連載
2025.08.20
万里生クラシック! vol. 3

田代万里生の音楽ヒストリー③ 芸大受験とオペラデビュー

ミュージカルをはじめ、多彩なフィールドで活躍を続ける田代万里生さんが、自身の音楽のルーツをたどりながら、愛するクラシック音楽や音楽家たちと語り合う連載。第3回は、東京藝術大学音楽学部声楽科でのお話を中心に、受験からオペラデビュー、ほっこりする再会エピソードまで教えてもらいました。

田代万里生
田代万里生 ミュージカル俳優

東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。3歳からピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。1...

取材・構成
弓山なおみ
取材・構成
弓山なおみ ライター/コラムニスト

フランス留学後、ファッション誌『エル・ジャポン』編集部に入社。その後『ハーパース バザー』を経て、『エル・ジャポン』に復帰。カルチャー・ディレクターとして、長年、映画...

カメラマン:各務あゆみ
スタイリスト:石山貴文

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ピアノかトランペットか声楽か……大学受験の悩み

高校3年になると、音楽大学の受験について考えるようになりました。当時の僕は、ピアノがもっとも得意で、トランペットにも夢中。苦手だったのは、まだ声変わりが落ち着いていない声楽です。高校では「自分はトランペッターを目指そうかな」と悩むほど、トランペットに熱中していたし、ピアノでは大好きなショパンの《幻想即興曲》や《軍隊ポロネーズ》、ベートーヴェンの《月光ソナタ》ドビュッシーの数々の小曲、リストの《愛の夢》などを中学時代から弾いていました。

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リスト《愛の夢》

その点、声楽は15歳から始めたばかり。声変わりも遅く、まだオペラのアリアを歌えるようにもなっていない。それで、大学はピアノかトランペットで受けたほうがいいと周囲に勧められたけれど、「声楽科」の受験を選択しました。やはり「舞台に立ちたい」という思いが強かったんです。

田代万里生(たしろ・まりお)
東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。3歳から母よりピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。ピアノを三宅民規、御邊典一、川上昌裕、吉岡裕子、声楽を直野資、市原多朗、岡山廣幸、野口幸子に師事。13歳のとき、藤原歌劇団公演オペラ《マクベス》のフリーアンス王子役に抜擢。大学在学中の2003年東京室内歌劇場公演オペラ《欲望という名の電車》日本初演で本格的にオペラデビュー。その後09年『マルグリット』でミュージカルデビューを果たす。
近年の主な出演作に『イノック・アーデン』『ラブ・ネバー・ダイ』『モダン・ミリー』『カム フロム アウェイ』『アナスタシア』『マチルダ』『エリザベート』『マタ・ハリ』『マリー・アントワネット』等。第39回菊田一夫演劇賞受賞。ミュージカルデビュー15周年記念アルバム「YOU ARE HERE」発売中。7月より『キャプテン・アメイジング』出演予定。

東京藝術大学の声楽科の受験は、1次・2次が実技(歌)、3次が副科(ピアノやソルフェージュ)。あと、センター試験も。ソルフェージュは小学生の頃から耳が鍛えられていたので、中学1年生の時点で音大受験生と同じ課題をこなせていました。声楽の実技試験では、浪人生や他の音大を卒業した成熟した大人の声を持つ受験生に囲まれて「これはかなわないな」と感じて。でも、声はまだか細くても音楽性や将来性を見込んでもらえたのか、ストレートでテノール専攻に合格することができました。

大学でオペラデビュー

大学に入ると、ここから専門的にイタリアオペラを学ぶんですよね。声楽は大学受験前から、テノールの父、世界の歌劇場で活躍してきた市原多朗先生、東京藝術大学名誉教授でバリトンの直野資先生、藤原歌劇団総監督でバスの岡山廣幸先生に師事。声楽科男子の場合はストレートで入学している学生が少なくて、周りの年上の同級生が「成熟した声」を得ていくなか、「僕も早くおじさんになりたい!」と思いながら10代後半を過ごしていました(笑)。ただ、舞台に立ちたいという目標はしっかりあったので、焦ってはいませんでした。

その舞台については、高校生のとき、新国立劇場で《ローベルト・シュトルツの青春》というウィーンに実在した作曲家の人生を描いたオペレッタでデビューし、大学入学後も何作ものオペレッタに出演しました。オペラは基本的にセリフがなく、イタリア語やドイツ語などの原語歌唱が一般ですが、オペレッタは母国語で上演されることが多く、セリフ、ときにはダンスもあります。歌手もオーケストラもマイクは使用しないというだけで、まさにミュージカルの原型なんですよね。

オペラだけを学んでいると、日本語で歌うことが実は外国語より後回しになるけれど、オペレッタへの出演のおかげで、日本語歌唱のアプローチや芝居心と向き合うことができたんです。自分が発した言葉をお客さんがリアルタイムにキャッチするという経験は、今のミュージカルの仕事にも活きています。

