マイケル・ムーア新作映画『華氏119』を音楽で観る!
もはや“アポなし”突撃取材によるただのドキュメンタリーではない。マイケル・ムーア監督の最新作は因縁の相手ドナルド・トランプをめぐる「連想」集であり、音楽と一緒に紡いだ民衆のための「啓蒙」フィルム。
2016年の大統領選でトランプの勝利を早くから予言していたことで知られるムーア監督。実は監督と大統領の因縁は19年程前にもさかのぼることができる。1999年にヘヴィ・ロックの先駆的バンド、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの楽曲〈Sleep Now in the Fire〉(※歌詞は世界に軍事力を誇示する米国資本主義を皮肉った内容)のミュージック・ビデオを監督したムーアは、ニューヨーク証券取引所前でゲリラ的に撮影を敢行。ビデオにはバンド・メンバーと共にニューヨーク市警に連行される監督の姿も収められているが、当時2000年の大統領選挙・予備選に出馬していたトランプの「DONALD J. TRUMP FOR PRESIDENT 2000」と書かれた看板を持った支持者の姿もバッチリと映り込んでいるのだ(1分4秒あたり)! そんな不思議なご縁のある相手を題材にした、現在公開中の映画《華氏119》を、音楽の絶妙な使い方に着目して紹介しよう。
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
誰もが“冗談か?”と思った第45代大統領選
1989年、工場閉鎖とリストラに揺れる生まれ故郷のミシガン州フリントを舞台に、ゼネラルモーターズ社の「合理化政策」を糾弾するドキュメンタリー『ロジャー&ミー』で長編監督デビュー。以来“アポなし”突撃取材を武器に、2002年の『ボウリング・フォー・コロンバイン』では銃社会の抱える闇を、2004年の『華氏911』では同時多発テロ事件以降のジョージ・W・ブッシュ政権の実態を、2007年の『シッコ』では医療保障制度をめぐる問題を、2009年の『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』では資本主義の不条理さを、それぞれ激しく追及し、米国の由々しき現状にことごとくメスを入れ続けてきたマイケル・ムーア監督。
現在公開中の映画『華氏119』ではトランプ大統領が標的ということで、全面対決的な内容を期待した観客も多かったのではないだろうか。本作は2016年11月8日、アメリカ大統領選挙の日の夜、勝利を確信して盛大な祝勝会を準備している民主党ヒラリー・クリントン陣営の少々浮かれ気味な様子からスタート。ヒラリー候補のキャンペーン・ソングとしても使われたレイチェル・プラッテン《ファイト・ソング》がポジティヴな雰囲気をさらに盛り上げる。
しかし結果はご存じの通り、米国初の女性大統領の誕生は夢と消える。第45代アメリカ合衆国大統領に決まったのは共和党から立候補した不動産王で、テレビのリアリティ番組でホスト役としてお茶の間を沸かせた“道化”のような男。公職未経験のビジネスマンがいきなりこの大役に就任するのは前代未聞のこと。本人も周囲も共和党も、まさか勝つとは思っていなかったようで宴の用意さえしていなかった。これは何かの冗談か? もう笑うしかない。
この場面にはレオンカヴァッロのオペラ《道化師》の有名なアリア〈衣装をつけろ〉がシニカルに流れる。「悲しみで泣きたい気持ちのときでも観客を笑わすのが道化師の運命」と言わんばかりに。
でも、本当の“道化”は誰だろう? 実はムーア監督は早くからトランプの勝利を予言し警告さえしていた。彼は確信していたのだ、地元のミシガン州を含む五大湖周辺のペンシルヴェニア州、オハイオ州、ウィスコンシン州ら俗に「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ばれる4州で白人労働者階級の支持を得ることが、大統領選の鍵だということを、そしてこの地域の重要性を軽視し遊説をないがしろにしたヒラリーが勝てるワケがなかったことを。彼はそのことを出演した番組でも訴え、エッセイにも書いていたのに。
本作『華氏911』は、オバマケア撤廃、移民規制の強化、パリ協定離脱表明などの政策を打ち出して自由世界を混乱させ、官僚を相次いで辞任・解任させ、ロシアとの疑惑を深め、メディアを「フェイクニュース」呼ばわりして自らはツイッターで物議を醸す炎上発言を繰り返している、お騒がせ大統領ドナルド・トランプをただこき下ろしている映画などではない。
