作曲家の木下牧子にカウンターテナー藤木大地が訊きたい10の質問 ~合唱やオペラなど作曲へのこだわり、演奏家への想い、ファン拡大のために
カウンターテナー歌手の藤木大地さんが、藤木さんと同様、“冒険するように生きる”ひとと対談し、エッセイを綴る連載。
第4回のゲストは、作曲家の木下牧子さん。木下さんの作品を中学生の頃から歌い、今も「鴎」や「おんがく」などの歌をレパートリーにして愛してやまない藤木さんが訊く10のこと——ピアノ科から作曲へ転身した冒険の話、早くからご自身でWebサイトを作り、YouTubeやTwitterで発信する理由、演奏家へのメッセージなど、深くて濃い対談となりました。
僕らは生きている
挫折ってなんだろう。
挫折を乗り越えてたどり着いた今! つかんだ幸せ! という物語を世の中は好み、人は作りたがる。たとえ自分がその単語を使わなかったとしても、創造された文字によって世間にわかりやすく、そう描写されてしまうこともある。自分では挫折していなくても、人が挫折と呼んでしまう。
悲しいとき、つらいとき、苦しいとき。心がその感情に本当に支配されていたならば、何の言葉も見つからないことがある。この状況を信じることができず、何か言葉を発することでこれが現実であると認めるのがこわいことがある。一方で心の飽和に耐えきれず、どうにか言葉にしないと先に進めないこともある。
そして「言葉」にした時点で、それに誰かを巻き込むことになる。人の言葉に傷つくことだって、人を傷つけてしまうことだってある。
あしたの朝、もし自分の命が失われるとするならば、僕は今日何を残すだろうか。大切な人たちに宝物を託し、お別れの言葉を述べるだろうか。しかしそのチャンスすら与えられない、不条理な旅立ちもある。
言葉で表せないことを表現する手だてを持つ人のことが、僕は羨ましい。料理かもしれないし、無言の思いやりかもしれないし、笑顔かもしれない。作曲された音楽かもしれない。
小さな自分の小さな躓きなんていつかどうにかなるし、誰のせいにもしない。自分が神様から与えられた何かが、誰かの心を少し明るくできるかもしれない。みんながそう思えて、小さな優しさが集まる社会でありたい。
僕らは今日、生きている。
——藤木大地
対談:今月の冒険者 木下牧子さん
クラシック系作曲家。東京芸術大学作曲科首席卒業、同大学院修了。
主要作品に、オペラ「不思議の国のアリス」、オーケストラのための「ルクス・エテル ナ」、ピアノ・コンチェルト、吹奏楽曲「ゴシック」、「音楽物語~蜘蛛の糸」、ピアノ・ カルテット「もうひとつの世界」、マリンバとピアノのための「時のかけら」、合唱組曲 「方舟」、歌曲集「秋の瞳」ほか。
声楽作品は特に人気が高く、オペラ・歌曲・合唱とも全国で演奏されている。
出版は100 冊を超え、CDも「室内楽作品集 もうひとつの世界」(レコード芸術 特撰盤/ライヴ ノーツ)、「ピアノ作品集 夢の回路」(レコード芸術 準特撰盤/ライヴノーツ)、「木下牧子女声合唱曲選」(ライヴノーツ)ほか多数。
藤木大地が訊きたい! 10の質問
藤木 まずは個展の大盛況おめでとうございます。ああいう大きなホールを埋めるのって、すごく大変だと思うんですよね。
木下 ありがとうございます。やるからには客席をいっぱいにするつもりでやるんですけど、いつも足を運んでくださる上質なお客さんを増やしていくことに加えて、私の曲を知らない人にもアピールするよう、いろいろ工夫します。
最初に個展を始めたとき、最低5回は続けると決めて、1999年から毎回異なる編成の作品を特集し、毎回異なるホールで行なってきました。歌曲、オーケストラ付きの合唱、打楽器中心の室内楽、ピアノ中心の室内楽、と特集してきて、5回目の今回は、オーケストラ作品の個展を行ないました。
藤木 昨日特にオーケストラも素敵だったし、合唱もテキストに合ったピュアな歌声だったなと思いました。
