読みもの
2021.11.15
神話と音楽Who's Who 第6回/11月の特集「バトル」

トロイア戦争——ゼウスの策略で絶世の美女ヘレネをめぐって英雄たちが大戦争!

作曲家が題材にしている古代ギリシャやローマ神話の神々を、キャラクターやストーリー、音楽作品から深掘りする連載。
第6回はトロイア戦争に注目! 「トロイの木馬」で知られる大戦争はなぜ起きた? オッフェンバックやベルリオーズの作品を中心に、トロイア戦争の展開を見てみましょう。

ナビゲーター
飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ《トロイの木馬の行列》(1760年頃、ナショナル・ギャラリー蔵)

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ゼウスが人類を滅ぼすために英雄たちに戦争をさせることに

今月の特集テーマは「バトル」。ではギリシア神話における最大のバトルはなにかといえば、やはりトロイア戦争ということになるだろう。音楽にもトロイア戦争を題材とした作品がいくつもある。

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トロイア戦争というと、まっさきに「トロイの木馬」のエピソードを思い出す方が多いと思うが、そもそもこの戦争がどうして始まったのかといえば、それは主神ゼウスの企みが原因だ。ゼウスは人間たちを滅ぼそうと考えた。地上で英雄たちが増えすぎて大地の女神ガイアの重荷になっている。そろそろ傍若無人な英雄たちには退場してもらおうか。

そこでゼウスは、英雄たちが戦争を起こして、互いに殺し合った末に滅亡させようと考え、争いの種として絶世の美女を誕生させたのである。英雄は美女が大好き、戦争も大好き。ゼウスは女神ネメシス(異説によればレダ)と交わり、ヘレネが誕生する。ヘレネが成長すると、あまりの美貌ゆえに、ギリシア中の英雄たちが争うように求婚した。

イーヴリン・ド・モーガン《トロイのヘレネ》(1898年、ド・モーガン・センター蔵)

さて、どうしたものか。ここで英雄たちは、平和的に結婚相手を決める方法を考えた。ルールはシンプルだ。ヘレネがだれを結婚相手に選んでも、残りの者は絶対に異を唱えない、そして結婚の妨げになることがあれば全員が協力してヘレネの夫を助けること。

これならだれも文句はない。ヘレネはメネラオスという美青年を夫に選んだ。そして、メネラオスはスパルタの王になり、ヘレネは王妃となった。

オッフェンバックは風刺的にトロイア戦争を描く

このヘレネを題材としたオペレッタがオッフェンバックの《美しきエレーヌ》だ。フランス語でエレーヌとはヘレネのこと。オッフェンバック作品だけあって、ストレートな神話ではなく、神話に題材を借りた風刺的なオペレッタになっている。作品中で言及される「パリスの審判」はトロイア戦争の発端となった事件だ。

オッフェンバック《美しきエレーヌ》

ゼウスは羊飼いパリスに妻のヘラ、娘のアテナ、美の神アフロディテの3人の女神から、いちばん美しい者をひとり選ぶように命じた。女神たちはパリスに自分を選ばせようと、贈り物を約束する。ヘラは強大な権力を授けると言い、アテナは無敵の武運を授けると言った。

だが、アフロディテは世界一の美女ヘレネを妻にしてやろうと囁いた。これでもうパリスはヘレネのことしか考えられなくなる。よし、世界一美しい女神はアフロディテに決まり!

ルーベンス《パリスの審判》(1632~1635年、ナショナル・ギャラリー蔵)

そして、パリスはスパルタに向かい、美女ヘレネを誘惑し、トロイアに連れ帰る。ふたりは盛大な結婚式を挙げ、めでたく結ばれた。だが、めでたくないのは妻を奪われたメネラオスだ。ふざけんな! トロイア許すまじ。

ここで、メネラオスとヘレネが結婚する際の約束を思い出してほしい。「結婚の妨げになることがあれば全員が協力してヘレネの夫を助けること」。そう、ギリシア中の英雄たちは一致団結してトロイアと戦わなければならなくなってしまった。なんというゼウスの深謀。こうしてトロイア戦争が始まったのだ。

グイド・レーニ《ヘレネーの略奪》(1631年、ルーブル美術館蔵)

「トロイの木馬」を中心に長大なオペラに表したベルリオーズ

ベルリオーズは歌劇《トロイアの人々》でトロイア戦争を描いた。題材となったのが大戦だけに、オペラも超大作である。全5幕、上演時間は休憩込みで5時間を超えるだけあって、そうそう上演機会はない。ただ、大作といっても実質的にはふたつの物語が合体しており、第1部では有名な「トロイの木馬」のエピソードを含むトロイアの陥落が描かれ、第2部ではカルタゴに漂着したトロイア人エネとカルタゴの女王ディドの悲恋が描かれる。

ベルリオーズ《トロイアの人々》

第1部では予言者カッサンドラがギリシア人の策略を予知して訴えるが、聞き入れてもらえない。カッサンドラについては、前回の連載でクセナキスの「カッサンドラ」を紹介した。トロイア人たちはギリシア軍が残した巨大な木馬を場内に運び入れてしまう。木馬には兵士たちが隠れていた。あっという間に城内は阿鼻叫喚に。敵に辱めを受けるくらいならと、最後にはカッサンドラが先導して女子たちが集団自決する凄惨な幕切れを迎える。

第2部には、このオペラでもっとも知られる「王の狩と嵐」の場面が登場する。しばしば独立して演奏される名場面だ。オペラ全曲を聴くのはハードルが高いので、この場面のみを取り出して雄弁なベルリオーズのオーケストレーションを楽しむのもいいだろう。

ベルリオーズが生まれたフランスのコート・サン・タンドレで毎年8月に開催されるFestival Berliozでは、2019年に没後150年を記念してトロイの木馬が製作された。

パーセルはカルタゴに漂着したトロイア人のエピソードを、リヒャルト・シュトラウスはトロイア戦争後のヘレネをオペラに

第2部の物語はパーセルのオペラ《ディドとエネアス》でも取り上げられている。あらゆる面で過剰さが魅力を放つベルリオーズの大作とは違って、こちらは約1時間ほどのコンパクトなバロック期のオペラ。清爽な響きを味わえる。

パーセル《ディドとエネアス》

またトロイア戦争後のヘレネを描いた作品に、リヒャルト・シュトラウスのオペラ《エジプトのヘレナ》がある。このオペラでヘレナはメネラオスは仲直りを果たすのだ。トロイア戦争ものとしては、ハッピーエンドで終わる貴重な作品だ。

リヒャルト・シュトラウス《エジプトのヘレナ》

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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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