読みもの
2022.11.07
ジャケット越しに聴こえる物語 第3話

演奏家ポートレートに隠れた意味〜1900年パリ、エッフェル塔とコルネット

配信だけではもったいない! 演奏が素晴らしいのはもちろん、思わず飾っておきたくなるジャケットアートをもつCDを、白沢達生さんが紹介する連載。12cm×12cmの小さなジャケットを丹念にみていると、音楽の物語が始まります。

白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

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エッフェル塔と万国博覧会

演奏者のポートレート写真をCDジャケットに使うのは、クラシック音盤でLPレコードの時代からよく見られる手法。アルバムの普及度が演奏家の知名度とも無縁ではなく、当人の所属する音楽事務所に手配すれば腕のよい写真家による美しいポートレートも準備しやすいので、これをジャケットに使う制作会社が昔から多いのでしょう。

ただ、必ずしも安直な発想から演奏家写真に頼ったわけではない場合もあるようです。今回ご紹介するこのアルバムは、そうした例でも比較的最近のものの一つです。

大きく書かれたPARIS 1900の文字。背景にモノクロームの写真。

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メッセージ性は明らかで、今から100年ほど前のパリ、つまり印象派絵画や新しいフランス近代の音楽が盛り上がりをみせていた時代の作品を集めているであろうことは、この文字からもすぐにわかります。

ほどよく昔でありながら、19世紀の蓄積を経た新技術が人々の生活を大きく変えつつあった、新世紀への躍動感と希望に溢れた時代――絵画ではなくモノクローム写真で当時の雰囲気を演出しようというのは、そういった考えからなのでしょう。

とはいえ、そこに佇んでいるのは2020~21年にこのアルバムを録音した、現代の演奏家二人。まぎれもなく確かに「演奏者ポートレートによるジャケット」です。

戸外で撮影されているだけにピアニストはさすがに楽器を持っていませんが、もう一人はコルネットを手にしています。世界に冠たる管楽器演奏の伝統を誇るフランスでも指折りの名手、エリック・オービエ。デュオ・パートナーは、ソロのみならず室内楽でも演目の知名度を越えて作品の魅力を引き出すのに長けた俊才、ローラン・ヴァグシャル。

彼らが選んだ撮影場所がポイントです。

背後にはエッフェル塔。1889年のパリ万国博覧会に向け3年がかりで建てられたこの巨大建造物、鉄骨むき出しの外観が19世紀末の人々には目新しく、文化人たちを巻き込んで賛否両論の大騒ぎにもなりました。

建設中のエッフェル塔(1888年5月15日)。

しかし時代のめまぐるしい動きに順応しなくては生きていけないのが大都市の暮らし。次にパリで万国博覧会が開かれた1900年頃ともなれば、その姿にむしろ未来への希望を見出す人も増えていたのではないでしょうか。

パリの人々も初めは賛否両論だったのが、次第に順応していった……印象主義絵画、ワーグナーやドビュッシーの新音楽、ピストン付の金管楽器などもまさにその通りで、何事も似たようなものなのかもしれませんね。

コルネ・ア・ピストン/ピストン付きコルネット。ピストン式の金管楽器は1820年にフランスで考案されたが、なかなか定着しなかった。

古きよき時代を伝える小さな橋

管楽器のための作品が充実しはじめた約100年前のパリの音楽を集めたこのアルバム、演奏作品に繋がるジャケット写真の要素はこれだけに終わりません。

エッフェル塔の見えている角度と大きさなどから、撮影場所はパリ右岸、エッフェル塔正面のイエナ橋よりほんの少し東寄りのセーヌ河畔とわかります。そこから突き詰めてゆくと、ピアニストのヴァグシャルがもたれかかっている鉄柵はイエナ橋とアルマ橋の間にかかる細い橋、ドビリー歩道(Passerelle Debilly)だとわかるのです。

何気ない古びた鉄柵にも見えるこのドビリー歩道は、実はエッフェル塔の次に古いパリの金属製建造物。出来たのは1899~1900年、つまりこのアルバムの音楽の多くと同じく、パリ万国博覧会の頃を今に伝える存在なのです。

1900年の万国博覧会時のアルマ橋の様子。左に見える小さな橋がドビリー歩道。

余談ながら、その名は大革命を経てナポレオン治世下で活躍したドビリー将軍に由来しますが、このドビリー将軍はライン川を渡りドイツ語圏へ侵攻した末、プロイセン軍に大打撃を与えたアウアーシュタットの戦いで命を落とした人でした。

そういえば、アルバムの主役であるコルネットという楽器からして、実は軍楽隊とも無縁ではありません。また普仏戦争でプロイセン=ドイツに敗退し、フランス独自の音楽文化を見つめ直すべきだ……と、パリの作曲家たちが独自路線として管楽器のための音楽を続々書くようになったのがまさに1900年前後のこと。

ライン川の両岸で芽吹いてゆく新世紀の音楽を集めたアルバムで、セーヌ川にかかる小さな橋が思わぬ小道具として使われているとしたら、なんとも奥深い話ではありませんか。

1889年パリ万博開催中に撮影された航空写真。手前にセーヌ川が、奥にはルイ15世によって創設され、ドビリー将軍が数学の教授をしていたこともあるエコール・ミリテール(軍事学校)が見える。

最後に、もう一つだけ。

エリック・オービエはヤマハの楽器を愛用しており、このアルバムでもYCR 6335HSモデルのヤマハのコルネットが使われています。日本への強い愛着もまた、ゴッホやトゥルーズ=ロートレックの作品がもてはやされたジャポニスム全盛の世紀転換期のパリに通じる要素かもしれませんね。

1900年頃のパリの音楽 Vol.1 ~コルネットの芸術~〔ゴベール、ユー、アルバン、ロパルツ、バレー 他〕
今回のCD
1900年頃のパリの音楽 Vol.1 ~コルネットの芸術~〔ゴベール、ユー、アルバン、ロパルツ、バレー 他〕

エリック・オービエ(コルネット)ローラン・ヴァグシャル(ピアノ)

Indésens(フランス)2021年12月25日

INDE152(原盤)/PINDE152(日本語解説添付版)

白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

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