読みもの
2023.01.19
「心の主役」を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング

第8回モーツァルト《魔笛》〜善悪は水波の如し

音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する連載。第8回はモーツァルト最晩年の名作《魔笛》。善と悪が交錯する主要登場人物の中で、飯尾さんが共感するのは誰?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ザラストロの登場(1793年ブルノ上演時のセット)

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

名作オペラについて「心の主役」を探す連載第8回は、モーツァルトが生涯の最後に書いた《魔笛》。しばしばメルヘン・オペラなどとも呼ばれ、子どもたちのオペラ鑑賞教室でも人気の高い名作だ。おそらく世界でもっとも広く親しまれているオペラのひとつだろう。ファンタジー風の世界観のもと、主人公が試練を経て成長するというストーリーは、「ドラゴンクエスト」などコンピュータRPGを連想させる。

が、最初にこのオペラを観た人は、ストーリーの飛躍的な展開に混乱するのではないだろうか。一見、ありがちな冒険譚のように始まりながら、途中でストーリーが「お約束」からずれてゆく。夜の女王が娘を救出する話だと思ったら、悪玉だったはずのザラストロが善玉になり、夜の女王が悪玉になってしまうのだ。

最初は善人だと思った登場人物が実は悪人で、悪人に見えた人が善人だったという物語は世の中にいくらでもあるのだが、それならそうと伝えるための物語作法があるはず。しかし《魔笛》では、主人公タミーノとザラストロ側の神官の対話シーンで善悪の逆転が描かれており、観客は悪玉の話を額面通りの真実と受け取らないため、混乱してしまうのだ。

子どもにとっても大人にとってもわかりづらいストーリーなのだが、裏を返せばさまざまな解釈が可能な作品でもある。物語の整合性のなさがかえって作品に奥深さをもたらしているのかもしれない。

続きを読む
《魔笛》あらすじ

王子タミーノは大蛇に襲われるが、夜の女王に仕える3人の侍女の不思議な力で助けてもらう。夜の女王は邪悪なザラストロにさらわれた娘パミーナを救い出してほしいと、タミーノに懇願する。タミーノは鳥刺しのパパゲーノとともにパミーナの救出に向かう。

 

パミーナはザラストロの手下モノスタトスに言い寄られている。力ずくでパミーナをわがものにしようとするモノスタトス。危機一髪のところで、パパゲーノが乗り込んでくると、モノスタトスは逃げ出す。パパゲーノはパミーナに自分が夜の女王の使いとして助けに来たことを話す。

 

タミーノはザラストロの神殿で、実はザラストロは徳の高い人物であり、夜の女王に騙されているのだと聞かされる。タミーノはパミーナと対面し、ふたりは互いにひかれあう。ザラストロはタミーノとパパゲーノのふたりを、徳と正義の試練へといざなう。神官たちがタミーノもパパゲーノも試練を乗り越えれば美しい娘を嫁にできると諭す。沈黙の試練、火と水の試練を乗り越えて、タミーノはパミーナを、パパゲーノはパパゲーナを伴侶に得て、ともに子宝を願う。夜の女王とモノスタトスが神殿に忍び込んでくるが、ザラストロは雷鳴の一撃で退ける。人々は太陽の輝きを讃え、神々へ感謝をささげて幕となる。

発表! 《魔笛》のキャラクター別 共感度

タミーノ ★★☆☆☆

主役だけに「できる子」。試練を与えられれば乗り越える。好きな子とは結ばれる。これといった弱みのないヒーローなので、共感の対象というよりは羨望の対象か。ただ、もう少し猜疑心というものを持ってはどうかと思う。

パミーナの姿に一目惚れ「なんという美しい絵姿」

パパゲーノ ★★★★★

タミーノと好対照をなすのがパパゲーノ。意志薄弱で、計画的な行動は苦手そう。その場の雰囲気に流されるタイプ。職業は鳥刺し(この職業については拙稿を参照)。

ダメ男代表みたいなパパゲーノが、ちゃんと最後にパパゲーナと結ばれる点に、この物語のやさしさがある。

パパゲーノとパパゲーナが出会えた喜びを歌う「パ・パ・パの二重唱」

夜の女王 ★★★★☆

娘をさらわれた母親だと思って同情していたら、最後は敵となってあらわれる。モノスタトスがパミーナに「高慢な母親のもとにいては幸せになれない」と説くあたり、この役柄はいまどきの「毒親」に相当するのかも。子離れが上手にできない母親と見れば、パパゲーノと似た弱さを抱えた人にも見える。

登場のアリア「ああ、恐れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」

毒親全開のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」

モーリッツ・フォン・シュヴィント作『夜の女王』

パミーナ ★★★☆☆

夜の女王の娘だが、親元からさらわれたことで、タミーノという伴侶を見つけることができた。自立への第一歩だ。タミーノがよき夫であることを願うばかり。若干、タミーノがザラストロにマインドコントロールされているようにも見えて、先行きは不透明だ。

沈黙の試練中のタミーノに無視されたと勘違いし、嘆くパミーナのアリア「ああ、私にはわかる、すべては消え」

上:マックス・スレーフォークト作『最後の試練に挑むタミーノとパミーナ』
右:タミーノとパミーナ(ウィーン国立歌劇場のフレスコ画の模写)
何はともあれ若い二人に幸あれ!

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