浅間縄文ミュージアムから武満徹の本をお取り寄せ——そのレシピをもとに料理してみた。
浅間山の麓、御代田の森に別荘をもち、そこで作曲活動をしていたという武満徹(1930-1996)。その地に立つ「浅間縄文ミュージアム」にはここでしか手に入らない武満の本がある。
連載「林田直樹の越境見聞録」のお取り寄せ特集編は、現地での体験と本をもとに、武満の音楽へと思いをめぐらせ……料理を作ってみた話。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
浅間山麓に住んだ作曲家・武満徹が魅せられた縄文
1990年頃のこと。生前の作曲家・武満徹さんにお会いして取材したとき、すごく素朴な質問をしてしまったことがある。
林田 武満さん、こんなゴミゴミしたうるさい東京に住んでいて、どうしてあんなにモアーッとした静かな曲が書けるんですか?
武満 浅間山の麓に山荘があって、そこで作曲をしているからね。
林田 え、それはどこら辺ですか?
武満 御代田。信濃追分の次の駅。
林田 ああ、軽井沢のすぐ隣ですね
武満さんは、少し嫌そうな顔をした。
武満 軽井沢の隣と言って欲しくないな。みんな冷やかしてそう言いたがるんだけれども。本当は浅間山の麓と言って欲しい。
林田 わかりました。でも、どうして浅間山の麓なんですか?
武満 いろいろ理由はあるけれど……それは話が長くなるから。
……と言って武満さんは言葉を濁した。よく言われる“自然の美しさ”だけではない。そのときにふと武満さんの口をついて出たのが、「縄文にこだわっている」という一言だった。
武満の葬儀の席上で作曲家の黛敏郎が思い出として口ずさみ、
「悲しみの表現の極致」と語ったという、
未発表の映画音楽用の旋律《MI・YO・TA》。
作詞は谷川俊太郎。
なぜ武満徹は御代田で作曲をしたのか。
「縄文にこだわっている」理由は何なのか。
その手掛かりが、浅間縄文ミュージアム(長野県北佐久郡御代田町)にある。
私は軽井沢に行くと必ず御代田にまで足を延ばし(こう書くと武満さんには怒られるかもしれないが、実際近い)、浅間縄文ミュージアムを訪れることにしている。質素でのんびりとした小さな博物館だが、4500年前に浅間山麓に暮らしていた縄文人たちの息吹きを感じることができるからだ。
ここには、「機能美への反逆」という挑発的なコピーが付されている、大胆な造形の焼町(やけまち)土器や、「性を超越した存在」かもしれないという説明が面白い、ユニークで可愛らしい仮面の展示があり、縄文文化がどれほど豊饒で、生き生きとした、気の遠くなるような長い時を重ねてきた、深いものであるかがわかってくる仕掛けだ。
そもそも浅間山の麓の一帯は、日本列島各地に点在する縄文遺跡群のなかでも、とりわけ多くの集落が栄えていたところである。土地全体が発する気のようなものがあって、それが遥かな古代を感じさせる。
武満徹は、この気を感じながら作曲をしていたのではあるまいか?
浅間縄文ミュージアムには、ここでしか買い求めることのできない、装本『武満徹 御代田の森のなかで』がある。ページをめくるたびに、誌面の美しさ、添えられた言葉の鋭さに、ハッとさせられる。見事な一冊である。
本書がここに置かれているという事実ほど、武満と縄文とのつながりを明確に象徴するものはないだろう。
武満徹が一体どんな人だったのか。その音楽の魅力とはどういうものなのか。
若手芸術家約14人による実験工房時代の若い頃の写真から、最晩年の未完成の楽曲のスケッチまで、豊富な図版・写真類、引用された言葉の数々は、作曲家の肖像を、専門家ばかりではなく初心者にも、わかりやすく伝えてくれる。
取り寄せも可能である。
常設展示では、今から13000年前から2500年前までの約1万年間続いた狩猟採集の時代、縄文時代を展示テーマとし、その衣食住を再現する。特別展示室では、国重要文化財「川原田遺跡の中期縄文土器」と石器、世界的な活火山である浅間山の自然も展示。
休館日: 月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)、祝日の翌日。※ゴールデンウイーク・8月は無休
観覧料: 大人500円(400円)、子ども300円(200円) ※( )内は20名以上の団体料金
※障がい者割引:本人と付き添い1名が上記料金の半額
住所: 長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1901-1 Tel.0267-32-8922
本のお取り寄せ詳細はこちら
武満のレシピにそって料理してみた。
ところで、この本の中には、武満徹の自筆によるオリジナルレシピの紹介ページがある。楽譜やスケッチと同じような丁寧さで、鉛筆で描かれた美しいレシピに従って、料理を作ってみるのも一興である。
ここでは、武満徹のユーモアのこもった一品「貧しい菜」を試作してみたので、ご紹介したい。
白菜を短冊に切り、重ねて密封できる容器に入れる。柚子の皮と輪切り唐辛子を白菜の間に散らす。熱した合わせ調味料(醤油、砂糖少々、酢、こぶだし、酒、ごま油)を白菜にかけ、蓋をして5、6分待つ。それを鍋に戻して暖め、また白菜にかけて蓋をする。これを3回繰り返す、というものだ。
武満が貧しかったころに夫婦でよく食したもので「仲々の美味」とある。
で、レシピ通り作ってみたが、これが案外面白く、また難しい。
そもそも短冊に切るとは、どのくらいの幅で切ればよいのか。
柚子や輪切り唐辛子の塩梅はどの程度なのか。
合わせ調味料の量も具体的には書いていない。
作りながら、「これは演奏と同じ行為かもしれない」と思い至った。
レシピは楽譜である。それをもとに実際に料理することは、演奏そのものである。
楽譜に書かれていることに忠実にやったほうが、ずっとうまくいく。練習も必要である。
砂糖がないからみりんで代用しようとか、ごま油の量をケチるとか、そういうことをした途端に不味いものができてしまう。考え抜かれた末のレシピなのだ。
丁寧に、指示通りやると、とても美味しいものができる。
感覚を悦ばせるライヴなものができあがる、という意味において、料理は音楽と同じである。
楽器は演奏できないが、料理ならできる、という音楽好きの人は、ぜひ武満自筆のレシピにしたがって、料理を作ってみることをお勧めする。それは音楽的体験なのだ。
他にも本書には「西洋はんぺんレタス巻き」、「キャロティンの祭典」(ブリテン作曲の「キャロルの祭典」のもじりだろう)、「かぼちゃのマリネ」、「アスパラガス・リゾット」、「かき丼」といったレシピが収められている。腕に覚えのある方は、ぜひお試しになってみてはいかがだろうか。
さらに武満徹について知りたい人へ
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