読みもの
2021.07.18
連載「1行の音楽から物語は始まる」第14回

記憶され、預言となる「音」をめぐって——絲山秋子『忘れられたワルツ』

かげはら史帆さんが「非音楽小説」を音楽の観点から読む連載。第14回は、東日本大震災をめぐる7つの短編からなる絲山秋子『忘れられたワルツ』。つらい現実を忘れるためのリストのピアノ曲、やがて人々のトラウマとなるサイレン音。2つの「音」にまつわる短編を読み解きます。

音楽から本を読み解く人
かげはら史帆
音楽から本を読み解く人
かげはら史帆 ライター

東京郊外生まれ。著書『ベートーヴェンの愛弟子 – フェルディナント・リースの数奇なる運命』(春秋社)、『ベートーヴェン捏造 – 名プロデューサ...

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そしてわたしは預言者が作っていた重厚な和音、暗く濁ったメロディーの意味を完全に理解した。

「国民保護サイレン」だった。

絲山秋子『忘れられたワルツ』河出書房新社、2018年(単行本は新潮社、2013年/以下、すべて本書が引用元)

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「緊急地震速報」のチャイム音がもたらす不安と効果

2011年の東日本大震災を経て、地震の揺れそのもの以上に、緊急地震速報の音がトラウマになった、という人は少なくない。とくにテレビやラジオで用いられたこのチャイム音は、受けた被害の軽重にかかわらず、多くの人の耳にネガティブな記憶として刻まれただろう。

しかしこのチャイム音の作曲者である伊福部達氏は、この音がここまで人びとに不安を与えるようになるのは予想外であったと述べている。これは同氏の叔父・伊福部昭の交響曲『シンフォニア・タプカーラ』(初版 1955)の第3楽章(Vivace)をもとに作った音であり、このような純音楽からつくられたサウンドは「緊急性は感じさせるが不安感は与えない」と考えていたという。

頻繁に流れる地震警報チャイムを聞いているうちに、チャイムから悲劇を連想する人たちも増えてきており、音の持つ情緒あるいは情動に訴える力の大きさに驚かされている

──2012年「音の日」記念講演より「緊急地震速報チャイムの誕生秘話」伊福部 達(全文はこちらから)

震災から10年を経た2021年になってなお、このチャイム音は、人びとの心に大震災のフラッシュバックを引き起こさせる。なぜこれほどに不安をかきたてるのか。最悪な過去は、最悪な未来への「預言」に他ならないからだ。いま感じているこの微かな揺れが、ほどなく10年前と同じ悲劇に至るかもしれない。チャイム音が鳴るたび、そんな不安と戦わねばならない。皮肉なことに、忘れがたい負の記憶を内包した音は警鐘としての効果抜群だ。わたしたちはこれからも、この音がもつ情動から逃れられないだろう。

伊福部昭:『シンフォニア・タプカーラ』第3楽章。冒頭の和音をアルペジオにしたものが緊急地震速報チャイムとなった。

『忘れられたワルツ』──忘却の装置としての音

絲山秋子の『忘れられたワルツ』は、東日本大震災をめぐる「音」にフォーカスした短編を含む作品集である。

刊行は2013年。あらゆる創作ジャンルで震災の悲劇を描く試みが活発だった時期だ。しかし物語の舞台は、いずれも直接的に大きな被害を受けた地域ではない。ただ、洗っても消えない染みのように、震災のトラウマは登場人物たちの心に残り続け、それぞれの生活や人生に影を落としている。

7作のうち、「音」をテーマにした短編は2作ある。

表題作の『忘れられたワルツ』は、音を発することによって現実から逃避する家族たちを描いた作品だ。ピアノが上手い姉はフランツ・リストの「4つの忘れられたワルツ」を弾き、父はハンガリー語の語学テキストを音読し、学生の主人公・風花は受験や地下鉄路線の暗記のために作った歌をうたう。

彼らは何を忘れたがっているのか。母親の存在だ。著名なビジネスウーマンだった母親は、2011年3月10日に出張し、それから家に戻ってきていない。震災に巻き込まれた可能性があるが、行方不明のままで真相はわからない。

リスト:『4つの忘れられたワルツ』~第1番

宙ぶらりんの状況のなか、音だけがしばし彼らの心を紛らわせる。

父が読み上げる「そのバスは東駅に行きますか?」というハンガリー語の凡庸な例文と、主人公がうたう「いーけじーりーおーはーし、さんげんぢゃーやっ」というシューベルトの「野ばら」の替え歌は、「ハンガリー」「クラシック音楽」という要素において、リストの「忘れられたワルツ」とつながりを持っているが、それはさしたる意味をもたない。この家のなかではクラシックの名曲さえも、語学テキストや替え歌と同様に、震災が引き起こした現実をシャットアウトして「忘れられた」状態に心を導くための装置にすぎないのだ。

