レポート
2019.07.31
7月の特集「自由研究」

ピタゴラスの実験をやってみた――現代の楽器にもつながる音程のはじまりをたどる

ある日の昼休み、豆嫌いのピタゴラスの話で盛り上がる編集部。「そういえば自分、ピタゴラスの実験やってみたいんですよね」という編集部Kのひとことを皮切りに、自由研究として本気でやってみることに!
ピタゴラス、どうやって発見したんだろう。ピタゴラスの気持ちになって、音程の、音階の、つまり西洋音楽のはじまりに迫りました。

ピタゴラスに思いを馳せた人たち
ONTOMO編集部
ピタゴラスに思いを馳せた人たち
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

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音階の祖、ピタゴラス

ピタゴラスと言えば、ピタゴラスの定理もしくは三平方の定理を一番に思い浮かべる方も多いでしょう。数学の授業をなつかしく思い出させてくれますね。

最近哲学をかじり始めて、ピタゴラスのいろいろなエピソードを知ったのですが、中でも「ソラマメが大嫌いで、ピタゴラス教団の建物に火をつけられて逃げなければいけないとき、教団の前のソラマメ畑を踏んで通るのが嫌で焼死した説」にはちょっと笑ってしまいました。豆を食べないのにもちゃんと彼なりの理由があるのですが、ここでは割愛。

これ以外にも、「牛の耳元で牛語をささやいて、豆を食べないよう指導した」「漁で網にかかった魚の数を予言できた」「黄金の太ももの持ち主だった」など、珍エピソードが目立ちます。

でも、1回の講演で2000人以上の人の心を引き付けたり、多数の弟子が集まってきて教団を作ったりしたくらいなのだから、カリスマ性のあるすごい人物であったことは間違いないでしょう。

豆におびえるピタゴラス。
(Do Not Eat Beans, National Gallery of Art)

そんな彼が西洋音楽の基礎の基礎を作り上げたことは見逃せません。

筆者は子どもの頃、自由研究で音楽のはじまりについて調べたときに、ピタゴラスが音階を発見したと知って以来、すばらしい音楽を聴いて感動すると、ふと「ピタゴラスに感謝だな~」なんて思い出すこともあるくらい、ピタゴラスには思い入れが深いのです。

ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯』(水地宗明訳、晃洋書房、2007年)によると、ピタゴラスは少年のときにはキタラ(弦楽器)演奏家と体育教師と画家のもとへ通っていたそうで、もともと音楽とは接触があったようです。さらに、音楽療法みたいなこともしていたようです。

彼は、リズムとメロディーと歌詞によって、精神的および肉体的な苦痛を鎮静させた。ただし友人(弟子)たちのためにこれらの音曲を演奏したのであり、彼自身は宇宙の調和音に耳を傾けるのを常とした。つまり、諸天球の、またそれらに付着して動く星々の、奏でる凡宇宙的調和音に聴き入ったのである。これをわれわれ(常人)が聴けないのは、本性が矮小だからだ、ということである。

(ポルピュリウス『ピタゴラスの生涯』水地宗明訳、晃洋書房、2007年、22頁)

「音楽によって元気づけた」、「体の病気も治す音曲を知っていて、これを歌って病人を回復させた」という記載もあります。うーん、その歌聴いてみたい。

さて、今回扱いたいのはこんな神がかったような音楽ではなくて、「万物の根源は数である」という理念のもと、数学的な実験を重ねてできあがったピタゴラス音律です。

ピタゴラスは、鍛冶職人がハンマーで金属を叩く音を聴いたとき、響き合うものと、そうでないものがあることに気が付いたそう。そこからヒントを得て、ピタゴラス教団はモノコードを使った実験を始めました。

美しい響き、つまり「完全音程」を発見したピタゴラス。というわけで、編集部でもモノコードを作って、確認してみました! 理系ゼロの編集部、大丈夫だろうか……。

実験中のピタゴラス。
(Franchino Gaffurio, 1492)

モノコード製作

板の加工などの術がない編集部、今回はキット「手作りモノコード」を購入しました。入っているのはこんな感じ。

大きな板をボンドで張り付けてボディの枠組みを作る。
糸巻に使うペグをねじで固定(ここに案外苦戦!)。
弦を固定する部分(ギターのナットにあたる部分)も大切。すべて組み立てたらよく乾かしましょう。
ボンドが乾いたら弦を金具に固定して張ります(怪我しないように注意!)。

完成!

いざ、音を出してみる

今回試してみるのは、完全8度(オクターヴ)、完全5度(ドを基点にしてソとの関係)、完全4度(同じくドとファの関係)です。

ピタゴラスたちは2台のモノコードを用意して、片方は音を固定し、もうひとつのモノコードの音程を変化させて、響きをたしかめました。よく響き合う音のときに弦の長さの比が簡単な整数比になることに感激したそう。

モノコードは糸巻きによって、何も押さえないで出る開放弦の音程を調整し、琴柱(丸い棒)の位置を変えることによって、開放弦より高い音を出すことができます。

基準となるモノコードに対して、もう1つのモノコードの弦の長さがそれぞれ2分の1、3分の2、4分の3となるときに完全音程となります。

今回はモノコードがひとつしかなかったので、響き合いの確認は割愛して、もとの音を基準として8度、5度、4度高い音を探し当て、そのときの琴柱から端までの弦の長さを測ってみることにしました。