木下 ありがとうございます。演奏者がすばらしくて、とても充実した個展になりました。秋にライヴCDも出る予定です。
Q1. 都立芸術高校でピアノをご専攻され、高校時代に作曲に目覚め、東京藝大では作曲、オーケストラ曲で首席卒業されています。現在に至るまで大変華やかに見える音楽人生ですが、ご自分で挫折を感じた時期、先のみえない冒険をしていたご経験はありますか。
木下 スランプはしょっちゅうですが、大きい挫折はないかな。
でも、大きい転換点はありました。小学校の先生に「木下は世界的ピアニストになる!」とか言われて(笑)ピアニストを目指していましたが、音楽高校に入ったら 1クラス45人のうち40人がピアノ専攻で。
え、こんなにピアニストいらなくない? と、ちらっと疑問が出てきました。
私はピアノは大好きなんですけど、初見が得意で、すぐ弾けてしまって練習をしない。それは演奏家として、かえってマイナスかもしれないなと思うんです。私が知っている素晴らしい演奏家は、どなたも案外少し不器用で、音楽をゆっくり身体に入れながら、じっくり深めていくけれど、譜読みが早いと、さっと表面をなぞって音楽を掘り下げることをしなくなる。
でも、悪いことばかりでもなくて、初見で弾くって、瞬間で構造を把握することなんです。バスの進行、ハーモニー、メロディがどこで、リズムはどう省略できるか、そういうのを瞬間に見るんですよね。それはまさに作曲の訓練とも言えて。結果的にはプラスだったのかもしれません。
転機は高校2年のときでした。ソルフェージュの授業で、モーツァルトのコンチェルトのカデンツを書くという宿題が出たんです。「これは面白そうだ~!」と、その足でヤマハに行ってリヒテルの音源を買ってきて、何度も何度もLP聴いて作ったら、我ながらうまくモーツァルトっぽいカデンツができたんです。
それを授業で発表したら、先生が「素晴らしいー!!」って大絶賛してくださって。 私はもしかして創作に向いてるんじゃないか、と。
藤木 高校生でって早いですね。
木下 早くはないです。高校2年半ばで勉強を始めると、残り1年半では作曲科の入試に間に合わないわけです。だから現役ではどこも受験せず、一浪して、すごく作曲を勉強しました。
先生が「一生でこれほど作曲するときはもうないから」っておっしゃったんですけど、大人になってオペラや大きい個展をやると、いやいや、あんなもん大したことなかったって思う(笑)。でもそのときは一生に一度のことだからと思って、一生懸命勉強しました。
Q2. 中学生からプロまで、多くの方が木下さんの作品を歌っています。特にお気に入りの歌作品を教えてください。
木下 自分の曲はみんなかわいいですが、合唱で特に好きなのは、混声組曲「ティオの夜の旅」ですかね。実は一番ロングセラーなのは「方舟」という組曲で、初演から30年以上変わらず歌われ続けているんですけど、私は変拍子と転調に満ちた器楽的な「ティオ」がかわいい。声が熟すと響きが豊かになって、激しいリズムの曲は歌いにくくなるから、うまく歌える年代は30代くらいまでかもしれませんが。
藤木 歌曲でお気に入りは?
木下 歌曲なら……「涅槃」かな。実は「方舟」の委嘱がきたのも、「涅槃」の演奏をたまたま聴いた指揮者の鈴木成夫さんが、「あなたの曲は色彩的だから合唱にも向いていると思う」って新作委嘱してくださったんです。
「涅槃」は大学3年の終わりに書いたにしては完成度が高くて、その後20年かけて改訂して今の形にしたので、とても愛着がありますね。
そういえば、今年の奏楽堂日本歌曲コンクールでは、本選で「涅槃」を歌った田坂蘭子さんが優勝なさっています。
歌曲「涅槃」(詩:萩原朔太郎/曲:木下牧子)
Q3. 作品は、オーケストラや吹奏楽、ピアノ、室内楽と全ジャンルにわたり書いていらっしゃいますが、それでも「合唱の大人気作曲家・木下牧子さん」と描写される。それについて、ご自分ではどうお感じになりますか?
