連載
2026.02.18
海外レポート・ドイツ①【音楽の友3月号】/Worldwide classical music report, " Germany ①"

ペトレンコの指揮で、ベルリン・フィルが15年ぶりの《千人の交響曲》

ドイツの1月の音楽シーンから、ベルリンを中心にコンサートのもようをレポートします。

中村真人
中村真人 音楽ジャーナリスト、フリーライター

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

ペトレンコ指揮ベルリン・フィルのマーラー「交響曲第8番」の公演から © Monika Rittershaus

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2026年の年明けから、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団では目覚ましいコンサートが続いた。ペトル・ポペルカの鮮烈なデビュー公演、ラハフ・シャニ指揮のうねりに満ちたドヴォルジャーク《新世界》とショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第1番」(独奏は樫本大進)はその際たるものだが、一つ挙げるならばやはりキリル・ペトレンコ指揮のマーラー「交響曲第8番《千人の交響曲》」ということになるだろう。何しろベルリン・フィルがこの超大作を取り上げるのは、2011年9月のサイモン・ラトル指揮以来ほぼ15年ぶり。ベルリンでの公演は2回だけだったこともあり、チケット入手は困難をきわめた。

第1部冒頭の「来たれ、創造主たる精霊よ」から、3つの合唱団をふくめた総勢350人の音楽家は、ペトレンコの棒のもとエネルギーを結集させる。ゲーテ『ファウスト第二部』の最後の場による第2部では、音楽はぐっと落ち着き、ゴルダ・シュルツ(ソプラノ/懺悔する女)、ベンヤミン・ブルンス(テノール/マリア崇敬の博士)ら8人のソリストが充実した歌唱を繰り広げる。ここではベルリン・フィルの管楽器のソロに加え、3人のハープ奏者が織りなす表現が視覚的にも際立っていた。

栄光の聖母を演じるソプラノのジャスミン・デルフスが上手のオルガンの前から懺悔する女(グレートヒェン)を誘い、やがて神秘の合唱に至る終幕は圧巻。それにしても、独唱と合唱が加わる大規模作品を振るときのペトレンコには、なにか突き抜けたようなオーラが漂っていることがある。ちょうど2年前の同じ時期、彼がシェーンベルクのオラトリオ《ヤコブの梯子》を指揮した時もそうだった。どちらも光に向かって進む作品である。奇しくもベルリンでは、放火による前代未聞の大規模停電が起きた直後だっただけに、極寒が続くなかでのフィルハーモニーのまばゆい光はかけがえのないものに思われた。

カルテット・アマービレがヴィトマンとベルリンに登場

日本の若手奏者から成る弦楽四重奏団「カルテット・アマービレ」が、1月25日、ベルリンのピエール・ブーレーズ・ザールに客演した。ベルリンに来ることになったそもそものきっかけは2023年にこのクァルテットが作曲家&クラリネット奏者のイェルク・ヴィトマンとトッパンホールで共演し、成功を収めたことだったという。翌2024年4月、ヴィトマンに招かれる形でブーレーズ・ザールにデビューをはたし、そこでも好評を博し、今回再度の共演が実現した。

カルテット・アマービレとイェルク・ヴィトマン
ベルリンのピエール・ブーレーズ・ザールに登場したカルテット・アマービレとイェルク・ヴィトマン ©中村真人

2年前のベルリン公演では一部メンバーに変更があったが、今回はこのカルテットの創設時からのメンバーが揃った(篠原悠那vn、北田千尋vn、中恵菜va、笹沼樹vc)。冒頭に演奏されたヴィトマン「弦楽四重奏曲第4番」は、下降する音型がパッサカリア風に展開する緩徐作品。次のベートーヴェン「弦楽四重奏曲第5番」が始まると、突然爽やかな風が吹いてきたように新鮮だった。メンバー個々の実力はきわめて高く、シャープで精彩に富み、ダイナミックな幅も十分。第3楽章の変奏曲は、新しいページが次々とめくられていくような愉しさがあった。

メインは、ヴィトマンがクラリネット奏者として加わったヴォルフガング・リーム《クラリネット五重奏の4つの研究》。リームはヴィトマンの師であり、2024年に亡くなったこの作曲家への強い思いが背景にあることは想像に難くない。

実際、モーツァルト、ウェーバー、ブラームス、レーガーといった作曲家によるこの編成の名作を踏まえて書かれたというこの曲は、クラリネットの多様な表現が濃密な弦の響きに溶け合い、ヴィトマンとカルテット・アマービレのメンバーは互いに触発しながら高みを目指すかのよう。最後の消え入るような弱音には深い充足感があった。

中村真人
中村真人 音楽ジャーナリスト、フリーライター

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

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