林田直樹の越境見聞録 File.09

画家ボナールと音楽の密接な関係について~国立新美術館「オルセー美術館 ピエール・ボナール展」

読みもの
2018.11.14

ONTOMOエディトリアル・アドバイザー、林田直樹による連載コラム。あらゆるカルチャーを横断して、読者を音楽の世界へご案内。

今回は、12月17日まで国立新美術館で開催されている「ピエール・ボナール展」について。ボナールは2つの大戦の狭間に生きながら、時代状況を感じさせることのない極めて親密な絵を描きつづけた。ラヴェルやドビュッシーとも親交のあったボナール。彼が音楽に寄せた愛とは、どんなものだったのだろうか。

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メインビジュアル:ピエール・ボナール《水の戯れ あるいは 旅》1906-10年 油彩、カンヴァス 248.6×298.3cm 
オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
ナビゲーター
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
林田直樹
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林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

当時のパリ芸術界における最大のパトロン、ミシア・セールに早くから見出されたボナール

19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した画家ピエール・ボナール(1867-1947)は、本国フランスでは大変な人気だという。2015年にオルセー美術館で開催されたボナール展は51万人もの動員数で、2014年のゴッホ展に次ぐ歴代企画展入場者数2位を記録したほど。

作曲家クロード・ドビュッシー(1862年生まれ)とモーリス・ラヴェル(1875年生まれ)のちょうど中間の世代に位置するボナールは、19世紀末から20世紀半ばにかけて2つの世界大戦をくぐり抜けたフランスの、もっとも華やかな、かつ激動の時期に生きた芸術家たちの一人である。

もっとも重要な事実は、この時代のパリの芸術界における最大のパトロンであった女性、ミシア・セール(1872-1950)と極めて親しかったことである。

ミシアはポーランド系のピアニストで、フォーレに学んでいた。ストラヴィンスキーを世に送り出したバレエ団「バレエ・リュス」のプロデューサー、セルゲイ・ディアギレフを何度も助け、ココ・シャネルの心の親友でもあった。ルノアールやロートレックもミシアの肖像画を描き、プルーストはミシアを小説のモデルにした。
ミシアがいなければ、この時代のパリの輝きはなかったといっても過言ではない。

ピエール・ボナール《ミシア》(1923年以降)
ボナールによるミシア・セールの肖像画
(左)アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《雑誌『ルヴュ・ブランシュ』のためのポスター》(1894年)
(上)ピエール=オーギュスト・ルノワール《ミシア・セール》(1906)

そのミシアが、早くからボナールに目をかけ、アパルトマンの食堂を飾るための4点の大作油絵を依頼していたことは、注目に値する。当時のパリで活躍していた芸術家たちがミシアのサロンを訪れると、そこでボナールの大作を目にしていたに違いないからだ。

12月17日まで国立新美術館で開催されている「ピエール・ボナール展」では、ミシアのサロンを象徴する4点の大作のうちの2つ、《水の戯れ あるいは 旅》《歓び》が、展示されている。いずれも、動物や鳥や植物の装飾に囲まれた、芸術の楽園へのいざないともいうべき見事な作品である。
ちなみにあと2つのうち、《洪水の後》は池田20世紀美術館(静岡県)に、《水浴する人々のいるにぎやかな風景》はゲティ・ヴィラ美術館(カリフォルニア州)に所蔵されている。

ピエール・ボナール《水の戯れ あるいは 旅》1906-10年 油彩、カンヴァス 248.6×298.3cm 
オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

ボナールは、ミシアのサロンに出入りしていた芸術家たちのなかで、とりわけ作曲家ラヴェルと親しかった。《水の戯れ あるいは 旅》は、ラヴェルのピアノ曲《水の戯れ》からインスパイアされたものである。しかも、ボナールはミシアのヨットを借りてラヴェルと旅行までしているというのだから、ラヴェルの音楽が好きな人は、今回のボナール展をぜひとも観ておくべきだろう。


ラヴェル《水の戯れ》

ボナールと音楽との結びつきはそれだけではない。
ボナールの妹アンドレと結婚したのは、作曲家クロード・テラスである。テラスの作品はほとんど知られていないが、その洒脱で演劇的な作風は、今回の展示にある楽譜とそれに添えられたボナールの挿画からもしのばれる。
ボナールの創作活動の傍らには、常にテラスの音楽と、子どもたちのにぎやかさが隣り合っていた、その雰囲気が伝わってくる。