木下 「合唱で人気の木下さん」って言えばわかりやすいので、ご厚意で書いてくださると思うんです。嬉しいけれど、そろそろこの形容はとっていただけたら、とも思いますね。世の中の認知と自分の感覚がずれるのは仕方ないことですけど。
藤木 昨日の演奏会で、オーケストラのための「呼吸する大地」の最初の音が鳴ったとき、「やっぱりコンテンポラリーだ」と思ったんだけど、木下さんが作られたっていう前提があって、「木下牧子さんの曲だから、この演奏会を聴きたい」と思ったんですよね。
木下 一般的に声楽の方は、言葉がつかない器楽には関心をもってくださらないことが多いんです。でも、私は歌でもハーモニーから発想するので、たまにオーケストラ作品も聴いていただけると、歌い方のコツがつかめるかも。私の曲は、伴奏なしにメロディだけで練習すると、どういう響きの上に乗っているかよくわからないと言われることが多いです。
藤木 そう、そう、そう、あのね、そうです!(笑)僕は伴奏を弾きながら練習できないので、音だけ追っていると、♭とかわからなくなってくることがあって。
僕もいわゆる現代オペラっていうのをやることが多くて、例えばアリベルト・ライマン(ドイツの作曲家)は2作やってるんですけど、ピアノでの稽古では何にもわからないんです。オーケストラと合わせたら全部が合致する。
木下 オリジナルがオーケストラの場合は、ピアノ伴奏で省略するパートも多いから、オーケストラが鳴らないと響きがつかみにくいかもしれませんね。特に現代音楽の場合はね。
ちょっと話は変わりますが、ワーグナーのピアノ伴奏歌曲って、案外おもしろくないですよね。やはり絢爛たるオーケストラの色彩があってこそのワーグナーだなって思う。
並べるのは気が引けますけど(笑)、私も色彩派なので、オリジナルがオーケストラの曲は、できたらオーケストラ伴奏で演奏してもらいたいなと思うんです。 オペラ《不思議の国のアリス》という作品があるのですが、初演後しばらくはオリジナルのオーケストラ版で演奏されていたんですが、小さなホールで上演する場合にピアノ伴奏上演を希望する団体が増えて。でも色彩感が全然違うので困っていたら、8重奏版アレンジのお話がきて即アレンジしました。
それ以来、8重奏版の演奏も増えてきました。でもやはり余裕があればオーケストラで上演していただけたら嬉しいですね。
藤木 これも何度も上演されてますよね。
木下 はい、全国でのべ35回ほど。このオペラは、モーツァルト劇場の高橋英郎先生が「子どもから大人まで愛される日本語オペラ」っていうテーマを決めて委嘱してくださいました。本当は相当不気味な物語なんですけど、「不気味なのはNG。とにかく楽しく」って明るい方向に視点を向けたんですね。高橋先生はモーツァルティアンでいらしたので、とにかく軽やかにって。結果的にとても良いサジェスチョンをいただいたと思っています。
オペラ《不思議の国のアリス》ダイジェスト
Q4. 木下さんの作品には「歌いたくなる」メロディと「埋もれたくなる」ハーモニーが多い。「美しい音響」にこだわっていらっしゃるように感じますが、歌い手の心をくすぐることは意識して書いていらっしゃいますか。
藤木 僕は合唱では、「もえる緑をこころに」世代なんですよ(註:平成4年度のNHK全国学校音楽コンクール課題曲)。あれ、実は僕にとって大事な作品で、中学校でクラス合唱を指揮しているときから音楽が楽しくなった。
木下 混声3部は普段あまり書く機会がないんですよ。編集の方から1曲でいいから書いてと言われたのが「春に」という曲で、混声3部で書いたおかげですごく大勢に歌われました。「もえる緑~」もそうだけど、混声3部の浸透力はすごいんだなって思いました。
「春に」(作詞:谷川俊太郎/作曲:木下牧子)
藤木 どちらも歌いました。「あの空の~あの青に~♪」とか「わ〜た~したちは~♪」とか、みんな喜んで歌っていた。あれは男子にも見せ場をあげたのかな、それとも構成としてああなったのかなとか、個人的な質問が生まれたんですね。
木下 混声4部はハーモニーが主体ですが、混声3部の場合は、女声2部と男声なので、男声はハーモニーよりメロディや対旋律担当が多くなります。結果的に男の子たちにも喜んでもらえたなら、嬉しいです。
ところで、同じ曲で伴奏者が変わるってどういう感じですか?
