第5回プッチーニ《トゥーランドット》〜親の心子知らず
音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する連載。第5回はプッチーニ最後のオペラ《トゥーランドット》。主要登場人物の中で、飯尾さんが共感するのは誰?
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
名作オペラについて「心の主役」を探す連載第5回は、プッチーニの人気作《トゥーランドット》。
長崎を舞台にした《蝶々夫人》、カリフォルニアを舞台にした《西部の娘》、そして北京を舞台にした《トゥーランドット》。プッチーニは日米中という遠く離れた異国の物語を題材に3作のオペラを書いている。あえて名付けるなら「エキゾチック三部作」。
このなかでもスペクタクルという点で、《トゥーランドット》は群を抜いている。有名な「だれも寝てはならぬ」をはじめ、音楽はドラマティックだ。輝かしく精彩に富んだオーケストレーションと、架空の中国王朝の都でくりひろげられる壮大な愛の物語がオペラの醍醐味を味わわせてくれる。
美貌のトゥーランドット姫に求婚する男は、3つの謎を解かなければならない。だが、男たちは皆なぞ解きに失敗し、斬首されている。流浪の王子カラフも姫の美しさに魅了されて、なぞ解きに臨む。カラフは見事に謎を解くが、トゥーランドットはそれでも結婚したくないと父である皇帝に懇願する。カラフは「では私の名前を夜明けまでに言えば、潔く死にましょう」と謎を出す。トゥーランドットは求婚者の名を知るためにリューを拷問にかけるが、リューは自害する。カラフの愛にトゥーランドットは心を許し、ふたりは結ばれる。
発表! 《トゥーランドット》のキャラクター別 共感度
トゥーランドット 共感度 ★★★★☆
最初にこのオペラを観て震撼するのはトゥーランドットの冷酷さだ。求婚者に解けるはずのないなぞなぞを出して、次々と男たちの首を斬る。これほど残忍な姫がいてよいものだろうか。美貌と権力を最悪の方法で行使している。男などすべて滅んでしまえ。そんな凶悪なメッセージを発するトゥーランドットが、最後の最後にカラフを愛するようになるのもわけがわからない。自分がカラフなら結婚後も到底枕を高くして眠れない。
が、オペラの物語から一歩離れて、遠目からトゥーランドットの姿を眺めると、彼女にも共感可能な要素があると気づく。本来、姫は皇帝の娘として生まれた以上、結婚して子を産むことが期待される立場。だが、トゥーランドットは姫の役割を受け入れられない。出自に抗って、自分の人生を生きようとする女性ともみなせるし、あるいは単に結婚という重要な決断を先延ばしにしているとみなすこともできる。最後は破れかぶれになって(?)決断してしまうというあたりに、案外人生の真実が隠されているのでは。
2幕中盤、満を辞して登場したトゥーランドットが身の上を語るアリア「この宮殿で」。決め台詞は「謎は3つ、死はひとつ」。
カラフ 共感度 ★☆☆☆☆
流浪の王子。命知らずという言葉以上にカラフをよく表すものはないだろう。なぞなぞに正解できなければ斬首されるのに挑戦する。奇跡的に正解できて勝者の権利を手にしたのに、さらに「夜明けまでに自分の名前を当てたら死にましょう」と相手に大逆転のチャンスを与える。命がかかっているのに、こんな理不尽な勝負があるだろうか。しかも、この逆なぞなぞを出すことで、リューや父ティムールに危害が及ぶかもしれないことを予見していない。
トゥーランドットはカラフの名前がわからなかったのに、結局、カラフは自ら名を名乗る。この人物に共感できるのは相当な自信家だけだろう。
「カラフが自ら名を名乗ってしまう」という趣向は、ワーグナーの「ローエングリン」でエルザがこらえきれずに夫の名前を尋ねてしまう場面の裏返しのようにも思える。
言わずと知れた名アリア「誰も寝てはならぬ」。この台詞を言ったのは、北京の民にカラフの名前を探らせているトゥーランドット。カラフは「誰も寝てはならぬ。あなたもですよ、お姫さま」と反芻して、嬉しそう。
リュー 共感度 ★★☆☆☆
カラフに仕える女奴隷。カラフへの一途な愛から、カラフの名を問われたリューは自ら命を絶つ。自己犠牲のドラマは昔から今に至るまで廃れることがない。最後にカラフとトゥーランドットはめでたく結ばれるのだが、このふたりにリューの犠牲が重荷になることはないのだろうか(たぶん、なさそう……)。あまりに不憫で、リューの立場からこの物語を見るのは容易ではない。
リューのアリア「氷のような姫君も」。プッチーニが書いた最後のアリアであり、この曲から後は未完のままで亡くなった。
原作に登場しないリューには、実在のモデルがいると指摘されることがある。プッチーニ家にはドーリア・マンフレーディというメイドがいた。プッチーニは恋多き男だったが、奥さんのエルヴィーラはとても嫉妬深かった。エルヴィーラは夫とドーリアの不貞関係を疑い、執拗にドーリアを責めた。耐えかねたドーリアは毒を飲んで命を絶ってしまう。
ドーリアの存在がどこまでオペラに反映されているかはともかく、彼女はまるでプッチーニのオペラの登場人物のような過酷な運命をたどっている。
アルトゥム皇帝 ★★★★☆
トゥーランドットの父、皇帝。物語上は重要な役割を担っておらず、音楽的にも目立つ役ではないが、気になる存在。この人は娘のことをどう思っているのだろうか。本当は結婚して幸せになってほしい。跡継ぎもほしい。でも娘のわがままを止めることはできない。残虐な娘の姿を見て、どこで育て方をまちがえたのかと苦悶している……かもしれない。
なぞなぞに挑もうとするカラフを自ら止める皇帝の唯一の見せ場「恐ろしい誓いが」。お年を召した名テノールがスペシャル出演することもあるこの役。こちらの録音ではベンジャミン・ブリテンの公私に渡るパートナーだったサー・ピーター・ピアーズが出演。
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