オペラに学ぶ「禁断の愛の学校」第2回

モテ男と恋愛初心者女子のミスマッチが悲劇を呼ぶ――ヴェルディ《リゴレット》

読みもの
2019.07.28

香原斗志さんが講師となって、オペラから恋愛の教訓を学ぶ連載第2回は、「女心の歌」も名高いヴェルディの名作オペラ《リゴレット》。
道化師リゴレットの娘ジルダは、けた外れのプレイボーイであるマントヴァ侯爵に熱烈な恋をしますが、悲惨な結末の原因は2人の恋愛経験値の違いだった?

講師
香原斗志 音楽評論家、オペラ評論家
香原斗志
講師
香原斗志 音楽評論家、オペラ評論家
イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。著書に「イタリアを旅する会話...

モテるための2つの条件

いつの世にもケタ外れのプレイボーイはいるようです。そういう男性も相手を選びはするのでしょうが、とにかく手広いのが特徴です。たとえば、《リゴレット》に出てくるマントヴァ公爵は、こんなふうに歌います。

「あの女もこの女も、俺の周りにいるどの女とも変わらない。俺はほかの女を差し置いて一人の女に気持ちを独り占めにさせたりはしないよ」

ロベルト・アラーニャ(テノール):マントヴァ公爵のアリア「あれかこれか」

実際、マントヴァ公爵はオペラが始まるとすぐさま、チェプラーノ伯爵の奥さんにちょっかいを出し、モンテローネ伯爵の一人娘をもてあそんだことが確認できます。公爵は独身ではありますが、既婚、未婚を問わず、片っぱしから女性に手を出しているわけで、禁断の愛の常習犯であることは間違いありません。

ジュール=アルセーヌ・ガルニエ作『マンフレディの館にて』。
オペラリゴレットの原作となったヴィクトル・ユーゴーの戯曲「王は愉しむ」の第1幕の場面を描いている。

いま歌詞を載せたソロ「あれか、これか」も、有名な「女心の歌」も、メロディに屈託がありません。ヴェルディは公爵の身勝手な性格を音楽で見事に表しています。

フアン・ディエゴ・フローレス(テノール):マントヴァ公爵のアリア「女は気まぐれ(女心の歌)」

でも、第2幕の冒頭で歌うアリア「ほおの涙が」だけは、メロディに真摯な感情が感じられます。そして、名うてのプレイボーイが見せたわずかな真剣さが、悲劇につながるんですね。

では、どうつながるのでしょうか。それはあとのお楽しみにして、先にマントヴァ公爵がモテるという事実を確認しておきます。

彼はモテるための2つの条件を兼ね備えています。

①富と名声があること。公爵は貴族の最上位ですから、カネと権力にモノを言わせて女性を征服できます。マンションでも、高額のお手当でも、女性が望めば、たいていのものは提供できるはずです。でも、それだけではありません。

②カッコいいのです。教会で公爵を見初めたジルダが、「あまりにもステキで」と回想するくらいだから、かなりカッコいいはずです。

モテるばかりに悲劇を起こす

男から見ると、うらやましいモテ男ですが、モテたばかりに悲劇が生じます。ですからモテる男性も、モテる男性に惚れてしまう女性も、《リゴレット》を教訓にしない手はありません。

ここで、オペラ《リゴレット》がどんな悲劇なのか、チェックしておきましょう。

宮廷の宴会に、娘を公爵にはずかしめられたモンテローネ伯爵が抗議に現れますが、道化のリゴレットは公爵におべっかを使って、伯爵をあざ笑います。怒った伯爵は呪いの言葉を投げかけ、リゴレットはその言葉が頭から離れなくなります。一方、公爵は教会で見かける若い娘を、自分は貧しい学生だと偽って口説きます。このジルダという少女、実はリゴレットの一人娘です。でも、廷臣たちはリゴレットの愛人と勘違いし、日ごろのリゴレットへの憂さ晴らしと公爵への気づかいを兼ねて、彼女をさらって公爵に提供します。リゴレットは娘をもてあそんだ公爵への復讐を誓い、刺客を雇って公爵を殺そうとしますが、公爵に惚れているジルダは身代わりになって、刺客に刺されて死んでしまいます――。

夫がそばにいるのに、公爵に口説かれて別室にシケこんでしまったチェプラーノ伯爵夫人や、モンテローネ伯爵の一人娘は、公爵のオトコの魅力に惹かれたのでしょうか。セクハラやパワハラまがいの圧力を受けたのでしょうか。その両方だったのかもしれませんね。いずれにしても、そんな無節操を繰り返せば当然、女性の親族の恨みを買うし、呪いだってかけられます。

でも、ジルダはほかの女性と本気度が違います。明らかに公爵のとりこになって、心底惚れてしまったばかりに死んでしまうのです。

初心者に本気モードを見せたから

さて、公爵の真摯な感情が描かれているアリア「ほおの涙が」です。無節操な公爵も一時的にジルダに夢中になったのでしょう。

ヴィットリオ・グリゴーロ(テノール):マントヴァ公爵のシェーナとアリア「ほおの涙が」

そのジルダがさらわれたというので、公爵もマジメに心配しますが、実は、廷臣たちが自分への“お土産”として、彼女をさらっていたのでした。それを知ると一転、アリアの後半部で能天気に歌い出すのが公爵の公爵たるゆえんですが、モテ男の「あなたに本気だ」というメッセージは、恋愛初心者の心を、消火困難なほど燃え上がらせることがあるから危険です。

ところで、ジルダはリゴレットが無菌室のような家に囲い込んでいる箱入り娘だと思われていますが、そうとも言いきれません。この役を100回以上歌っているソプラノのデジレ・ランカトーレは、こんなふうに話していました。

「アリア『慕わしき人の名は』でジルダは、『私の心をときめかせた名が』という歌詞に続けて『私の欲求 il mio desir』と歌いますが、これは『情欲 passione』という意味。『思い il mio pensier』とか『愛 il mio amor』という書き方もできたのに、あえて『情欲』としたのは、ジルダが子どもではなく、情欲に目覚めた女だということをヴェルディが示したかったからです。ジルダは公爵が家に侵入すると最初こそ拒みますが、2分後には受け入れます。情欲を受け入れる用意ができていたからです。その後、公爵の宮廷で30日間すごした彼女は、公爵を深く愛してしまい、あきらめるように父親に説き伏せられても、むしろ死を選んでしまうのです」

デジレ・ランカトーレ(ソプラノ):ジルダのアリア「慕わしき人の名は」

「禁断」とは「厳重に禁止すること」を意味します。その意味では、自分を捨てた公爵のために命を投げ出すのもまた「禁断の愛」と言えるかもしれません。

それにしても無茶な判断をしたジルダですが、彼女には恋愛経験が不足していました。山里亮太と結婚した蒼井優のように恋愛の場数を踏んでいれば、公爵の気まぐれに心を動かされても、自分にふさわしい男なのかどうか冷静に判断できたでしょう。でも、経験がないジルダには無理。遊びモードで口説かれたのならまだしも、本気モードを見せられたら、情欲に目覚めているだけに、たとえ火のなか水のなか。自暴自棄になりかねません。

《リゴレット》のテーマは「呪い」とか「因果応報」ですが、悲劇の原因は明らかに、モテ男のその場しのぎの甘い言葉と、明日には消える本気モード。でも、ここで学んでおけば、モテ男さんも、恋愛初心者女子も、公爵とジルダの轍は踏まずにすみそうですね。

ヴェルディ:《リゴレット》

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