藤木 全然違います。ぜんっぜん違います。
木下 ぜんっぜん違いますよね。
藤木 (笑) 前奏から音楽を作ってくれる人が好きで、そのピアニストの音楽に乗っかってみようかなって。よくお書きになっているように「伴奏とメイン」じゃなくて、「どちらも同じパート」だと僕も思っているので、音楽としては全然違う音楽になる。
木下 そうですよね。同じ藤木さんの歌なんだけれど、ピアニストが変わると違う曲みたいな印象を受けるのがおもしろいなぁと。
藤木 僕は幸い、作曲家と一緒にお仕事することが多くて、例えば、トーマス・アデスさん(1971年生まれのイギリスの作曲家)のオペラをやったときに、プレトークで彼のピアノで歌ったことがあって、リビング・コンポーザーとできるのは尊い演奏活動だなと。すごい楽しいです。作曲家の方とお話しするの、楽しいです。
木下 ピアニストとはまた違う組み立てをしませんか?
藤木 作曲家のピアノ?
木下 ピアノの技術はピアノ科のほうがうまいんだけど、曲の構成力という点で作曲家はおもしろいと思って。
藤木 それはまさしくそうだと思う。
木下 一緒に生み出すっていうときには、ピアノが弾ける作曲家と組んでるのって面白いでしょうね。
Q5. 演奏家というマーケットでは、たとえば同じ役やポジションをオーディションで競い合うことがあるのですが、他の作曲家をライバルとして意識されることはありますか?
木下 ライバルを意識したことはほとんどないです。一つのポストを争う状況になったことがないからかもしれません。というか、作曲を仕事と思ったこともありません。だって、仕事だったら、もっと効率のいいことをやります(笑)。こんなに効率が悪いのにやってるのは、理屈抜きに好きだから。
昨日の個展を開くのに半年かけて改訂しました。その間、委嘱は全部ストップしました。前に発表してパート譜も全部揃っているオーケストラ作品を、全部チャラにしてやり直すってものすごく面倒で、イチから作曲するより時間かかっちゃったりするんですよ。それでも、自分が書きたい曲を書くことはとても大切だと思います。
藤木 すごい。心穏やかに過ごせそうです。
木下 私のポリシーは、持ち家とか不動産を持たないこと。だから気楽なんです。
もうひとつは定職につかないこと。職について働きながら作曲しようと思ったらすごくタフじゃないと。与謝野晶子みたいにタフな人は、子どもも産んで、出版社もやって、旺盛な創作活動もできるけど、スタミナのない私はどこか一点にフォーカスしていかないとダメだなと最初から感じてたので。財産も名誉もいらない代わりに、やりたくないことはやりません。
藤木 いいなぁ。すばらしい。
木下 ただ、好きなことだけやって心穏やかかっていうと、作曲やってるときはだいたい「うーーーん」って胃を痛くして悩んでる(笑)。
Q6. 木下さんの作品を愛する演奏家たちへの想いやメッセージをお聞かせいただきたいです。
木下 私の曲に限りませんが、技術的にいくら完璧でも、それだけではダメなんです。演奏家の熱意が加わったとき、初めて曲の仕掛けが動き出すんですね。だから、冷静に曲を把握した上で、たっぷり愛情込めて演奏してほしい。とにかくうまく歌ってください(笑)。
藤木 それハードル高いな(笑)。
