスタントに、半強制的に一人ぼっちでショパンの音楽に向き合う時間を与えることになります。
その分、普段以上に、孤独の中で自分の解釈を練り上げられる素地を持っているか否かが、コンクールでの演奏や評価にかかわってくるかもしれません。
主催者によるプレス向けブリーフィングの動画(ポーランド語/英語通訳あり)
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