映画『ミッドナイトスワン』の主人公を象徴する《白鳥の湖》のオデット姫
ドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
今回は、第44回日本アカデミー賞最優秀賞作品に輝いた映画『ミッドナイトスワン』。女性として生きるトランスジェンダーの主人公と、バレエの才能に目覚める少女の親子のような愛を描いた物語です。作中に登場するチャイコフスキー《白鳥の湖》はどんな役割を果たしているのでしょうか。
(※この記事は、映画の結末に触れています)
1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...
トランスジェンダーの母と娘の物語
「朝がくれば、白鳥に戻ってしまう」ーーチャイコフスキーのバレエ音楽《白鳥の湖》で描かれる物語。その刹那的なストーリーは、映画『ミッドナイトスワン』を象徴しているといえる。
『ミッドナイトスワン』は、トランスジェンダーの女性として社会の隅で生きてきた凪沙(草なぎ剛)と、母親から虐待を受けて孤独に過ごしてきた一果(服部樹咲)の愛の物語。
養育費を目当てに、凪沙が一果の面倒を見ることになることから物語は始まる。他人にたやすく心を開くことがない2人は、最初は気持ちを通わせようともしない。しかし壊れそうなほどに繊細で孤独な心に触れ合ううちに、2人は親子のような関係が紡がれていく。
『ミッドナイトスワン』全国公開中 ©2020 Midnight Swan Film Partners
『ミッドナイトスワン』に登場する2人のオデット
映画の作中には、《白鳥の湖》の音楽が登場する。その一つはが、一果がバレエのコンクールに出場する際に選曲した第2幕のオデット姫のバリエーションだ。
凪沙と一果をみていると、《白鳥の湖》のヒロイン、オデットに重ねずにはいられない。
オデットは悪魔による魔法で白鳥にされ、夜にしか人間に戻れない。そんな「本来の姿」をジークフリートという王子に見つけられたことで、2人の恋は始まる。
一果は虐待でありのままの心すら見失いかけていたところに、凪沙とバレエに救われる。そしてトランスジェンダーとして社会の隅に追いやられ、孤独に生きてきた凪沙も、一果に今までに感じたことのない愛情を覚え、身を削り献身的にを支える。
2人は「本来の姿」を引き出されたオデットだ。そして、本当の姿を見つけ合い、ありのままを愛した互いのジークフリートなのだともいえる。
以下、映画の結末に触れる。
《白鳥の湖》のラストでは、オデットとジークフリートは恋が叶わぬ運命から、ともに命を絶ってしまう。命を落としたからバッドエンドなのか、2人が永遠に結ばれるからハッピーエンドなのか。解釈や認識は分かれるところだろう。
一方、映画はどうか。
ラストは、バレリーナとしての高みを目指す一果のダンスシーンで物語を終える。一果が身につけているのは、凪沙から託された「白鳥の羽飾り」。そして凪沙と一果を小チュするオデット姫のバリエーション……やはり生死や世を超えて固く結ばれる《白鳥の湖》の結末を彷彿とさせるのである。
『ミッドナイトスワン』全国公開中 ©2020 Midnight Swan Film Partners
2人の主人公の関係性を象徴する渋谷慶一郎の音楽
また、《白鳥の湖》以外にも、音楽が映画をドラマチックに彩っていたことを述べておきたい。
この作品の音楽は、先鋭的な電子音楽からオペラの創作まで広く音楽ジャンルを横断する、音楽家の渋谷慶一郎が担当している。
チャイコフスキーによるオデットのバリエーションは、沼のような世界を生きる凪沙や一果には優美すぎる。しかし、随所に現れる渋谷の音楽は、凪沙と一果が初めて愛を知るという純度の高さや、凪沙の儚さを象徴している。物語に重ねて音楽に耳を傾けると、そのストーリーの展開と相まって切なさを堪えきれない。
監督・脚本:内田英治
出演:草なぎ剛、服部樹咲(新人)、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
配給:キノフィルムズ
©2020 MidnightSwan Film Partners
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