そのほかにも、無名の音楽家たちの絵も、ボナールはたくさん描いている。酒場で歌う流しの歌手や、バンジョー奏者の、影を帯びた表情に、ボナールの音楽への愛がみてとれる。

今回は展示されていないが、ドビュッシーの最晩年のバレエ《遊戯》の再演の際、バレエ・スエドワ(別称スウェーデン・バレエ団。バレエ・リュスの最大のライバルでもあった)のために舞台美術を担当したのも、ボナールであったことも指摘しておこう。

ボナールの絵に描かれた人々が「あなただけに見せる顔」

ところで、ボナールというと、もっとも有名なのは浴槽に横たわった裸婦ではないだろうか。おそらくボナールこそは、もっとも官能的で美しい裸婦を描き続けた画家の一人である。とりわけバラ色に輝くような肌の描写は、他の追随を許さない。
最愛のマルトをはじめ何人かの女性をモデルとしたこれらの作品は、いずれの流派にも属さないボナールの色彩の魔術の象徴でもある。

今回のボナール展でも、いくつかの裸婦を描いた絵を鑑賞することができるが、そこで面白いことに気が付いた。それは、裸婦の顔だけが影を帯びたように暗いものが何枚もあったことである。

顔だけが暗い――これは何を意味するのだろうか。
これらの絵から受ける印象は、孤独でプライヴェートであること、他の誰にも見せないような憂いのある顔を見せていることである。決してよそ行きの笑顔などではない、むしろその正反対の、内向的な顔。あなただけに見せる顔。それがゾクッとさせるのだ。

よく見ると、裸婦以外にも、他の部分は明るいのに顔だけは暗い絵がボナールには多い。それは翳りのある、豊かな、独特の雰囲気を絵に与えている。
とりわけ素晴らしいのは《ボート遊び》である。少年のようでもあり少女のようでもある、東洋的な顔立ちの子どものような人物が、頭巾をかぶった奥に神秘的な暗い顔立ちで、こちらをじっと見つめている。その表情の何と誘惑的なことだろう! あたかも現実離れした夢の世界へと引きずり込まれるようだ。

ピエール・ボナール《ボート遊び》1907年 油彩、カンヴァス 278×301cm オルセー美術館 
© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

ボナールは、2つの世界大戦、そして都市文明の近代化の時期にあって、そうした時代状況を感じさせる絵をほとんど描かなかった。徹底的にプライヴェートなものだけを、愛する女性と、動物や植物や鳥たちや、自然の恵みの中にあふれている光と色と形だけを――人生にとって一番大切な、個人的なものだけを、独特の筆致で描き続けた。

ボナールの絵の不思議な色彩の秘密は、今回の展示の最後に置かれた、死の直前まで手を入れ続けていた最後の1枚《花咲くアーモンドの木》から得られるように思う。
冬の終わりに白い花を咲かせるアーモンドの木の根元には、画面左下だけ、黄色い春の色がいっぱいに塗りこめられている。1枚の絵の中に、冬と春が共存して、時間を越えた記憶と予感のように豊かな色が、描かれているのだ。

ピエール・ボナール《花咲くアーモンドの木》1946-47年 油彩、カンヴァス 55×37.5 cm 
オルセー美術館(ポンピドゥー・センター、国立近代美術館寄託) 
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / image RMN-GP / distributed by AMF

実際に見えているものだけではなく、見えていないもの、見たいものを可視化させること、それがボナールの絵なのかもしれない。
聴こえない音を、聴きたい音を、聴こうとするのが、作曲であることと、それはよく似ている。

展覧会情報
オルセー美術館 特別企画 ピエール・ボナール展
会期: 2018年9月26日(水)~12月17日(月)
休館日: 毎週火曜日
開館時間: 10:00~18:00
 毎週金・土曜日は20:00まで。ただし9月28日(金)、29日(土)は21:00まで *入場は閉館の30分前まで
公式サイト: bonnard2018.exhn.jp
お問い合わせ先: 03-5777-8600(ハローダイヤル)
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