読みもの
2024.10.26
「林田直樹の今月のおすすめアルバム」

【林田直樹の今月のおすすめアルバム】秋の夜長は、レオンスカヤの甘くとろけるピアノの響きに浸る

林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、ピアニスト河村尚子デビュー20周年を記念してリリースした小品集、現代でもっとも称賛されているピアニストのひとりであるレオンスカヤが奏でる新ウィーン楽派の作品が印象的なアルバム、ヨーロッパ全土を席巻しているクルレンツィスの噂のオーケストラの配信が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook
続きを読む

DISC 1

シューマンから坂本龍一まで、バラエティに富んだ小品集

河村尚子「20twenty」

河村尚子(ピアノ)

収録曲
◎プロローグ
1. シューマン:献呈 作品25の1(歌曲集「ミルテの花」作品25 第1曲)[クララ・シューマン編]
◎20 – Twenty -
2. R.シュトラウス:さびしい泉のほとり 作品9の2(4つの情緒ある風景 作品9 第2曲)
3. シューベルト:楽興の時 第3番 ヘ短調 D 780 / 作品94の3
4. バルトーク:スケルツォ Sz. 71 / BB. 79の5(15のハンガリーの農民の歌 Sz. 71 / BB. 79 第5曲)
5. ベートーヴェン:エリーゼのために WoO 59
6. R.=コルサコフ:熊蜂は飛ぶ(歌劇「皇帝サルタンの物語」第3幕第2場 間奏曲)[ラフマニノフ編]
7. スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K. 27
8. プロコフィエフ:前奏曲 ハ長調「ハープ」 作品12の7(10の小品 作品12 第7曲)
9. ブーランジェ:新たな人生に向かって
10. 矢代秋雄:夢の舟[岡田博美編]
11. ブラームス:間奏曲 ハ長調 作品119の3(4つの小品 作品119 第3曲)
12. リスト:愛の夢 S. 541の3(3つのノットゥルノ S. 541 第3曲)
13. ショパン:即興曲 第3番 変ト長調 作品51
14. ラフマニノフ:エレジー(幻想的小曲集 作品4 第1曲)
15. バッハ:羊は安らかに草を食み(カンタータ第208番「楽しき狩こそわが悦び」 第9曲)[エゴン・ペトリ編]
16. プーランク:バッハの名による即興的ワルツ ホ短調 FP.62
17. フォーレ:即興 作品84の5(8つの小品 作品84 第5曲)
18. メシアン:夢の触れられない音…(8つの前奏曲集 第5曲)
19. 武満徹:雨の樹素描 II-オリヴィエ・メシアンの追憶に-
20. コネッソン:F. K. ダンス(イニシャルズ・ダンシズ 第3曲)
21. ドビュッシー:夢想 
◎エピローグ
22. 坂本龍一:20220302サラバンド 
[ソニーミュージックレーベルズ SICC-19080]

シューマンから坂本龍一まで、何と素敵なバラエティに富んだ小品集だろう。

これは20の個人的な物語でもある。河村自身の手によるさりげない筆致で書かれたライナーノートがとても面白い。たとえば、リヒャルト・シュトラウス《さびしい泉のほとり》については「濃い緑色に茂った植物の香り」があり、シューベルト《楽興の時》第3番は「涙のしずくを垂らしながら笑っているピエロのよう」とも。リムスキー=コルサコフ《熊蜂は飛ぶ》については「舌をスズメバチに刺され」た思い出を語る(痛そう!)。

このように1曲1曲についてのプライヴェートな思いや考察が自由に述べられているのを読むと、それぞれの作品に対する聴き手の感覚を深めるきっかけにもなる。

配列・構成も考え抜かれている。ナディア・ブーランジェの「新たな人生に向かって」の暗くドロッとした闇の世界にはドキリとさせられるし、とくにショパン「即興曲第3番変ト長調」の暖かい音色とゆったりとした時の流れは、このアルバムの中の一つのクライマックスと言ってもいい。

こうしたアルバムは配信ではなくCDでライナーノートをじっくり読みながら、アーティストの個人的思いを受け止めてこそ、より深く楽しめるに違いない。

DISC 2

後期ロマン派のように甘く美しいピアノ

「ベルク、シェーンベルク、ウェーベルン:ピアノ作品集」

エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ)

収録曲
ベルク:ピアノ・ソナタ Op.1
ヴェーベルン:ピアノのための変奏曲 Op.27
シェーンベルク:6つのピアノ小品 Op.19
シェーンベルク:組曲 Op.25
[ワーナーミュージック・ジャパン 2173.228826]

甘くとろけるピアノの響き、大人の夜の世界に浸ることのできる、極上のアルバム。

1945年ジョージア(旧ソ連)のトビリシに生まれ、モスクワ音楽院で学んでリヒテルらと深い親交を結び、1978年に亡命してウィーンを第2の故郷とするようになったピアニスト、エリーザベト・レオンスカヤは、モーツァルトやシューベルトやブラームスを得意としてきた。ここで聴くことのできる香り高い響きは、そうしたレオンスカヤのこれまでの営みあってのものだろう。

いわゆる「新ウィーン楽派」と称される、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの作品は、無調へと踏み出した作曲技法の革新性ゆえに、これまではどちらかというと知的で難解なものとされてきた。

しかし、後期ロマン派の延長線上にあるこの演奏は、クリムトやシーレらの活躍していた世紀末ウィーンの美学を想起させる。ジャンルを超えた多くの音楽好きにも、きっと親しんでもらえることだろう。

DISC 3

クルレンツィスが新たに結成したオーケストラがヴェールを脱ぐ

「ブルックナー:交響曲第9番ニ短調よりスケルツォ」

テオドール・クルレンツィス指揮 ユートピア・オーケストラ
※AppleMusic配信限定アルバム

ヨーロッパ全土を席巻している噂のオーケストラが、ついに配信でヴェールを脱いだ。

ギリシャ出身の指揮者テオドール・クルレンツィス(1972年生まれ)が、2022年10月に新たに創設した「ユートピア・オーケストラ」は、世界30か国以上からメンバーが集結している(現在の本拠はベルリン)。ロシア・ウクライナ戦争によって、サンクトペテルブルクに本拠を置いていた従来の自らのオーケストラ「ムジカエテルナ」の国際的な活動が困難になったことへの、クルレンツィスなりの解決策がこの行動なのだろう。

「ユートピア・オーケストラ」のその後の活動状況はめざましい。

今年はザルツブルク音楽祭に登場してモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》(ロメオ・カステルッチ演出)とバッハ《マタイ受難曲》を上演し、この秋はマーラーの第5番とブルックナーの第9番によるツアー中。2025年1~2月にはパリ・オペラ座(ガルニエ宮)でラモーのオペラ《カストルとポルックス》(ピーター・セラーズ演出)を上演、4月からはマーラーの第4番とブラームスのピアノ協奏曲第2番(ソロはアレクサンドル・カントロフ)によるツアーをおこなう。

今回のAppleMusic限定での配信アルバムは、クルレンツィス自身がプロデュースする新レーベル「シータ(Theta)」の開始を記念するもの(現代フランスの美術家フィリップ・パレーノとのコラボレーションの予定も発表されている)。

ブルックナーの交響曲第9番の第2楽章だけの単独リリースだが、恐ろしく力強く、しなやかな演奏によるこのスケルツォを前面に押し出すことも、今の時代に向けたクルレンツィスのメッセージなのかもしれない。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