木下 冗談、冗談。でもねぇ、素晴らしい演奏がされたとき、初めてその曲は完成すると、最近すごく感じるんです。だから、そういう演奏家に出会えたら、自由に演奏してくださいと言いますし、新しい表現を入れてくれたら、それはかえって嬉しいくらい。
藤木 昨日の個展の作品、セクション同士が会話するように書かれていて、それが僕には聴こえた。それは演奏家の方々が反応した結果だった気がしたので、演奏家を得ることは、すごく大事なことじゃないかなと思いました。
木下 演奏家が理想的に演奏してくれると、それはもう神様からのギフト。やったー! って感じです。昨日の個展の演奏もそうでしたし、藤木さんの「鴎」の演奏もギフトでした。ありがとうございます。
藤木 こちらこそ。「鴎」は僕は泣きそうになるんですよね、歌ってて。演奏家がエモーショナルになりすぎると伝わらないから、どこかでブレーキをかけてるんですけど。二大疲れる曲、いい意味で、演奏にエネルギーが要る曲。もう1曲は「死んだ男が残したものは」(作詞:谷川俊太郎/作曲:武満徹)。
「鴎」(詩:三好達治 曲:木下牧子)
Q7. 自らホームページを2000年から作られ、TwitterやYouTubeなど、インターネットを駆使して積極的に作品を発信されているのはなぜでしょうか。
木下 もともとは著作権なんかなくて、モーツァルトなんか、どんなに名曲を書いても極貧で死んじゃったわけだし。だからお金のことは考えず広い心で(笑)皆さんに聴いてほしい、というのもあるし、実際自作のいい演奏をアップすると、演奏家は楽譜が見たい、演奏したいと連絡くださるし、聴き手はコンサートに足を運んでくださる。時々外国からもご連絡いただいたりします。
日本の音楽界のヒエラルキーってなんとなくあるじゃないですか。新聞とか雑誌とかで書かれる演奏会評や有名な批評家のいうことをありがたがるとか。でも音楽界に何のしがらみもないアマチュアのTwitter批評のほうが、的を得ていることもよくありますし、権威って何だろうと。YouTubeを見るとね、案外みんな対等だなと思う。
だからこそ、ここでダイレクトに発信したらいいかもねって。別に難しいことを考えて始めたわけではなく、実際アップしてみたら演奏家などの反応があるから続けているんですけど。
藤木 そうですね、楽譜も音源もあれば、演奏しようっていうモチベーションにつながる。中身のわからないものってなかなか買えないから。
木下 例えば、榊原紀保子さんと加藤千春さん、お2人の演奏家の委嘱で書いた音楽物語「蜘蛛の糸」という作品があって。朗読と独唱を担当する歌い手、打楽器も担当するクラリネット、そしてピアニストというトリオによる、芥川龍之介の短編をそのままテキストにした40分の作品ですが、その動画をYouTubeにアップしたら、何人もの方から演奏したいと連絡いただきました。昨年スコアが出版されたので、さらに反応がよくて、秋には4組のトリオが「蜘蛛の糸」を上演くださることになっています。
音楽物語「蜘蛛の糸」 朗読・独唱、クラリネット、ピアノのための(原作:芥川龍之介/作曲:木下牧子)
木下 Twitterのフォロワーは今8600?人くらいです。でも集客に効果が出るの は多分3万を越えたあたりからかなと。
藤木 それなにかのデータに基づいた? それとも実感ですか?
