林田直樹の越境見聞録 File.04

いまこそ、奈良が熱い! ~中世音楽のルーツを探る旅へ

読みもの
2018.04.30

ONTOMOエディトリアル・アドバイザー、林田直樹による連載コラム。あらゆるカルチャーを横断して、読者を音楽の世界へご案内。今回は5月の連休明けの音楽祭「ヴィア・エテルナ奈良」まで待ちきれずに訪れた、奈良と音楽の関わりについて。

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写真上:興福寺東金堂と五重塔。国宝館はすぐ隣にある。中世奈良の宗教権力の中心地
撮影:林田直樹
旅人
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
林田直樹
旅人
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

どうしても、奈良に行かなければ――。

ここ数か月、そんな思いがふつふつと湧いていた。

最初のきっかけは、作曲家の西村朗さんの《迦楼羅》(かるら)である。

オーボエ協奏曲として最初書かれ、次に無伴奏オーボエのための作品として書かれた《迦楼羅》の奇妙な響きに、私はぞっこん惚れ込んでいた。

もうひとつのきっかけは、この5月連休明けに開催される音楽祭「ヴィア・エテルナ奈良 ~永遠の道」(アーティスティック・ディレクター=ルネ・マルタン)である。

 

西村朗《迦楼羅》の音楽世界を観に行く

まずは、迦楼羅に会いに興福寺に行った。

人間に害を与えるこの世の悪をすべて食べつくしてしまう、首から上が鳥、下は人間という奇怪な姿をした鳥人間、迦楼羅の像。

その実物にどうしても会いたいと思っていた。

ちょうど今年の1月から、奈良の興福寺では国宝館が公開され、乾漆八部衆立像(かんしつはちぶしゅうりつぞう)のひとつとして佇む迦楼羅にお目にかかることができる。

乾漆八部衆立像とは、インドで古くから信じられてきた異教の8体の神である。かつては鮮やかな極彩色に輝いていた南アジアの神々が、奈良の都の中心にある巨大宗教権力の象徴、興福寺にある――それだけで、わくわくするような出来事ではないか。

奈良は日本というよりは、アジアの国際的な文化の交わる場所だったということだ。アジア中世美術の粋ともいえる錚々たる国宝館の展示の最後のほうに、迦楼羅は静かに立っていた。

他の7体と大きく違うのは、迦楼羅だけがやや斜め横を向いていることである。順番に8体の像を見ていくと、訪れた人はこちらを向いている鳥人間の顔を見て、ギョッとするような思いにかられたのではないか?

カッと見開かれた眼には、決して威嚇ではなく、驚きとも悲しみともつかぬ、不思議な表情がたたえられている。

1250年以上もの間、訪れた人の心の中の悪を見つめてきたこの眼は、決して一神教の裁く神の眼ではない。むしろ、私は迦楼羅が必死にこう言っていると思った。

「お前……大丈夫か? 俺が何とかしてやろうか?」

勝手な想像かもしれないが、異教の神と、そういう対話をするのもまた、音楽的な体験だと思うのである。

そのきっかけを作ってくれた、作曲家・西村朗さんに感謝である。一人の人間の人生の時間よりも、はるかに長い時間を体験させてくれるという意味で、クラシック音楽と、こうした宗教美術との対話は、よく似ている。

 

 

法相宗大本山 興福寺

迦楼羅のある国宝館は、2018年1月からリニューアルオープンしている。

住所: 奈良市登大路町48番地
電話:  本坊寺務所 0742-22-7755/国宝館 0742-22-5370(9:00~17:00)

http://www.kohfukuji.com/

音楽祭「ヴィア・エテルナ奈良」の舞台

私は次の目的地、吉野の山に向かった。

ここでは、5月の連休明けに奈良一帯で開催される音楽祭、「ヴィア・エテルナ奈良 ~永遠の道」の演奏会場のひとつである、金峯山寺(きんぷせんじ)があるのだ。

奈良から近鉄に乗って1時間半ほど南へ行くと、鬱蒼とした山奥の小さな駅にたどり着く。

吉野は、古来からの聖域である。

役行者(えんのぎょうじゃ)たちの修験道(しゅげんどう)――つまり大自然の中で厳しい修行を積み、即身成仏の境地に至ろうとする山岳宗教――の場であり、仏教と自然信仰の合一した霊的な森である。

いまでは四季を通じて観光客でにぎわいを見せており、ちょっとしたハイキング気分も得られる、気持ちのいい一帯となっている。

 

吉野の山から眺める

ロープウェイが運休中だったので、バスを利用して急坂をくねくねと登り、神社や寺をめぐりながら下り坂を楽に歩くコースをとった。

最初に私の心をわしづかみにしたのは、途中で立ち寄った吉水神社である。

ここは南北朝時代に後醍醐天皇が南朝の皇居とした場所であり、古くは源義経が弁慶らとともに潜伏したこともあり、さらには豊臣秀吉が諸大名を引き連れて花見を行ったという、由緒正しい歴史をもつ。

