読みもの
2021.09.26
神話と音楽Who's Who 第4回

バッカス/デュオニソス——奇妙な出自をもつジュピターの息子でその酒宴はバッカナール!

作曲家が題材にしている古代ギリシャやローマ神話の神々を、キャラクターやストーリー、音楽作品から深掘りする連載。
第4回はバッカス(デュオニソス)! 混沌や熱狂を生み出す神で、作曲家にも大人気。酒宴バッカナールを題材にした作品や、バレエとオペラに登場するバッカスについて紹介します。

ナビゲーター
飯尾洋一
ナビゲーター
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ヴェルサイユ宮殿にある噴水《バッカスの泉(秋)》(1672~75年製作)

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わりとエキセントリックな生い立ちのバッカス

今回登場するのはバッカス。酒の神、豊穣の神として、音楽界でも人気の神様だ。ローマ神話でのバッカスは、ギリシャ神話でのデュオニソスに相当し、両者は同一視される。

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前回の海神ネプチューン(ポセイドン)は、前々回で扱った主神ジュピター(ゼウス)のお兄さんだった。今回のバッカス(デュオニソス)はジュピターの息子にあたる。

といっても、バッカスの出自はかなり特殊だ。バッカスはジュピターの浮気相手であった人間の女性セメレとの間の子である。ジュピターの正妻ジュノーの怒りを買って、セメレはバッカスを産む前に亡くなるのだが、ジュピターはセメレの体内から胎児のバッカスを取り出し、自分の太ももに縫い込んだ。そして、十分にバッカスが成長すると、縫い目をほどいて誕生させたのだ。つまり、バッカスは父親から生まれたわけだ。

セバスティアーノ・リッチ《ジュピターとセメレ》
(1695年頃、ウフィツィ美術館蔵)

成長したバッカスはぶどうの栽培を覚え、その実から陶酔をもたらすお酒を作る方法を考案する。酒神と呼ばれるゆえんである。さらにバッカスは放埓な祭りを考え出し、己の信者たちとともに狂乱に耽った。そして各地を放浪して信仰を広め、歯向かうものには残忍な罰を与えた。バッカスの祭りを不道徳だと非難した王などは、信者の女たちに八つ裂きにされてしまったほどである。

グイード・レーニ《酒を飲むバッカス》
(1623年頃、アルテ・マイスター絵画館蔵)

多くの作曲家が手がけたバッカスの酒宴「バッカナール」

バッカスは混沌や熱狂を生み出す神様なのだから、音楽と相性がよいのも頷けるだろう。音楽作品にはバッカスの祭りにちなんで「バッカナール」と呼ばれる曲がたくさんある。

とりわけ有名なのはサン=サーンスのオペラ《サムソンとデリラ》の「バッカナール」。このオペラ自体は旧約聖書にある怪力サムソンの物語を題材としたものだが、第3幕のバレエ音楽「バッカナール」は大きな聴きどころだ。エキゾチックなオーボエのメロディで開始され、曲は次第に高潮し、奔放な酒宴を想起させる。コンサートで単独で演奏される機会も多く、また吹奏楽用の編曲でも親しまれている。

サン=サーンス:オペラ《サムソンとデリラ》

「バッカナール」は、ワーグナーのオペラ《タンホイザー》にも登場する。第1幕冒頭、騎士タンホイザーはヴェーヌスが司る禁断の世界で官能に溺れている。序曲にバレエ音楽「バッカナール」が続いて、興奮をかきたてる。

ワーグナー:オペラ《タンホイザー》

サン=サーンスやワーグナーに比べると、イベールの《バッカナール》はずいぶんスマートな酒宴だ。この曲もリズミカルで熱狂的なのだが、そこはイベール、どこまでも洒脱で都会的で、軽やかさを忘れない。酒宴というよりはパーティと呼ぶべきかも。

イベール:《バッカナール》

グラズノフのバレエ音楽《四季》では、「秋」が華やかな「バッカナール」で開始される。ここでのバッカスは酒の神というよりは豊穣の神。ロシアの作曲家グラズノフにとって、四季とは春夏秋冬ではなく冬春夏秋。まず曲は厳しい冬で始まって、最後に実りの秋で喜びを爆発させるのだ。こちらの「バッカナール」もサン=サーンスと同様、吹奏楽でも人気が高い。

グラズノフ:バレエ音楽《四季》

さらにジョン・ケージ作曲のプリペアドピアノのための《バッカナール》や、黛敏郎の《バッカナール(饗宴)》など、20世紀にも「バッカナール」の名曲は誕生している。

ジョン・ケージ作曲:プリペアドピアノのための《バッカナール》黛敏郎:《バッカナール(饗宴)》

バレエとオペラでバッカスはどう描かれる?

さて、ここまではバッカスの宴を表現した「バッカナール」の音楽をご紹介したが、バッカス本人が登場する作品もふたつ挙げておこう。

ひとつはルーセルのバレエ音楽《バッカスとアリアーヌ》、もうひとつはリヒャルト・シュトラウスのオペラ《ナクソス島のアリアドネ》。アリアーヌとアリアドネは同一人物であり、両曲は同じ物語を題材としている。ここでバッカスが見せる姿は、これまで述べてきたような荒ぶる神とは少々異なる。バッカスとアリアドネのロマンスが主題となるのだ。

ルーセル:バレエ音楽《バッカスとアリアーヌ》

リヒャルト・シュトラウス:オペラ《ナクソス島のアリアドネ》

アリアドネといえば、怪物ミノタウロスを退治する話が有名だ。アテネの英雄テセウスに恋するアリアドネは、ミノタウロスの迷宮に乗り込むテセウスに糸玉を渡した。脱出不可能と言われた迷宮だが、テセウスは糸を少しずつほどきながら迷宮の奥へと進み、ミノタウロスを退治したあとはこれを逆にたどって無事に脱出したのである。

しかし、ルーセルやシュトラウスが描いたのは、そこから先のストーリーだ。この話はアリアドネとテセウスが結ばれてめでたしめでたしでは終わらない。ナクソス島でアリアドネが眠っている間になぜかテセウスは彼女を置き去りにしてしまう。眠りから目覚め、ひとり嘆くアリアドネ。そこにやってきたのがバッカスだ。バッカスはアリアドネを見初めて求愛する。ふたりは天上で夫婦となり、アリアドネは神性を得る。

ルーセルのバレエ音楽は2幕からなり、第1幕と第2幕がそれぞれ組曲第1番、組曲第2番に相当し、独立した管弦楽曲としても演奏される。シュトラウスの《ナクソス島のアリアドネ》では、劇中劇としてバッカスとアリアドネのオペラが上演される。ルーセル作品がお約束の「バッカナーレ」で賑々しく幕を閉じるのに対し、シュトラウス作品ではバッカスが崇高で荘重なムードで描かれているのがおもしろい。

ジョン・ヴァンダーリン《ナクソス島で眠りにつくアリアドネ》
(1808~1812年、ペンシルバニア美術アカデミー蔵)
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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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