読みもの
2021.06.25
My楽器偏愛リレー! vol.18 川本嘉子

ヴィオラ自慢その3:大作曲家たちが人生最後に魂を与えてくれた楽器

アーティストが自分の楽器の魅力をとことん語る連載「My楽器偏愛リレー!」。各楽器につき、3つの自慢ポイントを紹介して、次の奏者にバトンを渡します。今回は、川本嘉子さんによるヴィオラ自慢です。

川本嘉子
川本嘉子 ヴィオラ奏者

1992年ジュネーヴ国際コンクール・ヴィオラ部門で最高位(1位なしの2位)。1996年村松賞受賞。1997年第7回新日鉄音楽賞・フレッシュアーティスト賞、2015年東...

2018年6月5日にまつもと市民芸術館主ホールで開催された演奏会より。シューマンの「幻想小曲集」と「子供の情景」より《トロイメライ》を演奏。
©新巳喜男

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偉人たちが晩年に好み、遺作となったヴィオラの名曲たち

最近、織田信長(1534〜1582)がセミナリヨというキリシタンの初等教育の施設で、たびたびクラヴィーコード(ピアノの前身)とヴィオラの演奏を好んで聴いていたという事実を知りました。セミナリヨは、1580年に信長の協力を得て安土に建てられましたが、1582年に本能寺の変が起きたので、最晩年のほんの短期間の楽しみだったということになります。もし信長の政権が江戸時代のように長く続いたら、日本の音楽の歴史が大きく変わっていたと思うと……嗚呼! 想像が止まりません。

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超絶技巧で有名だったヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニ(1782〜1840)が、晩年に当時大人気だった作曲家ベルリオーズに、ヴィオラのコンチェルトを依頼しました。しかし、技巧を活かすパッセージが1つもないことに落胆して、パガニーニは初演しませんでした。その頃手に入れたヴィオラの名器Stradivariusを披露するためのコンチェルトが、当時は存在しなかったことがうかがえます。でも私たちには、《イタリアのハロルド》という素晴らしい曲が残されたので、ヴィオラ業界としては大感謝です!

ヴィオラ独奏を含む交響曲、ベルリオーズ《イタリアのハロルド》

ブラームス(1833〜1897)は、ピアノの名手だったにもかかわらず、室内楽作品を初演、または試演する際に、ヴィオラを担当していました。最晩年に出逢ったクラリネット奏者のために、ソナタを2曲書いていますが、それをブラームス自身がヴィオラ用に改訂してくれました。我らにとっては貴重なレパートリーとして重宝しています。

ブラームス:クラリネット・ソナタ 作曲者本人によるヴィオラ編曲版

ショスタコーヴィチ(1906~1975)の遺作もヴィオラ・ソナタですが、これは正に遺書! 自身のためのレクイエムにヴィオラを充てたのです。

ショスタコーヴィチといえば、革命歌などを織り混ぜ皮肉を込めた曲を発表した作曲家ですが、遺作の1楽章はノヴェッラ(短篇小説の意)、2楽章がスケルツォ、3楽章は「ベートーヴェンの思い出に」と題され、「月光ソナタ」が引用されています。元の曲は嬰ハ短調なので、右手のメロディはソ#ーソ#ソ#ー。ところが、ショスタコーヴィチはレーレレー。それを聴くとどうしても、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》を思い出してしまいます。これは私の邪推ですが、ボンのオーケストラでヴィオラを弾いて家計を助けていたベートーヴェンと、ヴィオラの代表曲を書いたブラームスを讃えて、ここにパロディにしたのではないでしょうか?

そして、4楽章は自作の交響曲1番から15番のモチーフが次から次へと現れる自身の偉業を振り返った大作。

ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ

アメリカに亡命したバルトーク(1881~1945)も、ヴィオラのパイオニア、プリムローズに委嘱されてヴィオラ協奏曲を手掛けましたが、草案のみで天に召されてしまいました。彼の真摯な音楽への姿勢と実直さは凄まじかった様子。故に、最後まで完成させて欲しかった……。2楽章の冒頭は、夜空の星々が煌めくハーモニーが響き、そこにヴィオラのソロが始まると宇宙に吸い込まれそうになる。ほかの何物でも味わえないくらい、透明になれる瞬間です。

数々の大作曲家が人生最後にヴィオラに魂を与えてくれました。敬意を込めて演奏し、人生の深淵を体現するように、心より愛でる演奏家であり続けたいと、今回改めて感じています。Viva viola!

ヴィオラの魅力を味わう作品

ヒンデミット:ヴィオラ協奏曲《白鳥を焼く男》、バルトーク:ヴィオラ協奏曲
アメリカ出身の世界的ヴィオラ奏者、ラファエル・ヒリアーさんの演奏はもちろん、当時の日本フィルハーモニーと渡邉暁雄先生の練習を積み重ねた末の緊張感のあるサウンドは必聴です!

次の楽器にバトンタッチ!

恩師・江藤俊哉先生の愛弟子と言えば千住真理子さん。先生宅でのレッスン時間が前後してすれ違うだけで興奮していた当時、憧れの存在でした。

数年前にモーツァルトの「協奏交響曲」を共演させていただいたときは、大興奮! 最高級のストラドから江藤サウンドがあふれ出ている横で幸せに包まれ……素敵な思い出です。

川本嘉子
川本嘉子 ヴィオラ奏者

1992年ジュネーヴ国際コンクール・ヴィオラ部門で最高位(1位なしの2位)。1996年村松賞受賞。1997年第7回新日鉄音楽賞・フレッシュアーティスト賞、2015年東...

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