お幾らでしょうか
東京都出身。桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、マルセイユ国立音楽院に入学。パリ国立高等音楽院ピアノ科を卒業。ピアノは中島和彦、ピエール・バルビゼ、ジャック・ルヴィエ各氏...
Je vous dois combien?
ジュ・ヴ・ドワ・コンビヤン?
お幾らでしょうか
高校を卒業するまで何人かのピアノの先生に師事した。が、存分に褒めて伸ばしてくださった先生も含め、どの先生も門下でのレッスンの決まりごとについては徹底していたと思う。
楽譜を揃えて身体の前に持ち、最初と最後に「お願いします」「ありがとうございました」と深くお辞儀をすること。封筒にいれた謝礼は恭しく手渡すか、決められた場所に置くこと。見てもらう曲の楽譜を家に忘れることはもってのほか、等など。
さすがに「月謝は必ずピン札」は必須ではなかったが、そうしたほうがいいという説はあった。つまり、「新札もしくはアイロンで伸ばしたお札」を実践していた生徒(親御さん)もいた、ということだ。
なので、マルセイユ音楽院に入学してすぐ、マントルピースの上にギリシャ風女神像が置かれた広いレッスン室で、小さな男の子がお父さんに連れられてレッスンと進路相談つまり「生徒にとってもらえるか」をバルビゼ師匠に判定してもらいにきて、お父さんが去りぎわに「ジュ・ヴ・ドワ・コンビヤン?」と師匠に訊き、尻ポケットの財布からくしゃくしゃのお札を取り出したのを見て、驚天動地の思いであった。
え? それってありですか?
右:ピエール・バルビゼ(1922-1990)。チリ生まれのフランス人ピアニスト。教育者としては、1963年から1990年に亡くなるまでマルセイユ音楽院の院長を務めた
結論からいうと、フランス人は実利主義であって、封筒に入っていてもいなくてもお金はお金と受け取ってくれるらしい。留学生のおしゃべりネットワークで数年リサーチしてこの結論に達した。日本では「金一封」という言葉があるくらいなのに、ところ変われば……と驚いたのは、日本のお教室スタイルとの相違が大きかったせいだ。もちろん、封筒は便利だから、あればあったで嬉しい、とフランスの師匠らには言われた。
ちなみに、この「お幾らですか」は、レストランやタクシーでも使える。ショッピングで複数アイテムを購入した場合は Ça fait combien?/サ・フェ・コンビヤン? 合わせて幾ら? となる。
もう一つ、どうでもいい個人的なトリビアだが、前述の男の子は大きな目が印象的で、名前はフィリップといった。おまえはピアノを弾くのにいい手をしているが、弾き方が少し自己流になっているからあらためて基礎を頑張って、もう1年くらい勉強したらまたおいで、とバルビゼに言われていた。1年を待たず、何度かレッスン室を再訪したフィリップのことをピアノ科の生徒たちはお姉さんぶってプチ・フィリップと呼んで見守った。
フィリップ・ジュジアーノはその数年後、パリ国立高等音楽院を受験して合格。バルビゼから紹介されてジャック・ルヴィエのクラスに入った。「小さな子どもを教えるのは難しいぞ」とバルビゼはルヴィエにこっそり言っていたらしい。「ところが、ぼくが教えて何年かしたところでフィリップの演奏を聴いたらしく、才能の開花にびっくりしたと、ピエール(バルビゼ)は本当に喜んでいたよ」と、つい最近になってルヴィエが言っていた。
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