シルヴェストロフ/ツィメルマンのシマノフスキ/ケラス&タローのアンコール曲集
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
滅びかけた人類全体へのレクイエム
「シルヴェストロフ:ラリッサに捧げるレクイエム」
収録曲
ヴァレンティン・シルヴェストロフ:ラリッサに捧げるレクイエム(1999)
[ナクソス・ジャパン NYCX-10343]
ウクライナの作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937-)の作品は、近年多く生み出されている美しいピアノ曲をきっかけに注目を浴びているが、その原点は合唱音楽である。
文学・音楽の研究者だった妻ラリッサ・ボンダレンコの急死をきっかけに作曲され、3年後に完成された「ラリッサに捧げるレクイエム」(1999年)は特に重要な作品。かつて前衛の闘士だった頃のシルヴェストロフと、近年の甘く優しいピアノ小品群を書き綴るシルヴェストロフとの、分水嶺のような位置にある。
伝統的なミサ曲の形式をとどめつつも、切れ切れの音と言葉によって、もはや何もかもが崩壊してしまったかのような雰囲気を持つこの「レクイエム」は、妻への追悼というよりは、滅びかけた人類全体へのレクイエムのようである。
全曲はほとんど、荒涼とした風が吹くような世界。その中で、第5楽章「アニュス・デイ(神の子羊)」だけが、救いの光のように優しい旋律を追憶のように響かせる。この曲はピアノ曲「The Messenger(使者、もしくは天使とも訳される)」と同じで、妻ラリッサが亡くなる前に最後にシルヴェストロフが弾いて聴かせた作品なのだという。
ミュンヘンの「イエスの聖心教会」での録音は残響たっぷりで、静謐で力強い演奏ともども、残酷な現実と幸福な記憶との間を揺れ動くようなこのレクイエムの世界観を、豊かな余韻とともに伝えてくれる。
DISC 2
シマノフスキの真価を伝えるツィメルマン最高の仕事の一つ
「シマノフスキ:ピアノ作品集」
収録曲
9つの前奏曲 作品1から第1番 ロ短調、第2番 ニ短調、第7番 ハ短調、第8番 変ホ短調、仮面劇 作品34、マズルカ 作品50から第13番、第14番、第15番、第16番、ポーランド民謡の主題による変奏曲 作品10
[ユニバーサルミュージック UCCG-45059]
待ちに待ったアルバム。
ショパン、スクリャービンに続く、官能的なピアノ音楽の継承者でもあるカロル・シマノフスキ(1882-1937 ポーランドの作曲家だが、その生地ティモシュフカは現在ウクライナにある)の魅力はもっと知られるべきである。現代のピアノ界の真のリーダーの一人であるクリスチャン・ツィメルマンによって、これほど強くシマノフスキに焦点が当てられたことが嬉しい。
演奏は期待をはるかに超えて素晴らしい。ツィメルマンらしい暖かい音色、懐の深さ、ときに爆発的なエネルギーを発揮する、あのピアニズムが十全に生かされているからこそ、シマノフスキの真価が伝わってくる。
作曲家の出発点ともなった「9つの前奏曲」の甘くとろける官能性。文学的なテーマを持つ3つの風刺画として描かれた「仮面劇」の鬼気迫る迫力。ショパンとは異なる、山岳地帯の民族舞踊としての「マズルカ」のユニークさ。ロマン派音楽の終着点のような「ポーランド民謡の主題による変奏曲」の暗い情熱と瞑想と、壮大なスケール感。
これはあらゆる聴き手にシマノフスキへの新しい扉を開いてくれる1枚であり、ツィメルマンの最高の仕事の一つとしてずっと残っていくに違いない。
DISC 3
名手によるデザートとは別次元のアンコール曲集
「相棒~COMPLICES~アンコール・ピース集」
収録曲
ハイドン(ピアティゴルスキー編):ディヴェルティメント ニ長調 より‘アレグロ・ディ・モルト’/クライスラー:愛の悲しみ/ブラームス:ハンガリー舞曲第2番/ ヴェチェイ:悲しきワルツ/ポッパー:セレナーデ op.54-2(スペイン舞曲集より)/ ポッパー:妖精の踊り op.39/チャイコフスキー:感傷的なワルツ op.51-6/シチェドリン:アルベニス風に(ヴァルター・デスパリ編曲)/ショパン:ノクターン p.9-2/ポッパー:マズルカ op.11-3(3つの小品より)/B.A.ツィンマーマン:短い練習曲より第4番/クライスラー:愛の喜び/ファリャ:ナナ(7つのスペイン民謡より)/フォーレ:蝶々 op.77/サン=サーンス:白鳥/プーランク:愛の小径/コルトレーン:アラバマ/バッハに基づく即興/ デュティユー:ザッハーの名による3つのストローフェより第1曲/ハイドン:交響曲第13番よりアダージョ
[キングインターナショナル KKC-6596]
コンサート空間において、アンコールがもたらす打ち解けた雰囲気、自由で即興的な音楽のあり方、その場や瞬間を大切にする感覚――それを1枚にまとめ上げたアルバム。メインディッシュの肉の一皿もいいけれど、その後のちょっとしたひとくちデザートの良さは、メインに決してひけをとらない。
チェリストのジャン=ギアン・ケラスは、かつてはブーレーズのもと、世界最高の現代音楽演奏集団アンサンブル・アンテルコンタンポランに所属していたこともあり、その途方もない実力を武器に、バロックだろうとロマン派だろうと、自然体ながら鋭く知的な解釈を聴かせる。
ケラスがクライスラー「愛の悲しみ」「愛の喜び」やショパン「ノクターンop.9-2」、あるいはサン=サーンス「白鳥」やプーランク「愛の小径」を演奏すると、これは単なる気晴らしや娯楽とは別次元の、凄みのある“本物”になる。
全19曲の中には、シチェドリンやB.A.ツィンマーマン、コルトレーン、デュティユーらの辛口な楽曲も散りばめられており、巧妙な構成に引き込まれていくうちに、多様な作曲家にも馴染んでいける。
アルバム・タイトルの「Complices」にはフランス語で共犯関係という意味があり、ケラスは名手アレクサンドル・タローとの20年以上にわたる共演をそう愛着を込めて呼んでいる。それは聴衆を巻き込もうとする気持ちの表れでもある。
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