いま聴きたいテノール ルチアーノ・ガンチの珠玉のイタリアン・プログラムを浴びたい!
10月13日、地中海のきらめきを宿すイタリアン・テノール ルチアーノ・ガンチが、満を持して滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールに初登場。イタリアオペラのアリア、イタリア歌曲、カンツォーネなど、聴きどころ満載のプログラムを紹介します。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
新時代の輝くイタリアン・テノール、ルチアーノ・ガンチ
ルチアーノ・ガンチは、今、新しい世代の中でもとくに注目を集めているテノールだ。ローマ生まれ。幼い頃には、システィーナ礼拝堂合唱団のボーイソプラノとして歌い、他にピアノやオルガンを学ぶ。その後サンタ・チェチーリア音楽院、オットリーノ・レスピーギ音楽院などで声楽を修めるという、まさにイタリア人歌手のエリートコースを歩んできた。
ちなみに彼は並行して、ローマ・サピエンツァ大学で土木工学の学位を取得している。日本ではこうした「エンプロイアビリティ(多様な職業に通用する能力)」を持つ演奏家は稀だが、ヨーロッパでは少なくない。ガンチの現代的センスが感じられるところだ。
2007年にプラシド・ドミンゴの「オペラリア」コンクールに入賞。同年、プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』でオペラデビュー。2012年にはザルツブルク州立劇場での『椿姫』アルフレード役で国際的なデビューを飾っている。以後、ミラノ・スカラ座、サン・カルロ劇場、ヴェローナ野外劇場、ボローニャ歌劇場、マッシモ劇場、フィレンツェ歌劇場など、母国イタリアの名門歌劇場に出演してきた。
その歌声は、まさに「イタリアン・テノール」そのもの。無理のない滑らかな発声で、輝かしい高音を聴かせてくれる。となれば、得意なレパートリーは、やはりヴェルディ。ラダメスやドン・カルロは彼の声にとても合っているようだ。
私たち日本人が間近で彼の声に接することができたのが、2023年新国立劇場での『シモン・ボッカネグラ』だ。エクサン・プロヴァンス音楽祭総監督を務めるピエール・オーディ演出による新制作のプロダクションは、題名役にロベルト・フロンターリ、アメーリアにイリーナ・ルング、他リッカルド・ザネッラート、シモーネ・アルベルギーニなど錚々たるメンバーが出演し大きな話題となったが、新国立劇場初登場となったガンチのガブリエーレ・アドルノは、まさにハマり役。ガブリエーレは、ヴェルディのテノールの中ではより軽めのベルカントの声が求められる役だと思うが、劇場全体に満遍なく届く明るく艶やかなガンチの声は、ほんとうに素晴らしかったと思う。
艶やかな声を存分に堪能するイタリアン・プログラムで、びわ湖ホールに初登場
そんなガンチが、満を持してびわ湖ホールで初のリサイタルを開催する。オペラ・アリアやイタリア歌曲、カンツォーネなどが並ぶ、まさに「イタリアン」なプログラム。
目を惹くのは、ヴェルディ『海賊』の中のアリア「すべてが微笑んでいるようだった〜そうだ、海賊の稲妻を」。『海賊』はヴェルディ初期の作品で、バイロンの詩をもとにした物語。このアリアは第1幕で、主人公である海賊の首領コルラードが、恋に破れて海賊に身をやつした過去を回想して歌うもので、抒情的なカヴァティーナと対照的に情熱的なカヴァレッタから成る。
テノールといえば、というアリアももちろん披露される。プッチーニ『トスカ』から「星は光りぬ」だ。画家カヴァラドッシが処刑を前に、愛するトスカへの想いを手紙に綴る。ひそやかな始まりから次第に感情が昂っていく様が聴きどころだ。
オペラ『道化師』で有名なレオンカヴァッロが書いた歌曲「朝の歌」は、テノールのリサイタルではよく取り上げられる名曲。「朝の歌」とは朝、恋人を目覚めさせるために窓辺で歌うという内容を持っている。イタリア歌曲の名匠であるトスティには2曲の「朝の歌」があるのだが「二回目の朝の歌」が選ばれているのが面白い。こちらは、結局恋人は目覚めてくれなくて「おやすみ」と言いながらすごすご帰っていく男性の姿を描いていて、なんとも切なく可愛らしい。
カンツォーネやナポレターナ(ナポリ民謡)では、ディ・カプアやデ・クルティスからチョッフィイ、ファルヴォといった作曲家の作品が並ぶ。歴史に名を残しているテノール歌手たちは、カンツォーネの名曲をたくさん歌ってきており、彼らの歌声でカンツォーネに親しんだ、という人も多いかもしれない。ガンチがこのリサイタルで少なくないカンツォーネをプログラムに入れているのをみると、そうした往年の名歌手たちの姿が重なって見える。もちろん、イタリア人として母国の歌を歌うことには特別な思いもあるのだろう。いずれにしても、彼が「正統的なイタリアン・テノール」の継承者であることが、こうしたプログラミングからもうかがえるのだ。
びわ湖ホールのロビーからは琵琶湖が一望できる。この10月、ルチアーノ・ガンチの歌声を聴いた後で眺める琵琶湖は、きっと地中海のような青さに見えるのではないだろうか。
日時:10月13日(月・祝)14:00開演
会場:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホール
出演:
ルチアーノ・ガンチ(テノール)
浅野菜生子(ピアノ)
曲目:
ヴェルディ:オペラ『海賊』より 「全てが微笑んでいるようだった~そうだ、海賊の稲妻を」
レオンカヴァッロ:朝の歌
トスティ:二回目の朝の歌
トスティ:アブルッツォのギターの調べ
トスティ:そうなってほしい
ドリゴ:バレエ『百万長者の道化師』より セレナード
ディ・カプア&マッツッキ:マリア・マリ
チョッフィ:五月の一夜
ディ・カプア、マッツッキ:あなたに口づけを
ファルヴォ:グアッパリーア
プッチーニ:オペラ『トスカ』より 「星は光りぬ」
デ・クルティス:帰れソレントへ
関連する記事
-
画家たちをインスパイアしてきたサロメを最旬の歌手で~ノット&東響の歌劇《サロメ》
-
琵琶湖のほとりにそびえる舞台芸術のオアシス〜滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
-
ライヴ配信が話題を呼んだ、びわ湖ホールの《神々の黄昏》がブルーレイディスクに
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly