ネプチューン/ポセイドン——ゼウスから任命された海の神、トレードマークは三叉槍!
作曲家が題材にしている古代ギリシャやローマ神話の神々を、キャラクターやストーリー、音楽作品から深掘りする連載。
第3回は海神ネプチューン。ゼウスの兄で津波や地震をも起こすことができる荒々しい神様……だけど、モーツァルトのオペラ《イドメネオ》では意外な一面も?
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
主神ゼウスの兄で海を司るネプチューン
前回はジュピター/ゼウスを紹介したが、今回はその兄である海神ネプチューン/ポセイドンをとりあげたい。ギリシア神話のポセイドンは、ローマ神話のネプチューンに相当するので、ここでは両者を同一視して扱う。
クロノスとレイアの間に生まれたゼウスには、兄弟にポセイドンとハデス、姉妹にヘラ、デメテル、ヘスティアがいる。ポセイドンは主神ゼウスより海の王に任命された。海の王だけあって、ポセイドンは強大な力を持っている。地震や津波、洪水を起こすなど、かなり荒ぶる神様というイメージがある。
横山光輝の名作マンガ『バビル2世』には、主人公の「三つのしもべ」のひとりとしてポセイドンと名付けられた巨大ロボットが登場するが、腹部から魚雷を発射するなど、その攻撃力はしもべ中でも最強とされる。これも海神ポセイドンの強さのイメージを反映したものだろう。
アニメ『バビル2世』第1話をこちらから視聴できます。
ポセイドンがもつ三叉槍は海王星の象徴
神話上のポセイドンが使う武器は、先が三つ又に分かれた戟(ほこ)、トライデント(三叉槍)。これはポセイドンのトレードマークといってもいい。トライデントのマークは、占星術等では海王星のマークとして用いられている。海王星、すなわちネプチューン(ポセイドン)。太陽からもっとも遠い惑星である海王星の表面はマイナス220度というから、海神が治めるような液体の海はないかもしれないが、望遠鏡や写真で見るその姿は深い青色で、海を連想させる。
ホルストは組曲《惑星》の最後に「海王星、神秘主義者」を置いている。前回も述べたように、ホルストの着想は天文学ではなく占星術にあるのだが、この曲に関しては強大な海神のイメージよりは、太陽からもっとも遠い孤独な惑星といったイメージがしっくりくる。《惑星》全曲のなかで、この曲にのみ女声合唱が登場し、曲の最後で静かにフェイドアウトして神秘的なムードを高めている。
ホルスト:組曲《惑星》より「海王星」
モーツァルトのオペラでは意外なやさしさを見せるネプチューン
ネプチューンといえば、モーツァルトのオペラ《イドメネオ》を挙げないわけにはいかない。ウィーンに定住する以前のモーツァルトがバイエルン選帝侯からの依頼で作曲し、ミュンヘンで初演された作品である。
舞台となるのはトロイヤ戦争後のクレタ島。クレタ王イドメネオは海で嵐にあって遭難する。そこでイドメネオはネプチューンに誓う。もし助かったら、陸で最初に出会った者を生贄として捧げましょう、と。難破した船から逃れてイドメネオが陸にたどり着くと、そこに近づいてきたのは息子のイダマンテだった……。
モーツァルト:オペラ《イドメネオ》
実にスリリングなストーリー展開ではないだろうか。わが子を生贄として捧げなければならなくなった王は、息子への愛と神との約束との間で葛藤する。いったい登場人物たちはこの危機をどうやって乗り越えるのか。
だがワクワクしていると、最後にとんでもない肩透かしを食らうことになる。名作オペラなので結末までネタバレするが、王が息子を手にかけようとするギリギリのところで、神の声が響き渡る。「お前たちの愛に免じて、許す!」。
えっ、許しちゃうの? ネプチューン、意外にやさしい。そんな強制ハッピーエンドで物語が閉じられる。絵に描いたようなデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)で、現代人には禁じ手にしか思えないのだが、18世紀のお客さんは納得できたのだろうか。
オッフェンバックの新発見作品にも登場
ネプチューンの音楽で近年話題になったのは、オッフェンバックの新発見作品《ネプチューンの王宮》。ハワード・グリフィス指揮ベルリン=ドイツ交響楽団がCPOレーベルで世界初録音している。ジャケットにはトライデントを片手に持った堂々たるネプチューンの雄姿が描かれている。
オッフェンバック:《ネプチューンの王宮》
オペレッタ《天国と地獄》のためのバレエ音楽として書かれており、冒頭の激しい嵐の表現にネプチューンらしさが感じられる。マッチョなのはこの場面だけで、あとははなはだ優雅で軽快なのだが、そこはバレエ音楽なので致し方ない。
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