ピタゴラスの実験結果によると、こうなるはず……

完全8度=弦全長の2分の1地点

完全5度=弦全長の3分の2地点

完全4度=弦全長の4分の3地点

太い弦をラに合わせて、まずは完全8度からやってみます。

琴柱の位置を調整して、1オクターヴ高いラの音を探しあてます。そして、琴柱から端までの長さをはかります。全長24cmに対して、12cm! ちゃんと半分の長さです。

チューナーを使ってラに合わせます。
糸巻きがゆるんでくるというハプニングを乗り越えて、オクターヴ(完全8度)発見。琴柱(丸い棒)までの長さを測ります。

続いて完全5度(ラ-ミ)と完全4度(ラ-レ)もそれぞれ測定。ミのときは16cm、レのときは18cmになっていました。

なんと実験をがんばりすぎて(?)ピアノ線が切れてしまった。みなさんも張りすぎないように注意しましょうね。

現存の楽器にはどう活用されている?

さて、ピタゴラスが発見したことをモノコードで実際に確認ができたわけですが、今わたしたちが手にすることのできる楽器についても考えてみましょう。

その1:ヴァイオリン編

ヴァイオリンでも開放弦から1オクターヴ高い音をおさえると、駒からペグまでの距離は、おおよそ半分の地点です。完全5度と完全4度も同じく確認できました。今までそう意識して音程をとっていたことはありませんでした。考えてみれば、ヴァイオリンも一本しか弦を張らなければ、モノ(一本の)コード(弦)です。

でも、ヴァイオリンに張ってある4本の弦、駒からナットまでの全長は変わりませんが、開放弦の音程はソ-レ-ラ-ミで、1オクターブと6度という広い音域です。それが成せるのは、張力、それぞれの弦の太さ(太い弦の方が振動数が少ないので低い音が出る)や、駒の高さで調整されているからです。小さな楽器でも広い音域を演奏できるように、歴史の中で改良されてきたんですね。

オクターヴが出るのはヴァイオリンでもちょうど半分の場所!
駒のカーブには個体差があります。この楽器はわりと弦高(指板から弦までの距離)が高いです。

その2:ピアノ編

ピアノの調律師が何をしているかというと、モノコードやヴァイオリンのペグに当たる部分=「調律ピン」を調律用のハンマーで回して、弦の張力を変えているのです。原理はヴァイオリンやモノコードと同じなんですね!
ただ、現代のピアノで一般に採用されている調律法は、ピタゴラス音律ではありません。なぜかというと……詳しくはこちらの記事に載っているので、ご参照ください。

その3:管楽器編

管楽器が音程を変えるシステムは弦楽器であるヴァイオリンやピアノとはかなり違います。管楽器は基本的に1本の管・パイプでできていて、それを振動させることで音を出します。

一番シンプルで、原始的なのはオルガンやパンフルート。ピタゴラス以降、さまざまな人たちが発見してきた「音階」の分だけ、それぞれの音程に調整されたパイプを並べ、そこに一定の速度の空気を送ることで演奏します(実はオルガンの歴史は古い! 詳しくはこちらこちらを参考に)。

では、1本のパイプで出せる音は1音なのかというと、そんなことはなく、空気の圧力やスピードを変えることで得られる「倍音」を演奏することができます。しかし、1本の管から得られる倍音では演奏できる音程が限られるため、穴の開閉(フルートやクラリネットなどの木管楽器)や、ピストンやスライドで調節(トランペットやトロンボーンなどの金管楽器)することで、管の長さを一時的に変化させて、さまざまな音程を得ることができるのです。

ややこしい倍音のシステムを説明するのはまたの機会にするとしても、ピタゴラスが「音程」「音階」という概念を発明したからこそ、管楽器もそれらを演奏するために進化していったのは間違いありませんね!

実験を終えて

生活の中に当たり前のようにある音楽ですが、今回の実験では改めて「ここから始まったのか!」と、美しい響きのはじまりを感じることができました。よくぞ発見してくれました! 

また楽器に関しても、今まで意識していなかったけれど、ピタゴラスが実験のために開発した最もシンプルとも言える弦楽器・モノコードと、今のヴァイオリンの構造はほぼ同じでした。そこから長い歴史の中で、より豊かな音色や響きを求めて、楽器の形状や穴などに工夫を重ねて、現在のヴァイオリンになったのだなぁと思うと感慨深いです。ヴァイオリンだけでなく、ピアノやあらゆる楽器にも当てはまります。

ピタゴラスがこの実験をしなければ、今こうして音楽を楽しむこともできなかったかもしれません。今後も、たまにはピタゴラスの功績を思い出して、音楽を愛でていきたいと思います。

ちなみに作ったモノコードの音はお世辞にも美しいとは言い難いけれども、どこか中東風の味のある音色。インドのシタールや、エジプトのウードのよう、と言えなくもないような。

ちなみにピタゴラスのお父さんは中東シリアの出身だそうです!
今回の主要参考文献

小方厚『音律と音階の科学』講談社、2018年。

ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯』水地宗明訳、晃洋書房、2007年。

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