木下 Twitterを始める前に参考にいろいろな方のを見て、フォロワー3万超えるといろいろできそうだなと。でもこれはテレビに定期的に出てないと到達しないレベルで無理そうだから、本当は始めるつもりなかったんです。作曲家の新実徳英先生が始められたのを見て、つい釣られて始めてしまいました(笑)。
3万人には及ばなくても、8600人もフォロワーがいてくださるので、演奏会のお知らせとか、公式サイトの更新、動画更新などの案内を出すと、反応がたくさんあってとても励まされます。たくさんリツイートしてもらえると、さらに嬉しいです。お知らせ以外ではあまりつぶやかないので、公式Twitterという感じですけど。
藤木 ホームページもご自身で作業している?
木下 はい。最初にFinale(楽譜制作ソフト)を30歳くらいで始めたんですよ。腱鞘炎で手を痛めてしまったので。
私の作曲の仕方は、手書きの頃から推敲が中心です。つまり、一度大きくざっくり作ったものを推敲しながらどんどん磨いていって、細かいところまで完成度を高めていくんです。
で、推敲に欠かせないのが消しゴムで消す作業なんですが、腱鞘炎だと消しゴムで消す作業が一番辛いんです。消しゴム消しがあまりに面倒で、だんだん推敲が荒くなって、明らかに曲質が落ちちゃったんですよね。
そのとき、ちょうど神様のギフトとしてFinaleが出たので、なけなしの貯金をはたいて手に入れて、浄書屋さんたちがボランティアで教えてくれる「フィナーレ ユーザーズクラブ」に通って勉強しました。 そこの会員が、ほとんど自分のホームページを持っている先進的な人たちだったので、私も刺激を受けて始めました。最初は人にデザインを頼んだのですが、人任せだと更新に時間がかかるので、ひと月もしないうちに自分で見よう見まねで作業するようになって、それからは全部自分でやってます。
Q8. 音楽以外のことで、曲を書くインスピレーションのもとになっていること、あるいは音楽から離れてなさっていることなどはありますか。
木下 ぼーっと紅茶を飲んでます。作曲している最中は、終わったら海外旅行しようとか新しい勉強を開始しようとか、さまざまなプランを立てるのですが、いざ書き終わると、電池残量がゼロになっていて、充電のためにぼーっとお茶を飲むか、本を読むか、映画を見る程度。もっともここ数年は一人暮らしの母のサポートをするために、時間が空くと実家に出かけるので、あまりぼーっとする時間はないんですけど。
そういえば、新しい曲を書き始める前に、必ず小旅行をして次の曲の構想を練るのが、唯一の儀式かな。
藤木 お気に入りの場所があるんですか? どこか。
木下 最近は疲れるので、伊豆とか箱根とか軽井沢とか近場によく行きます。次は少し遠出して瀬戸内をぶらぶらしたいと思っているんですけどね。
ちょっと前まで広島に仕事部屋——仕事じゃないって言いながら仕事部屋って言っ た(笑)——作曲部屋を短期間もっていたんですけど、ものすごく作曲がはかどって、ここ10年の代表作と言える曲はみんな広島で書きました。夜中に広島に着くな り、ネットで食料をいっぱい注文して、1週間から10日くらいこもって作曲するんです。あれは充実してました。
藤木 広島はお好きだからですか?
木下 安芸の宮島に観光に行ったときに気に入って。川も多くて海も近くて、美味しいものが多くて、きれいな街なんですよね。原爆資料館は見学すると落ち込みますけど、広島を訪れたときは必ず1回は行くようにしていました。
藤木 旅はなにか断絶するってことなんですか? 連絡をとらないようにするとか。
木下 新しい1ページを開くみたいなかんじ。なにか変わるんですよね。自然の豊かなところに2~3日いると意識が澄んでくる。そうすると、次はあれを書こうみたいのが浮かんでくるので。
藤木 自然がインスピレーションのもと?
