週刊「ベートーヴェンと〇〇」vol.5

ベートーヴェンとオペラの序曲

読みもの
2020.01.13

年間を通して楽聖をお祝いする連載、「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第5回は、ベートーヴェンとオペラの序曲。ベートーヴェンのただ一作のオペラ《フィデリオ》に、序曲が4曲も書かれたのはナゼ?

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メインビジュアル:1930年11月に上演されたときの《フィデリオ》プログラム© Leonce49
ベートーヴェンを祝う人
飯尾洋一 音楽ライター・編集者
飯尾洋一
ベートーヴェンを祝う人
飯尾洋一 音楽ライター・編集者
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

オペラはただ一作、序曲は大豊作

残念なことに、ベートーヴェンはたった1作しかオペラを残していない。その一作が《フィデリオ》。音楽だけなら神の領域にある名曲だ。台本はぶっ飛んでいる。囚われの夫を救出する妻というヒロイン像は、今になってみると現代的ともいえるが、もっとも肝心な場面をご都合主義で解決してしまっているのが惜しい。あの「大臣のラッパ」が鳴ると客席で「ズコッ!」とひっくり返りそうになる人は少なくないのでは。

2:36あたりで、遠くで大臣のラッパが鳴る

しかし、《フィデリオ》にはほかのオペラにはない特別な強みがある。それは、序曲が4種類も書かれていること。同じオペラのためにベートーヴェンは4回も序曲を書いてくれたのだ。序曲大豊作という、ぜいたく仕様。

最初に演奏されたのは《レオノーレ》序曲第2番。最初なのに「第2番」とは妙だが、第1番は作曲者の生前に演奏されていない。この上演は失敗に終わり、ベートーヴェンはオペラを改稿する。その際に序曲も書き換えられた。これが《レオノーレ》序曲第3番。独立した管弦楽作品として見れば、この《レオノーレ》序曲第3番は最高によくできている。全編のドラマがこの序曲にギュッと凝縮されたかのよう。

《レオノーレ》序曲第2番

《レオノーレ》序曲第3番

その後、ベートーヴェンはさらに序曲を書き直し、《レオノーレ》序曲第1番が誕生した。こちらはぐっと簡潔な曲だ。

《レオノーレ》序曲第1番

さらに初演から10年近く経って、ベートーヴェンはもう一度作品を改稿する。そこで書かれたのが《フィデリオ》序曲。前3作とは違った曲想で書かれたバランスのとれた序曲だ。この改稿でオペラ《フィデリオ》はようやく大成功を収めるのだが、その際、初日に序曲の完成が間に合わず、旧作の劇付随音楽《アテネの廃墟》序曲が代用されたという。これも含めれば、このオペラは5種類の序曲を持っていたとも言える。

《フィデリオ》序曲

《アテネの廃墟》序曲

オペラはひとつしかないのに、すぐれた序曲がいくつもある。もったいない話だ。だから現代の《フィデリオ》の上演では、冒頭に《フィデリオ》序曲を演奏して、しばしば第2幕の途中で《レオノーレ》序曲第3番が挿入される。音楽の流れとしては不自然な気もするが、できがよすぎて捨てられない気持ちはよくわかる。

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