読みもの
2022.09.22
「心の主役」を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング

第4回ベートーヴェン《フィデリオ》〜英雄的な生き方より、現実のほうが大変

音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する連載。第4回はベートーヴェンが残した唯一のオペラ《フィデリオ》。主要登場人物の中で、飯尾さんが一番注目するのは誰?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

フィデリオ(レオノーレ)を演じるヴィルヘルミーネ・シュレーダー=デフリント。ウィーン劇場博物館所蔵©Theatermuseum, Wien

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名作オペラについて、自分なりの「心の主役」を探す連載第4回は、ベートーヴェンの傑作「フィデリオ」。

ベートーヴェン唯一のオペラである「フィデリオ」は、しばしば失敗作として紹介される。初演が失敗だったことはたしか。オペラ的というよりはオラトリオ的、交響曲的な発想で書かれているともよく言われる。だとしても、音楽はまぎれもなくベートーヴェン。重厚にして崇高で、これほど聴きごたえのあるオペラはめったにあるものではない。幕切れの合唱はもうひとつの「歓喜の歌」ではないかとすら思う。

主人公の女性が男性に変装しているのにだれにも疑われない、それどころか女性から結婚相手に選ばれるという筋立てが荒唐無稽に思えたこともあったが、性の多様性が認められつつある今、そこは必ずしも物語の弱点ではなくなってきている。自ら運命を切り拓く不屈の女性ヒーローの活躍を描いたオペラとしても貴重な傑作だ。

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オペラ《フィデリオ》あらすじ

舞台はスペイン・セビリア近くの監獄。門番ジャキーノは看守ロッコの娘マルツェリーネに首ったけ。しかしマルツェリーネは最近監獄で働き始めたフィデリオ(正体は男装したレオノーレ)に恋をしている。ロッコもふたりは似合いの夫婦になると思い、結婚を許す。だが、レオノーレの目的は不当に囚われている夫フロレスタンを救い出すこと。レオノーレはロッコの信頼を得て、地下牢に入り、衰弱した夫の姿を発見する。

監獄所長ドン・ピツァロは、大臣が視察にやってくると知り、その前に政敵フロレスタンを殺そうと決意する。ロッコらに墓穴を掘らせ、いざフロレスタンと対決する場面で、レオノーレが自分の正体を明かして立ちはだかる。ちょうどそこに大臣の到着を告げるラッパが聞こえ、ピツァロに正義の裁きが下される。

発表! 《フィデリオ》のキャラクター別 共感度

レオノーレ(フィデリオ) 共感度 ★★★☆☆

女性だが男性に変装して監獄に潜入し、同僚の信頼を得て、囚人である夫の居場所を突き止め、最後はピストル片手に敵に立ち向かう。ハードボイルド・サスペンスのヒロインのような活躍ぶりで、とてもカッコいい役柄だ。勇気、やさしさ、信念、行動力、そのすべてを兼ね備えている。まるで現代のディズニープリンセスのよう。

ピツァロの策略に夫救出の決意を歌い上げるカッコ良すぎるアリア「人間の屑! 何をしているつもり?  かかってきなさい、希望は捨てないわ、最後には星が出る」

フロレスタンを背後に庇うレオノーレの風刺画
©Theatermuseum, Wien
フィデリオに扮する20世紀最高のソプラノ歌手のひとりロッテ・レーマン。

マルツェリーネ 共感度 ★★☆☆☆

男装してフィデリオと名乗るレオノーレに恋をして、結婚への期待でいっぱいになっている若い女性。ストーリーの根幹には一切かかわっていないが、レオノーレのハッピーエンドはマルツェリーネにとっての悲劇。フィデリオが本当は女性だった、しかも既婚者だった。いったいこの二重の裏切りにどう向き合えばいいのか。

レオノーレへの思いを歌う「もし私があなたと結ばれていたら」

ロッコ 共感度 ★★★★★

このオペラの真の主役はこの人だと思う。役柄は、善良だけれど弱い一般市民。悪事に手を染めたくはない、かといって権力に歯向かう気はさらさらない。囚人たちに太陽を浴びさせることを許しただけでも、一市民にとっては英雄的な行為だ。しかし、命令されればフロレスタンの墓穴を掘るために汗を流す。これこそ私たちが生きる現実そのもの。娘と婿に対しては金の必要性を説く。親心を感じさせる的確なアドバイスであり、彼は守銭奴でもなんでもない。ロッコは現実世界を生きている。

ロッコのアドバイス・アリア「もし、余分な金がないなら」

ドン・ピツァロ 共感度 ★☆☆☆☆

純然たる悪人として描かれる監獄所長。フロレスタンを政治犯に仕立てた張本人のようだが、過去にふたりの間でどんな争いがあったかはよくわからない。フロレスタンを剣で殺そうとする場面で、レオノーレが立ちはだかる。レオノーレはピストルを持っている。ピツァロもピストルを持っていれば違った結末になっただろうに。

悪行が告発されたと知り、フロレスタンを始末しようと決意するピツァロ「は! なんだって!」

ドン・ピツァロ(左)に立ち向かうレオノーレ(中央)、そしてフロレスタン。

フロレスタン 共感度 ★★☆☆☆

気高い英雄。2年間も牢屋に入れられており、食事も水もろくに与えられていない。それでいて希望を完全には失っていないのだから、とてつもなくタフな精神の持ち主である。

牢獄に囚われたフロレスタンが神、そしてレオノーレに歌う「神よ、ここは暗い」―「人生の春の日に」

ヤキーノ 共感度 ★★★★☆

フィデリオが現れるまで、マルツェリーネとはまんざらでもない間柄だったようだが、今やまったく相手にされていない気の毒な青年。こうなると、フィデリオが実は女性であると判明した後に、もう一度マルツェリーネにアタックすべきかどうかは悩みどころ。ヤキーノの恋心はすっかり冷めてしまったかもしれない。あるいはマルツェリーネと円満な家庭を築き、いずれこの「フィデリオ事件」をとんでもない笑い話として思い出す時がくるかもしれない。

オペラの冒頭、結婚を迫るヤキーノとつれないマルツェリーナ

フィデリオのストーリーを描いたイラスト
フランス国立図書館所蔵
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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