木下 たぶんそうだと思います。旧軽井沢のメイン通りから数本離れただけで夏でも涼しくて誰もいない林の小道が続いていて、あそこを歩くだけでいい。あと、奈良の春日大社とか、伊勢神宮とか、そこまで立派でなくても神社の鎮守の森からは力をもらえる気がします。樹齢何百年の鬱蒼とした木々に囲まれた参道を歩くと、 明らかに心が浄化されて、力が湧いてくる感じ。
藤木 曲のイメージは音から入ってくるんですか? 視覚的なところから?
木下 器楽の場合は、視覚から入ることは滅多にないです。耳をすますと響きが聴こえ出して、そこから音楽が動き出すのを待つみたいな感じなのかな。 オーケストラを作曲するときは、Macモニター上の40段の五線紙をじーっと見つめながら書きます。スケッチはとらないで、最初からオーケストレーションしていきます。
歌の場合は最初から歌詞があるので、歌詞を何度も読みます。歌詞に惚れこむのが絶対条件。いい詩というより、好きな詩を選びます。
藤木 書きたい詩は、ストックしているんですか?
木下 一時期、詩集を1000冊以上持っていましたが、引っ越しのたびに大量に処分して、かなり減りました。それでも700冊くらいストックしているかな。新しい作品を書くときに、その700冊から詩が見つかるかというとそうでもないので、詩を選ぶ時間をキープするのが本当に大変です
Q9. 藤木の歌を会場でお聴きくださった率直な印象や、これからなにか私とご一緒できそうなことなどについて、お話してみたいです。
木下 現代オペラもぜひ拝見してみたいですが、歌曲で言えば、昨年末の松本和将さんとのコンビの演奏は素晴らしかったですね。とても緊張感に満ちた深い音楽でした。
アヴェ・マリアいっぱいのプログラムだったので、くだけたコンサートなのかと思ったら、1曲目からキーンと空気が張り詰めた密度の濃い世界で、聴き手が音楽に引き寄せられるコンサートでした。素晴らしかったです。私の曲も含め、日本の曲がいくつも入ったプログラムで、どう聴こえるかな……と思ったんだけど、 スタンダードな西洋名曲と比べて全然遜色なくて 、本当に嬉しく聴きました。ありがとうございます。ああいう場で質の高い演奏をしていただけて、これで曲の認知度も高まりそう、と思って聴いてました(笑)。
藤木 それは曲の力ですから、本当に。日本語は母国語ですし。
木下 藤木さんの日本語の発音の美しさは印象的ですよね。おっしゃる通り日本語は母国語なので、日本人が世界でもっとも美しく発音できるべきなんですけど。いまだに「日本語を歌うと喉がダメになる」とか言って、母国語を拒絶する音大の先生方もおられて……。でも藤木さんはじめ、日本語を素晴らしく発音し表現できる歌手が増えてきたし、奏楽堂日本歌曲コンクールで若手もどんどん日本語を歌うようになっているので、明るい未来が待っていると信じたいですね。
で、そろそろ2作目のオペラを書きたいところなんですけどね。
藤木 書きたいテーマや台本は今のところないんですね?
木下 優秀な台本作家と優秀な作詞家の2人が、作曲家のこうしてほしいっていう要求を全部聞いて素晴らしい台本を書いてくれれば、いいオペラができると思うけれど、甘いですね。
自分が主役をやるとして、藤木さんの場合だったら何をやりたいですか?
藤木 歌手としては、どんな役柄でもできないといけないと思う。でも、現代に即した物語がいいかもしれませんね。
木下 現代?