むしろムーアが痛烈な皮肉と共に容赦なくぶった斬るのは、ヒラリーらに代表されるリベラルなエリートたち。「ラストベルト」白人労働者の味方で貧困層や若者の人気を集めていたバーニー・サンダースが民主党の代表を決める予備選ではいくつかの州で勝利していたのにもかかわらず、ヒラリーを大統領候補に選んだ党の主流派たち(※失望したサンダースの支持者たちは結局、選挙には行かなかったのだ)。何よりも大企業やウォール街などにおもねって、共和党に対して妥協を繰り返している頼りない民主党そのものなのだ。
しかし、ムーアはただ悲観に暮れているだけではない。確かにトランプが出馬を決めた運命の日のシーンではモーツァルト「レクイエム」から悲痛な第8曲 〈ラクリモーサ(涙の日)〉が流れるが……
ムーア監督が希望を託しているのは、「中間選挙」で下院議員に立候補したアレクサンドリア・オカシオ=コルテス候補を始めとする、民主党の若き改革者たち(非白人の女性が多い)。そして何よりも、共和党にはっきりと「ノー」の声をあげる強い反発力をもった民衆たちのパワーに期待。
特にクローズアップしたのは、2018年2月の銃乱射事件で17人の犠牲者を出したフロリダ州パークランドの高校の生徒たちだ。彼らは銃規制の強化を求めるデモ行進を企画し、首都ワシントンだけで20万人以上の参加を動員。「Voto Them Out(銃を規制しない議員たちを落選させよう)」と訴え、集会では全米ライフル協会からの支持と多額の献金を受けている共和党議員に詰め寄った。デモに参加した高校生たちの多くは、やがて18歳になって選挙権を与えられ、「中間選挙」では民主党に投票、2020年の大統領選ではトランプの再選を阻止する原動力になるかもしれない。
しかし監督は決して楽観視はしていない。それまで偉大な自由民主主義の国だったドイツは1932年の11月、あるオーストリア移民の男を国のリーダー(首相)に選んだ……と監督は現代音楽の作曲家マックス・リヒターがリコンポーズしたヴィヴァルディ《四季》の〈ウィンター3〉にのせて語り始める。
政治経験のなかったその男は既存の政治家とは違って率直に物を言い、人々の心を掴む。「ドイツ・ファースト」を掲げ、インフラを整備し雇用を拡大、メディアを積極的に活用。そして首相になってから数週間後に国会議事堂が炎上する事件が発生すると、彼は共産主義者を逮捕して共産党を活動停止に追い込み、国会の議席も奪ってしまう。こうしてリベラル派は抑え込まれ、民衆はアドルフ・ヒトラーに全権を掌握する力を与えてしまったのだ、と。
監督はさらに警告する。トランプは既に2020年の再選に向けてキャンペーンを始めており、大統領の任期を合衆国憲法の定める最大8年(4年×2期)から16年に拡大したいとまで発言している。画面にはハイドンの弦楽四重奏曲第77番《皇帝》の第2楽章「神よ、皇帝フランツを守りたまえ」の美しい旋律とともに、1933年の火事で焼失したベルリンの国会議事堂の映像が映し出され、2001年9月11日の同時多発テロ以降すみやかに「愛国者法(反テロ法)」が制定されて、テロ行為に関係があると疑われる人物の拘留や移民を国外に追放するための規制が強化されたニュースの音声が重ねられる。
ホロコーストを生き残り、ニュルンベルク裁判にも出席したユダヤ系の老人はトランプ政権の行なっている移民政策についてこう語る。「幼い子どもを親と引き離して別々に収容するなんて……今のアメリカはあのときと同じだ」と。
最後に、現代の作曲家マット・ダンクリーの手掛けるシネマティックで心を掻き立てられる《Cycles》にのせて、ムーア監督のメッセージが明らかになる。「希望をもつことはただの受け身だ、まだ間に合う、今こそアクションが必要だ」と。そしてそれは間違いなく、アメリカ国民だけでなく、ナショナリズムという名の「21世紀型ファシズム」が台頭している世界中の民主主義国家の国民に対するメッセージなのだ!
エンドロールに流れるのはボブ・ディラン、1964年の名アルバム『時代は変る』に収録されているプロテスト・ソング〈神が味方〉。
いつの時代も、“神の正義”の名の下に戦争を繰り返してきたアメリカを痛烈に皮肉った反戦歌だ。
(※文中に引用した楽曲のリンクは参考音源であり、実際に映画の中で使用された演奏とは必ずしも一致しません)
2016年11月9日、アメリカはもちろん、世界中の人々がジョークかと驚いたドナルド・トランプの大統領選勝利宣言。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』『華氏911』の“アポなし突撃男”がトランプのからくりを全部見せる!
ⓒ2018 Midwestern Films LLC 2018
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