街を彩る音楽の魅力〜ストリートピアノ「デュオこうべ」で出会った人びと
駅や商業施設で見ることの増えたストリートピアノ。どのような人が集まり、何の曲を弾いていくのでしょうか。新社会人ライターの桒田萌さんが、今年1月、神戸にあるストリートピアノ「デュオこうべ」に密着!
それぞれのストーリーから見えたものとは……?
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
誰でも自由に弾けるピアノが街を彩る
街中に、ポツンと置いてあるストリートピアノ。
神戸市内の駅や繁華街の各地に設置されている。通りがかる人が自由に鍵盤に触れ、何の変哲もない街を音で彩る。演奏するのは、ピアノが弾ける人、そうでない人、どんな人でも構わない。きれいに音楽を奏でる人もいれば、ただ鍵盤にそっと触れる人もいる。
筆者は、音で街が彩られるシーンをこの目で見たく、神戸市の「デュオこうべ」に集う人々を観察してみた。「デュオこうべ」は、神戸市の中心地にあるハーバーランドに続く地下街だ。いくつかの駅に直結しているため、連日通勤や買い物で多くの人が賑わう。
「デュオこうべ」にストリートピアノが現れたのは、2019年1月のこと。神戸市が「街に賑わいと潤いをもたらして、人との交流を促す」ことを目的に設置した。お披露目当初は試験的な設置だったが、好評を博し3月に本設置となった。
クリスタルが美しい壁に張り付いたアップライトピアノ。1995年の阪神淡路大震災時、全壊した幼稚園の中で生き残った楽器だ。その後神戸市内の小学校に移動され、今では街中で多くの人に奏でられている。
神戸市のねらい通り、このストリートピアノには連日多くの演奏者が集う。ピアノの上
にあるノートに綴られた言葉たちが、人々が抱くこの楽器への愛着を物語っている。
さて今日は、どんな演奏者がやってくるのだろう。
PM4:00
早速訪れたのは、小学生の女の子とお母さん。女の子が椅子に座り、そっと弾き始めたのは、坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』。少したどたどしい部分がありながらも、お母さんが隣でそっと見守る。
彼女はまだ12歳。3月の発表会でこの作品を演奏するそう。空間を鳴らす音色がとてものびのびとしているので、「緊張はしないの?」と聞いてみたが、「全然しない」とのこと。
隣にいたお母さんは、「実は他のストリートピアノでも弾いたことがあるんです。だから緊張しないんですかね」と笑う。
すると、一人の女性が近づいてきて、女の子に「少し弾いてくれない?」とリクエストをしてくれた。
弾き終えて、少し誇らしげな彼女の顔を見て、女性はこう声をかけた。「勇気をもらったわ、ありがとう」。
親子が去ってから、すぐに次の演奏者がやってきた。堂々と弾く姿、どうやら慣れた様子。
話を聞くと、「わたし、ここでピアノを何度も弾いたことがあって。聴いてくださった方と、友だちになったこともあるんです」。
彼女は今、高校3年生。春からは就職を予定している。「これからもピアノは弾き続けたい?」と聴くと、「もちろん」と笑う。
「ずっとピアノを弾いてきたけど、わたしはクラシックよりもポピュラーな音楽が好きなんです。この場所のおかげで、ピアノを聴いてくれる人もいて、会話もできる。これからも楽しんで弾いていきたいですね」
PM5:00
しばらく時間を置いて、次にやってきたのは一人の男性。
周囲をうかがいつつ、そっとピアノに座る。静かに弾き始めたのは、ガーシュウィンの《ラプソディー・イン・ブルー》だ。
難しい技巧もさらりと弾きこなす、大学生の彼。音楽を専攻しているわけではないものの、発表会やコンクールへの出場など、舞台経験は豊富。「必要なときは、1日2〜3時間は練習していますね」。
ピアノは、彼にとって「人間関係に変化を与えてきたもの」。
「僕、いじられることとか結構多いキャラで。でもピアノを弾くと、急に友だちは僕に優しくなる(笑)」。どうりで、弾く姿がとてもかっこいい。
『3月9日』は思い出の曲
次に現れたのは、1組のカップル。彼女が無邪気にピアノを弾く姿、それを優しく見つめる彼の姿がとても印象的で、思わず胸が温かくなる。演奏曲は、レミオロメンの『3月9日』。
彼女が「この曲は、思い出の曲なんです」と微笑む。
2人はもともと大学時代の同期。同じ学年の仲間だったが、彼だけ半年遅れて卒業することに。「そのときに、仲間で彼を送り出すために歌ったのが、『3月9日』だったんです」。
ストリートピアノを弾くのは初めてではない、と話す彼女。「人の目があるところで弾くのは、やっぱり緊張しちゃうんです。だから、いつも彼についてきてもらう」。金沢駅にあるストリートピアノなど、さまざまな場所で音を奏でているそうだ。
人生とともにあった音楽
次に現れたのは、80代の女性。鞄の中から楽譜を取り出し、丁寧に音を紡いでいく。演奏したのは、ソナチネ。
「ピアノをきちんと本格的に弾いていたのは、小学校1年生の頃、1年間だけ。学校に音楽部があってね、そこで弾いていたの。当時は学芸会があって、バイエルの78番が大好きだった」
歳を重ね、人生を重ね、孫ができた。「3人の孫もピアノを習っていたんだけど、今はすっかり辞めてしまって…」と残念そう。「でも、私は音楽が好きだから、電子ピアノを家において、独学で練習していて、すっかり唯一の趣味になっているの。主人の介護の合間に、たまにこうやって弾きにくる。この場所があるから、すごく良い気分転換になっているんです」
PM19:00
日も暮れ、夜が更けた。人通りが少なくなってきた「デュオこうべ」に、スーツケースを持った若い女性が、ストリートピアノを目がけて歩いてきた。迷うことなく弾き始めたのは、バダジェフスカの《乙女の祈り》。
彼女は北海道に住む高校3年生。「どうして神戸に?」と聞くと、やや達成感に満ちた顔で「今日、この近くの大学で受験があったんです」と頬を緩めた。
小学生のころからピアノを始め、受験を機にやめるまで、10年間ほど習っていたという彼女。好きな曲はショパンの《幻想即興曲》。
「これから、ピアノは弾き続けていきますか?」と聞くと、彼女は「趣味程度には」とふふふ、と笑った。
人々の隣にある音楽
実際に練習している曲、今まで人生を彩ってきた作品……さまざまな音楽が溢れたデュオこうべ。多くの人の心の中に、音楽と思い出がある。ストリートピアノは、そんな人々から溢れるものを共有する場になっていた。さあ、あなたの心の中に流れる音楽で、街を彩ってみませんか?
※2月末から、新型コロナウイルス感染症の発生・拡大予防のため、当面の間、ストリートピアノの運用は見合わせている。詳しくはこちら
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