藤木 現代っていう時代にいま自分たちが生きていて、例えば今話題になっているのはジェンダーの問題とか、あるいはパワハラ、セクハラの問題とか。
木下 おぉ~社会派。
藤木 現代音楽っていう言い方を、僕はそんなに好んで使わないんですけど、モーツァルトのときもワーグナーのときも、当時は現代音楽だったはずなので。
木下 「フィガロの結婚」なんて、社会風刺というより完全に危険思想ですもんね、あの時代。
藤木 例えば、権力をもっている人を風刺するわけじゃないですか。それはあの頃は同時代のものだったわけで、そしたら2020年の時代の問題があるはずなので。
木下 とても面白そうですね。今までも、例えば原嘉寿子さんのオペラ《脳死を越えて》とか、社会問題を扱ったシリアスな作品はありましたよね。
よく、オペラは女の描き方がつまんないって言われますよね。オペラに出てくる女は、添え物か、運命に翻弄される薄幸の人か、カルメンみたいなファムファタル系 か。昔ある評論家に「あなたは女性なんだから、もしオペラを書くなら女性が生き生きした題材を選びなさい」と言われたことがあって。
それが潜在意識にあったのかわかりませんが、私が1作目に選んだ題材は《不思議の国のアリス》でした。登場する女性がみんな強くて、口が悪いんですよ。で、男がみんな優しくて気弱。そして必ず女はキレる。アリスもキレるし公爵夫人も女王もキレる。キレるシーンは作曲していてとても楽しい。そういう意味ではとても現代的なオペラなんですよ!
とは言え、そろそろ本格的な第2作を書きたいと思っていて。
藤木 考えておきます、自分がなにになりたいか。もしかしたら宇宙飛行士かもしれないし。
木下 SFもいいですね。最近、声も見栄えもいい日本の歌い手って男女ともに大勢いるじゃないですか。私は日本のオペラ歌手が演じたとき最高に格好いいオペラを書けないかなと思うんですよ。そして聴衆にとってもワクワクするエキサイティングなオペラ。
まあ言うだけなら簡単ですけどね。ホフマンとか、ガストン・ルルーとか、モーパッサンとか、サキとか、夢野久作とか安部公房とか、川上弘美とか、魅力的な短編はたくさんあるんですけどね。その辺りで足踏みしてます。
藤木 題材ないとおっしゃってましたけど、ありましたね、ほんとは。
Q.10 あなたにとって、音楽とは?
木下 うーん、なんでしょう。生きていることイコール音楽かな。音楽のため、というか作曲するために生きている気がする。大仰ですけど。
曲を集中して書いているとき、記憶は曲のなかに封じ込められちゃうので、その間に食べたり飲んだり、 人と会ったり出かけたりしたことはあんまり残らない。じゃあ曲を聴けばその記憶を思い出せるかっていうと、全然思い出せないわけですよ。なので、曲を書いている期間分、人生が短くなっているのかもしれない。まあ創作系の作家とか画家とか、特に一作仕上げるのに時間のかかる創作家はみんなそうかもしれません。
だから、自作のいい演奏を聴くのが無上の喜びでございます。また歌ってください。
藤木 がんばりたいと思います。ありがとうございました。
中学のクラス合唱で歌っていた頃からファンだった「木下牧子」さんと、たくさんお話ができました。僕にとってはカギカッコで囲みたいほどのお名前です。
愛される曲たちは木下さんにとってはみんなが我が子であり、「仕事」ではない、無償の愛から生まれていました。そして、そんな子どもたちがよい演奏に成長したら、それは「神様からのギフト」。
僕らは大切なお子さんをお預かりするのだから、愛情たっぷりで育てないと。神様からのギフトは多いほうが素敵だもんね。
ご本人は「運がよかった」と仰いますが、その運を引き寄せているのはご自身だと思います。木下牧子さんからのギフトに、心からの感謝を!
藤木大地
日時: 2019年8月3日(土) 15:00開演
会場: 川口総合文化センター・リリアホール
出演: 藤木大地(カウンターテナー)、松本和将(ピアノ)
曲目: 夏の思い出(中田喜直)、浜辺の歌(成田為三)、椰子の実(大中寅二)、死んだ男の残したものは(武満 徹)、鴎(木下牧子)ほか
料金: 全席指定3,000円
問い合わせ: リリア・チケットセンター Tel.048-254-9900
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