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2025.02.28
「林田直樹の今月のおすすめアルバム」

【林田直樹の今月のおすすめアルバム】パーキンソン病を公表したバレンボイムの貴重なライヴ

林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、2月上旬にパーキンソン病を公表したバレンボイム指揮ベルリン・フィルの名演、サイモン・ラトル指揮マーラー・チェンバー・オーケストラのYouTubeチャンネル、今年1月に逝去した秋山和慶指揮者生活60周年記念のライブ録音が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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Recommend 1

バレンボイムへの敬愛と執念が生んだ巨大なスケール感

フランク:交響曲、フォーレ:ペレアスとメリザンド

ダニエル・バレンボイム(指揮) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

収録曲
セザール・フランク:交響曲 ニ短調 CFF130
ガブリエル・フォーレ:組曲《ペレアスとメリザンド》 作品80

[ユニバーサルミュージック UCCG-45107]

2月上旬、現代を代表する指揮者・ピアニストのダニエル・バレンボイム(現在82歳、1942年アルゼンチン生まれ)が、パーキンソン病であることを公表し、BBCやニューヨーク・タイムズなどのメディアも速報で報道した。

それらを総合すると、これは「完全な引退ではなく、健康の許す限りできるだけ多くのプロフェッショナルな仕事を続ける」が、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団(1999年に思想家のエドワード・W・サイードとバレンボイムが共同設立。イスラエルとアラブ諸国の若い音楽家たちが国境を越えて集う)に「もっとも重要な責任」を感じており、「この楽団の長期的安定と発展を確保する」ことが優先事項だという。

ちなみにバレンボイムは3年前から「重度の神経障害」に苦しんでおり、ベルリン国立歌劇場の音楽総監督を2023年1月に健康上の理由で辞任している。

それだけに、最近のバレンボイムの演奏記録はすべて貴重である。とりわけ、2023年6月にベルリン・フィルに客演した定期演奏会はたいへんな反響を呼び、昨年秋にCD化された。

底力ある響きと巨大なスケール感で呪縛するフランクの「交響曲ニ短調」、ベルリン・フィルらしい厚みのある弦が雄弁なフォーレの組曲「ペレアスとメリザンド」。エマニュエル・パユのフルートやアルブレヒト・マイヤーのオーボエ、シュテファン・ドールのホルンも見事だ。

ちなみに、ベルリン・フィル・デジタルコンサートホールでは、最近のバレンボイムのライヴとして、フランク&フォーレのほかに、アルゲリッチとのベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第1、2番」、ブラームスの「交響曲第3、4番」を視聴することが可能。

いずれも、ほとんど棒を動かさず、身ぶりの小さくなっているバレンボイムの音楽を細大漏らさず読み取って音にしようするベルリン・フィル側の敬愛と執念にも圧倒される。

Recommend 2

ハンブルクの聴衆の熱狂をYouTubeチャンネルで

モーツァルト:交響曲第39、40、41番

サイモン・ラトル(指揮) マーラー・チェンバー・オーケストラ
※ハンブルク・エルプフィルハーモニー公式YouTubeチャンネルにて2024年5月17日にライブ配信、無料オンデマンド可能

近年、世界の著名なコンサートホールやオーケストラの公式YouTubeチャンネルがますます充実してきている。教育プログラムや短いトレイラーやインタビューも多いが、中にはオリジナル・コンテンツとして重要な主催公演の全曲無料配信を行なうケースも見られるようになってきた。

たとえば、2017年のオープン以来、最新鋭のユニークな建築と美しい音響で、ハンブルクの街の一大観光スポットとしても人気を誇るエルプフィルハーモニー。世界のコンサートホールのYouTubeとしてはもっとも充実したものの一つだろう。

主催公演を丸ごと無料配信する場合もあり、中でも昨年5月17日にライヴ配信され、そのままアーカイブにとどまっているサイモン・ラトル指揮マーラー・チェンバー・オーケストラのモーツァルト3大交響曲は、稀に見る白熱の名演である。39番の第1楽章の後では、あまりの演奏の鮮やかさに、思わず会場から拍手が自然に沸き起こったほど。40番の第3楽章メヌエットの表情の豊かさ、「ジュピター」第4楽章のフーガの風のような疾走もすごい。ラトルが細部まで生き生きとした柔らかい表情を求める、気迫のこもった指揮も見ごたえがある。エルプフィルハーモニーの内装の美しさと響きの良さも伝わる映像で、ハンブルクの聴衆の熱狂にも同化してしまいそうになる。

Recommend 3

気品と安定感に満ち、力強く語る秋山和慶のブルックナー

ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」

秋山和慶(指揮) 東京交響楽団

収録曲
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」

[オクタヴィアレコード Exton OVCL-00866]

現代日本のオーケストラ界の基礎を作った最重要人物のひとり、指揮者の秋山和慶(1941年生まれ)がこの年明けに、自宅での怪我による突然の引退を表明し、ついで1月26日に84歳で亡くなられた。衝撃的なニュースとほぼ同時に、奇しくもこのCDがリリースされた。

これは昨年9月21日の東京交響楽団による「指揮者生活60周年記念・第724回定期演奏会」のライヴで、秋山和慶の穏やかな人柄が伝わるような、気品と安定感に満ちた、力強く語るようなブルックナーである。

とりわけ第2楽章の確かな足取りは、いま改めて聴いてみると、故人の人生そのものを象徴する、偉大な葬送行進曲のようにも感じられてくる。第3楽章のスケルツォはあわてず騒がず、腰をどっしりと落ち着けた音楽になっている。第4楽章のじっくりと築き上げる終結部の頂点に至るまでの堂々たる運びも素晴らしい。録音も優秀。

岩野裕一によるライナーノートは訃報の前に書かれたものだが、小澤征爾や齋藤秀雄との出会い、放送局から契約を打ち切られて苦境にあった東京交響楽団の常任指揮者に就任してからの歩み、近現代の大規模な声楽付き作品の数々の日本初演の功績(とくに1994年の第400回定期でのシェーンベルク「モーゼとアロン」は筆者も忘れ難い)、音楽的な特徴やエピソードなどにバランスよく触れられており、読み応えがある。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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