『ニイタカヤマノボレ』──預言としての音

しかし冒頭で述べたように、音は記憶やトラウマを「思い起こさせる」装置でもある。

『ニイタカヤマノボレ』は、音が持つ第二の特性に迫る短編だ。

物語の舞台は、真珠湾攻撃暗号電報「ニイタカヤマノボレ」が発信されたといわれる鉄塔がある地域──おそらく愛知県の三河地方である。東日本大震災の本震の震度は3。大きな被害のあった地域ではない。主人公は、短大を卒業して数年の若い女性。学生時代から付き合っている恋人の鯖江君は地震があるたび心配して連絡をくれるが、「震源が遠ければ連絡する必要もない」と思っている。震災との物理的・精神的な距離は、『忘れられたワルツ』よりもさらに遠い。

震災後に主人公が感じはじめた戸惑いは、揺れや被害そのものではなく、社会の変化である。

彼女はおそらく発達障害を抱えている(少なくとも、鯖江君からはそう思われている)。他人の感情がわからない。顔や名前が覚えられない。「フンイキだけで善悪を判断する」ことができない。震災以降、災害や復興に関する意見を求められることが増えたが、どう答えても相手の機嫌を損ねてしまうので黙っている。沈黙を選んだ彼女はますます孤独を抱えるようになる。

彼女と同じ傾向をもついとこの峰夫は、ある奇妙な話を主人公に教えてくれた。彼らの祖母の家の近くには、「ニイタカヤマノボレ」の発信元といわれる鉄塔があった。その送電線の下で、彼はあるとき、奇妙な「預言者」のおばさんに出会ったという。

空には送電線の五線譜があって預言者の投げた音符はソの音やミの音の場所にひっかかり、シッポをふって半回転する音符もあれば、「ん」にそっくりな休符に変わる音符もあった

楽譜つくってるんですか」と尋ねると、おばさんはこう答えた。「未来の曲」「あんまりいい未来じゃない。預言なんだよ、これは

峰夫が語ったその「預言者」を、主人公もまた目撃する。鉄塔はすでに破壊されて、もう送電線もない。それでも預言者は音符を空に投げ続け、彼女ははっと気づく。

そしてわたしは預言者が作っていた重厚な和音、暗く濁ったメロディーの意味を完全に理解した。

「国民保護サイレン」だった

彼女が目の当たりにしたのは、2005年に制定された「国民保護に係る警報のサイレン音」だった。「武力攻撃が迫り、又は現に武力攻撃が発生したと認められる地域に当該市町村が含まれる場合に」に発される警報音である。

北朝鮮からのミサイル発射時の警告音としてよく知られるそのサイレンは、緊急地震速報チャイムと同じく、愛知県周辺に住む主人公にとって決して当事者性をともなう音ではない。けれどその音は、「最悪な未来への預言」を示す音として彼女の胸に響く。なぜなら武力攻撃に対する警鐘は、遠い過去の「ニイタカヤマノボレ」を、第二次世界大戦の悲劇を示唆させるからだ。

「他人の感情がわからない」特性をもち、震災に対しても感覚の乏しい主人公が、一方で人類がもつ音の記憶を強く感知し、それを「預言」と受け取る。それは決しておかしなことではない。あらゆる歴史的事件は、個人の域を越えた記憶を形づくる。直近の震災に対する「個の記憶」よりも、過去の大戦の「集合的な記憶」に反応する特性を持つ人もいるはずだ。

それに、震災もやがては戦争と同じく、やがては集合的記憶へと昇華されるのだ。短編集『忘れられたワルツ』が、個々人の震災への記憶をすくい上げることによって、集合化したひとつの記憶を形成しているように。

集合的記憶としての「音」とその未来

本作の連載がはじまったのは2012年である。まだ個々人の記憶が生々しいこの時期に、震災がやがて集合的記憶になる未来を見据えた慧眼には驚かされる。わたしたちは緊急地震速報が鳴ると、その音がもたらす記憶におびえ、隣の人と「怖かったですね」とことばを交わし合う。たとえ将来、震災を知る世代がいなくなっても、音の記憶は亡霊のように残るだろう。

震災から10年を経た今夏。当初「震災復興を後押しする」という名目だった国際的イベントの開催が、多くの反対の声を受けながらも近づいている。もしこのイベントが予定通りに行なわれるとしたら、そこでもまた、強い印象を与える「音」が生まれるにちがいない。その音は良し悪しにかかわらず、人類の新たな集合的記憶となり、未来への「預言」を生みうるだろう。

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かげはら史帆
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