第3話「プライド」〜部活内で価値観の共有はされている?
県立みさきが丘高校吹奏楽部の部員たちの心の葛藤をショートストーリーでつづる、メンタルトレーニング小説『みさきの丘から』。最後に、メンタルやチームプレーなどの課題解決のヒントを、メントレアドバイザー・クローゼが提案!
第3回は、1年生と2年生との間に、コンクールのメンバー争いが勃発?
クラリネット江川夏美「プライド」
「これってさあ、トロンボーンのマウスピースで吸えるかな。てかさ、マウスピースの上にためて、下から吸ったら面白くね?」
浮島ユージはストロベリーソーダに沈んだタピオカをストローでつつきながら、クラリネットの江川夏美に「な、な?」と同意を求めた。3年間同じクラスで同じ吹奏楽部、家の方面も近かったので、たまに帰りにフードコートに立ち寄ってタピオカドリンクを飲むぐらいには仲が良かった。
「バッカじゃないの」
夏美は心底あきれかえって言った。
「通んないでしょ、この大きさ。ていうかさ、なんでストロベリーソーダ? 女子力なの? なんなの?」
「ミルクティー飽きたし。ストロベリーソーダ美味しいよ。お前も飲んでみ?」
夏美はそのままコップを受け取ろうとして、さすがに同じストローは、と思い直し、自分のストローをユージのコップに浅めに差してひと口飲んだ。
「お前のキャラメル抹茶はちみつ黒糖ミルクも味見させろよ。ていうかカロリー高そ。やせる気ねーだろ」
「ほっといてよ!」
こういうデリカシーのないところが夏美は大っ嫌いでもあり、気が楽でもあった。
「ところでさ、何か相談があったんじゃねーの?」
そうだった。
「美里のことなんだけど……」
「ああ、1年の?」
クラリネットパートはどこの吹奏楽部も御多分に漏れず大所帯だ。夏美はパートリーダーとして、12人のメンバーをまとめてきた。長女ということもあり面倒見がいいねと言われることはよくあるけれど、それがプレッシャーでもあった。
やっとコンクールが終わってほっとしたところに、新たなトラブルが持ち上がったのだ。
1年生の大川美里がコンクールの出場メンバーに選ばれなかったことで、大川の保護者からクレームがあったという。
「どうやら、私が美里のことを嫌っているから、わざと外したと思ってるみたい」
「だって、1年で出られなかったのは大川だけじゃないだろ」
「そうなんだけどね」
美里は小学校のときから鼓笛隊でクラリネットを始め、経験年数はすでに6年、個人レッスンにもついていた。上手で、譜読みも速い。みんなそれは認めていた。
でも、部員の経験値はさまざまだ。パート練習では譜読みの遅い他のメンバーのために、何度も何度も遅いテンポから同じ箇所を繰り返し練習することもあった。
あるとき、2年生の一人が派手に間違えた。その間違えっぷりに、思わず他の部員は笑ってしまったのだが、そのとき美里は、誰にも聞こえるようなため息をつき、周りを凍らせた。
それ以来、どことなくパートの雰囲気はぎくしゃくしてしまった。疑問を持たなければ居心地のよい、先輩・後輩の関係性にも変化ができてしまった。
しかも、問題はそれだけではなかった。
大川美里は、練習を休みがちだった。音楽大学の受験を考えているらしく、クラリネットのレッスンだけでなくソルフェージュやピアノのレッスンも行っているということを1年生から聞いていた。多忙なことには違いなかった。
「それでも、合奏が好きだから吹奏楽部に来てくれたんだと思うのよね。でも周りからすればさ、全然練習来ないくせに、たまに来て上手いからって偉そうな態度とって、って彼女がいることで雰囲気が悪くなってくるのよ。特に2年はさ……って、ねえ、聞いてる?」
ユージは、勢いよく吸い込んだタピオカがのどに当たってむせていた。
「お、おう。聞いてるよ。それってさ、ゲホっ、俺さ、全然、ゲホっ!!」
