読みもの
2023.11.24
ONTOMO MOOK「ヨハネス・ブラームス 生涯、作品とその真髄」より

ブラームスを知るための25のキーワード〜その6:信仰

毎週金曜更新! 25のキーワードからブラームスについて深く知る連載。
ONTOMO MOOK『ヨハネス・ブラームス 生涯、作品とその真髄』から、平野昭、樋口隆一両氏による「ブラームスミニ事典」をお届けします。どんなキーワードが出てくるのか、お楽しみに。

平野昭
平野昭 音楽学者

1949年、横浜生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻終了。元慶應義塾大学文学部教授、静岡文化芸術大学名誉教授、沖縄県立芸術大学客員教授、桐朋学園大学特任教授。古典派...

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生涯の愛読書となった聖書

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ブラームスと同時代者で、しばしば対立的に扱われるブルックナーの場合には、ことさらのように宗教観とか作品の宗教性が云々されるが(私には理解しかねる論が多い)、ブラームスについては、不思議と問題にされないようだ。

お寺さんとは春秋の彼岸会と夏の盆会、そして祖先の法要のときほどの付き合いだけで、辛うじて仏教と関わりをもっているのが平均的日本人ではないかと思われるが、そうした場合でさえも、宗教としての仏教はほとんど意識されていないのではないだろうか。そうした我々が、複雑なキリスト教の宗教観について何かを論じ、断定することなど、それこそ宗教の冒涜にもなりかねないだろう。とは言え、何かを書かなければこの項目の意味がないわけで、伝記などに記された事実だけを簡単に述べることにする。

ブラームスの宗教観を論じるのが困難なのは、その手掛かりとなるような宗教作品が少ないことと、またそうした宗教作品を作らなければならないような立場——例えば、バッハやブルックナーのように、教会所属の音楽家である場合には、表面的かも知れないが、おおよその宗教観を読みとることができるわけであるが——つまり、教会に彼自身所属することはなかった。

彼がキリスト教徒であったことは、1833年5月26日(生後19日目というのは例外的に遅いわけだが)に、ハンブルクでも有名な大教会の一つである聖ミヒャエル教会で洗礼を受けたことからも明らかだ。この教会は、もちろん北ドイツのハンブルクのことだからルター派である。特にこの教会を選んだということより、彼の生家から最も近い教区教会であったからと思われる。多くの音楽家の場合、その少年期は教会合唱団の一員であったり、教会オーケストラやオルガン奏者として活躍しているのが普通であるが、ブラームスにはそうした記録は残されていない。それは、もしかしたら彼の通った学校教育と関係しているかも知れない。

6歳の時に入学した最初の学校は、ハインリッヒ・ヴォスという私立学校であったし、11歳の時に進んだ学校もヨーハン・フリードリッヒ・ホフマンという私立学校であった。この二つの学校は、大変に自由な市民精神をもっていたらしく、貧富や宗教による差別がなかったと言われている。とくにホフマン学校は、大変に進歩的教育法をとっていることで有名であり、ラテン語やフランス語、英語などの語学のほかに、特に数学と科学史のような、当時の高水準の教科をとり入れていたのであった。

しかし、彼が生涯の愛読書とした聖書も、ホフマン学校時代から興味をもちはじめており、もしブラームスの信仰の対象を求めるならば、自由精神をもって接した聖書こそが、彼にとって最も重要だったのかも知れない。洗礼を受けた限りにおいては、確かにプロテスタントではあったのだろうが、音楽家として、作品に反映された要素から観た場合には、必ずしもそうは言いきれない面もあるのだ。

第1章 演奏家が語るブラームス作品の魅力
第2章 ブラームスの生涯
第3章 ブラームスの演奏法&ディスク

今回紹介した「ブラームスミニ事典」筆者・平野昭と樋口隆一による「1853年の交友にみるブラームスの人間性」、「ブラームスの交友録」、「ブラームスを育んだ作曲家たち」、「ブラームスの書簡集」をはじめ、多岐にわたる内容を収録!
平野昭
平野昭 音楽学者

1949年、横浜生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻終了。元慶應義塾大学文学部教授、静岡文化芸術大学名誉教授、沖縄県立芸術大学客員教授、桐朋学園大学特任教授。古典派...

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