本格的なオペラデビューは、大学2年生のときでした。きっかけは不思議な縁で、ある日、大学の正門前で「君、万里生くんだよね?」って、声をかけられたんです。振り向くとNHK交響楽団で長年正指揮者を務められていた若杉弘先生! 若杉先生は父と親しかったので、僕が芸大の声楽科に入ったことを知っていたんです。「君があの小さかった万里生くんか」と驚かれて、ご自身の中で何かが閃いたようで、「あのさ、君にぴったりな役がある。ぜひ出演してほしい」と。

そして、《欲望という名の電車》のヤングコレクター役で、オペラデビューしました。アンドレ・プレヴィンが作曲した英語オペラの名作で、演出家は文学座の鵜山仁さん。アメリカの話だから、それまでやってきたイタリアオペラとはまったく違うけれど、ジャズや近代音楽のオーケストレーションがすごくおもしろくて! そのときスタンリー・コワルスキー役を演じた宮本益光さんは、今も僕の憧れの方です。

アンドレ・プレヴィン《欲望という名の電車》

一方、現在の僕のメインの仕事である「ミュージカル」は、実は大学に入るまでほとんど観劇していなかったんです。そんなとき、声楽科の同級生・中井智彦さん(のちに劇団四季で活躍)が企画した芸祭のコンサートで、ミュージカルナンバーを歌いました。それをたまたま客席で観てくださっていた劇団四季さんからお手紙をいただいて、多くの作品を観るようになったんです。

ただ、当時の僕は、100%オペラを勉強するつもりだったから、楽しく映画を観るような感覚で観劇してましたね。20歳までのクラシックオンリーの時代は、今の自分の「核」になっていると思います。

音楽がつなぐ「縁」

最後にひとつ、大学時代にすごく印象に残ったエピソードを!

小学校のとき、僕はヴァイオリンを始めた頃は「スズキメソード」の教室で習っていたので、子どもたちが全国から集まって参加する合宿があったんですよ。民宿に泊まって、僕の家族は別の親子と一緒で、その同い年の女の子が「鈴木まり奈ちゃん」という名前でした。「“マリナ”と“マリオ”って、名前が似てるね!」と話したのが思い出深かったのですが、芸大に入学したらその子がヴィオラ専攻にいて、「あれ、もしかして昔ヴァイオリンをやってた万里生くん?」と声をかけられて驚きました。僕の顔が8歳くらいから変わっていなかったようです(笑)。

そして、この話はさらに後日談が。先日、僕は新国立劇場小劇場にて『イノック・アーデン』という舞台に出演したとき、隣の新国立劇場オペラパレスで《カルメン》が上演されていました。するとそこに、現在東京交響楽団に所属しているまり奈ちゃんがオーケストラピットにいて、「なんか嬉しいね!」 と連絡をくれたんです!

あんな小さな頃に出会った同志が、今はそれぞれのステージで活躍していることは本当に嬉しいですね。音楽がつなぐ「縁」ってすごいなと感じました。

第4回「クラシカル・クロスオーバーの世界へ! 男性ヴォーカル・ グループESCOLTAでの活躍」に続く

出演情報
ミュージカル『エリザベート』

【東京公演】
日程 2025年10月10日(金)~11月29日(土)
会場: 東急シアターオーブ 

【札幌公演】
日程: 2025年12月9日(火)~18日(木)
会場: 札幌文化芸術劇場 hitaru

【大阪公演】
日程: 2025年12月29日(月)〜2026年1月10日(土)
会場: 梅田芸術劇場 メインホール

【福岡公演】
日程: 2026年1月19日(月)~31日(土)
会場: 博多座

出演:

エリザベート(ダブルキャスト) 望海風斗/明日海りお 

トート(トリプルキャスト) 古川雄大/井上芳雄(東京公演のみ)/山崎育三郎(北海道・大阪・ 福岡公演のみ) 

フランツ・ヨーゼフ(ダブルキャスト) 田代万里生/佐藤隆紀 

ルドルフ(ダブルキャスト) 伊藤あさひ/中桐聖弥 

ルドヴィカ/マダムヴォルフ 未来優希 

ゾフィー(ダブルキャスト) 涼風真世/香寿たつき 

ルイジ・ルキーニ(ダブルキャスト) 尾上松也/黒羽麻璃央

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田代万里生
田代万里生 ミュージカル俳優

東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。3歳からピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。1...

取材・構成
弓山なおみ
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弓山なおみ ライター/コラムニスト

フランス留学後、ファッション誌『エル・ジャポン』編集部に入社。その後『ハーパース バザー』を経て、『エル・ジャポン』に復帰。カルチャー・ディレクターとして、長年、映画...

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