「バッカじゃないの……落ち着いてからしゃべってよ」
結局、コンクールのメンバー決めは顧問の池上と夏美が話し合い、美里はメンバーから外すことになった。彼女の技術は惜しいが、コンクール前日も早々に予定が入っており「休みます」と言われて、さすがにほかの部員を説得できないと思ったからだ。
でも、彼女は納得していなかったのだ。
ユージは胸をこぶしでドンドンとたたくと、おおげさに深呼吸をしてみせた。
「あーやっと飲み込めた。餅がつまるおじいちゃんの気持ちがちょっとわかったわ……。ところでさ、その大川の件で、友だちから全然違う話、聞いたんだけど」
「何、どーいうこと?」
「あいつ、レッスンとか言ってるけど、実はそうじゃないんだって。アルバイトもしてるらしい」
夏美の顔がさっと紅くなり、少しだけ声を荒げた。
「なんだ、なおさらダメじゃん。嘘ついてさぼってるってこと?」
「まあ、落ち着けって。というよりも、家が大変らしくて」
「家?」
「お父さんが去年ぐらいに倒れたらしいんだよな。脳梗塞で。あいつんち、美容院じゃんか。お父さん後遺症で仕事もできないし、お母さん一人じゃ回んないから、あいつも店手伝ってるってよ。友だちの妹が浴衣の着付けに行ったら、美里がいたって。恥ずかしいから内緒にしてくれって」
コンクールの前日、たしか花火大会があったはずだ。それどころではなくてすっかり忘れていたけれど。
「限られた時間で一生懸命やってるのに、凡ミスする先輩見たらイラつくのは、まあわからなくもないよ。コンクール出られなかったのも、悔しかったろうし。あいつにとっては、それだけクラリネットが大事ってことじゃないの?」
「でも……」
私の判断は間違ってたのだろうか? でもそんな家庭の事情は知らなかったし。知ってたら、違った? わからない。
「ま、くよくよ考えんな。あいつはまだこの先があるんだから」
そう言って、ユージは夏美の手からコップを奪うと、4分の1ほど残っていたキャラメル抹茶はちみつ黒糖ミルクを一気に飲み干した。
「てか、これ甘っ! 甘すぎじゃね」
「飲んでおいて文句言う!?」
それ、私のストローだよ。どういうつもり?
喉まで出かかった言葉を、夏美はぐっと飲みこんだ。
メントレのスペシャリスト・クローゼが、毎回ハッとするような一言をつぶやきます。
思ってもみなかったところに解決の糸口が見つかるかも!
アプローチ1:価値観の共有
部活の中の価値観は示されていますか。上手ければいいのか、参加する姿勢が大事なのか、それとも年功序列か。不明確なままでは不満も出るかもしれません。
また、その価値観は共有できていますか。それぞれが、言わなくても暗黙の了解なんてことはないですよね。
アプローチ2:価値観が見つからないときは……
みさきが丘高校吹奏楽部以外でできる価値観の見つけ方を教えましょう。
「すごく上手だけど家庭の事情であまり練習に来ない、ちょっときつい1年生」
「それほど上手ではないけど、よく練習に参加し、輪を乱さない2年生」
みなさんが顧問の先生だったら、どっちをメンバーに選ぶか話し合ってみてください。ちなみに、なぜ「みさきが丘以外で」と言ったかというと、こういうミーティングはリアルじゃないからこそ本音で話せるのです。
アプローチ3:自分にできることは?
吹奏楽はメンバー全員が協力して目標に進まなければいけません。他人ごとの人が多いチームはなかなか上達しないでしょう。今回の話はクラリネットパートだけの問題でしょうか。皆さんだったら、パートリーダーの夏美に、1年の美里に、なんて声をかけますか?
実際のミーティングで今回の話を読んで、アプローチ2や3について話し合って見ると楽しいかもしれませんね。
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