読みもの
2023.11.04
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

いまこそ黄金時代 ノット&東響がショスタコーヴィチ第4の魅力を細部まで解き明かす

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。11月は、ジョナサン・ノット&東京交響楽団のショスタコーヴィチ「交響曲第4番」、現代最高のカウンターテナーのひとり、フィリップ・ジャルスキーの新譜、国際的な活躍を続けてきた作曲家・佐藤聰明の《橋》を高橋アキが収録したアルバムが選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

ショスタコーヴィチ「第4」はこんなにも美しい作品だったのか

「ショスタコーヴィチ:交響曲第4番」

ジョナサン・ノット(指揮)東京交響楽団

収録曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第4番
[オクタヴィアレコード OVCL-00823]

2014年シーズンより第3代音楽監督をつとめるジョナサン・ノット(1962年イギリス生まれ)と東京交響楽団のコンビは、現代作品を重視したセンスあるプログラミングとアンサンブルの充実で、いまや黄金時代を迎えている。そんな彼らの名演の数々はオクタヴィアレコードからリリースされ続けているが、今回のショスタコーヴィチの「第4」はとりわけ素晴らしい。

作曲家自身が特に愛着を覚えていたこの曲は、途方もないエネルギーが渦巻くドラマティックな音楽でありながら、緻密に計算され、がっしりとした骨格を持つ構築物でもある。明らかにマーラーの影響下にあり、「マーラーのその先にいかなる交響曲が可能か」を考える上でも、前衛的な精神と保守的な伝統が火花を散らしながら共存するという意味でも、20世紀音楽史における最重要作品のひとつである。

東京交響楽団特有の豊麗な響きを生かしつつも、ノットの指揮は楽曲の魅力を細部まで明晰に解き明かしてくれる。ともすれば粗削りになりがちな「第4」がこんなにも美しい作品だったのかと再発見させてくれる。こういうディスクこそ繰り返し聴きたい。

DISC 2

バロック・オペラの未知の鉱脈から掘り出された宝石のような歌たち

「Forgotten Arias / 忘れられたアリア集」

フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
ジュリアン・ショーヴァン(指揮、ヴァイオリン)
ル・コンセール・ド・ラ・ロージュ

収録曲
ベルナスコーニ:歌劇『オリンピーアデ』より 私達は船、冷たい波間に/グルック:歌劇『牧人の王(羊飼いの王様)』より 気持ちを語れるものは/ピッチンニ:歌劇『ウティカのカトーネ』より 私は何を誓い、何を契ったのか?・・・ なんと無慈悲な法か/フェランディーニ:24のアリア第2集 より 第11番 あらゆる血管で血が凍り/トラエッタ:歌劇『オリンピーアデ』より ここはどこ?どこに行き着いたの?・・・ やにわに私はうめく、そして震える/ヴァレンティーニ:歌劇『皇帝ティートの慈悲』より 頬に感じることがあれば/ハッセ:歌劇『デモフォーンテ』より シンフォニア だが星々よ、哀れなディルチェーアが何をした?・・・ 岸は近いと信じていた、 哀れな我が子よ/ヨハン・クリスティアン・バッハ:歌劇『アルタセルセ』より この父子の抱擁に/ヨンメッリ:歌劇『アルタセルセ』より 幾百もの苦しみの中で
[ワーナーミュージック・ジャパン 5054197633881](海外盤)

現代最高のカウンターテナーのひとり、フィリップ・ジャルスキーの待望の新譜は、バロック・オペラの未知の鉱脈から掘り出してきた、宝石のような歌の数々である。

収められているのは、後期バロック盛期の作曲家たち、ベルナスコーニ、グルック、ピッチンニ、フェランディーニ、トラエッタ、ヴァレンティーニ、ハッセ、J.C.バッハ、ヨンメッリらの知られざるオペラ・アリアたち。当時もっとも人気の高かったローマ生まれの台本作家ピエトロ・メタスタージオ(1698-1782)の詞による作品ばかりで構成されている。

自由闊達で激しいアリア、憂鬱に沈み込むアリアなど、曲調はバラエティに富んでおり、ショーヴァン指揮ル・コンセール・ド・ラ・ロージュの演奏もフレッシュで耳に心地よい。

今回ジャルスキーの声は絶好調で、デビュー当時と何ら遜色ない超絶技巧、甘く柔らかい声の伸びの持ち味が存分に楽しめる。ポルポラやヘンデルやヴィヴァルディのアリア集でジャルスキーのファンになった人は、きっと楽しめるはずだ。

DISC 3

ただただ深い瞑想へといざなってくれるアルバム

「佐藤聰明:橋(Ⅰ~Ⅴ)」

高橋アキ(ピアノ)

収録曲
佐藤聰明:橋I(2000) 橋II(2002)橋III(2005)橋IV(2006)橋V(2008)
[カメラータ・トウキョウ CMCD-28388]

こんな静寂の音楽を聴きたかった。

国際的な活躍を続けてきた作曲家・佐藤聰明(1947年仙台生まれ)が、宮城の民話に由来する「この世とあの世の境には、死者の魂を渡すために、無数のカササギがたがいの身体をくちばしで結びあって作る橋がある」というイメージに基づいて作曲した《橋》という5曲の連作ピアノ曲が素晴らしい。

高橋アキの演奏は、サティやケージやフェルドマン、そしてシューベルトで長年培ってきた、柔らかくしなやかな音と豊かな間合いの感覚が生かされている。たゆたうような時間に自由に身を任せながら、おだやかな集中のなかで、かけがえのない数少ない音を大切に、ひとつひとつ紡いでいく。

いわゆる現代音楽らしい小難しさは一切なく、ただただ深い瞑想へといざなってくれるアルバムだ。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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