吉水神社の後醍醐天皇玉座。当時のままに残されている
秀吉に花見で献上された古代蒸羊羹。吉水神社の茶室でいただくことができる

しかも日本最初の書院造(しょいんづくり)建築であり、中にも簡単に入れるのだ。歴史オタクには、たまらない場所である。

ここには源義経や弁慶、後醍醐天皇や楠木正成、太閤秀吉、水戸黄門や一休和尚に至るまで、貴重な遺物の数々を見ることができる。

私が感激したのは、ここに置かれていた二つの楽器に出会ったことである。

ひとつは蝉丸の使っていた琵琶だ。

吉水神社に保存されている、蝉丸の琵琶と能面。各種芸能に秀でた総合的文化人

蝉丸といえば、百人一首の歌で有名な、あの人である。

「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂(あふさか)の関」

盲目の吟遊詩人だった蝉丸は、日本の中世でもっとも有名な音楽家の一人である。

その琵琶は、ボロボロになってはいたが、蝉丸の体温が伝わってくるようであった。平安時代、リュートやウードの遠い親戚として、おそらく当時としては、かなりハイカラな、イケてる楽器だったのではなかろうか。音楽好き、古楽好きなら、一度は蝉丸の琵琶に対面しておいていい。

後醍醐天皇御用の立派な太鼓もその隣に展示されている。

後醍醐天皇御用の太鼓。かなり大きな音がしそうである。南朝の権威を高めたに違いない

中国の銅鑼と少し似た形状だが、革張りで、かなり大きな音がしそうだ。真ん中あたりに傷があったが、かなり使い込んでいたのかもしれない。

楽器を使うことは、朝廷の権威を示すためにも、欠かせない行為だったに違いない。

吉野の山奥の神社の小さな部屋、ここが天皇の玉座だったのかと思うと、やはり南朝というのは寂しい境遇だったのだろうと思った。

いつか京都に戻りたい、そう思いながら、ここで暮らしていた後醍醐天皇は、どんな思いだったのだろう。さぞかし悔しかったはずである。そんな後醍醐天皇の耳に、この太鼓はどう響いたのか? そう想像することも、音楽の喜びである。

最後に目的地、金峯山寺に着いた。

ユネスコによって、吉野を含む紀伊山地の霊場一帯は、すべて世界文化遺産に登録されているが、その総本山が金峯山寺である。

何といっても圧倒的なのが、本堂にあたる蔵王堂(国宝)だ。安土桃山時代の古びた大伽藍の迫力には言葉もない。この建築自体が、ひとつのシンフォニーではないかと思うくらいである。

中には、本尊蔵王権現三体のほか、多くの尊像を安置しているが、面白いと思ったのは、興福寺の国宝館が、完全に管理された美術館となっていたのに比べると、たくさんの像が、全部剥き出しになっているところ。いまでもちゃんと使っている現役感がバリバリなのだ。

金峯山寺・蔵王堂。桃山時代の豪壮な建築が残る

私が行ったときには、巨大な青い秘仏の本尊金剛蔵王権現三体が御開帳されていたのだが、一人ひとり小さな場所に隔離されて、一対一で見上げて拝んで見学するようにさせられた。

これでは、秘仏の迫力の前に、己の小ささを実感し、ひれ伏さざるを得ない。

寺の高僧らしき人が、一人一人に「胸の中身を洗いざらい全部さらけ出しなさい」と言われたので、「本当にさらけ出さなければいけないんですか」と嫌そうに聞くと、「いやいや本当はそんなことはありませんよ」と笑われた。

ここを訪れたご縁を感じてもらえればいいのだという。少しほっとした。厳しいけれど、俗っぽさもある聖地なのかもしれない。

この蔵王堂の前で、音楽祭「ヴィア・エテルナ奈良」の一環として、フランス・ブルゴーニュからやってくる古楽グループ「アンサンブル・オブシディエンヌ」のコンサートが5月12日(土)に行なわれる。

演奏されるのは、13世紀に編纂されたといわれる「聖母マリアのカンティーガ(頌歌)集」。同じく世界遺産となっている「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」とかかわりの深い歌曲が集められている。

東と西の中世がまじりあう、このコンサートをきっかけに、初夏の緑の美しい吉野の山を訪れてみるのも楽しそうである。

その前後の期間にも、「ヴィア・エテルナ奈良」のコンサートが、春日大社、東大寺、薬師寺、唐招提寺などで行なわれるので、ぜひ奈良に足を運ぶ機会としてみては、いかがだろう。

最後に、吉野の森で私が一番感じたこと、それは――静寂の美しさである。

耳がゆったりと休まるような、この静寂こそがかけがえがなく、音楽の大前提となるものだ。

静寂を聴くことは、もしかしたら、すべての旅のテーマとなりうるものかもしれない。

吉野の森には、美しい古木がたくさん
イベント情報
ヴィア・エテルナ奈良 ~永遠の道〜

5月7日(月)~6月3日(日)に約250もの公演が行なわれる第7回「ムジークフェストなら2018」のうち、今年はプロデューサーのルネ・マルタンが手掛ける有料クラシックコンサートが奈良のお寺を舞台に繰り広げられる。それが「ヴィア・エテルナ奈良」だ。

日程: 5月7日(月)〜13日(日)

会場: 東大寺・春日大社・元興寺・薬師寺・唐招提寺・金峯山寺の世界遺産社寺など

主催: 奈良県 ムジークフェストなら実行委員会

http://www.naraken.com/musik/spevents/

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