読みもの
2022.01.24
神話と音楽Who's Who 第8回

ヘラクレス——最強の英雄で数々の武勇伝をもつのに、妻の嫉妬心が死を招いた!?

作曲家が題材にしている古代ギリシャやローマ神話の神々を、キャラクターやストーリー、音楽作品から深掘りする連載。
第8回は、英雄ヘラクレス! サン=サーンス、ヴィヴァルディ、ヘンデルの作品をとりあげ、数々の逸話をもつヘラクレスの生い立ちから死までを追います。

ナビゲーター
飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

《ファルネーゼのヘラクレス》
(216年頃、大理石、ナポリ国立考古学博物館蔵)

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神話界最強! ムキムキの英雄、ヘラクレス

今回登場するのはギリシア神話きっての英雄、ヘラクレス。神話にはさまざまな英雄が登場するが、とにかく強い。ありえないほど強い。絵画や彫像で描かれるヘラクレスは筋骨隆々たる姿で描かれている。

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かつて無名時代のアーノルド・シュワルツェネッガーが、筋肉ムキムキのヘラクレスとして低予算B級映画に主演していたのをご存知だろうか。のちにシュワルツェネッガーの人気が出てから、テレビで「シュワルツェネッガーのヘラクレス」などの題で放映されていたと記憶するが、現行の邦題は『SF超人ヘラクレス』。なんともトホホなタイトルだ。

『SF超人ヘラクレス』(1970年)
アーノルド・シュワルツェネッガーの映画デビュー作。

オリュンポスでの生ぬるい暮らしに飽きたヘラクレスが、父ゼウスと大喧嘩をした末にニューヨークに追放され、人間界で大騒動を引き起こす。荒唐無稽な筋立てはともかく、ヘラクレスといって私たちが連想するのは、若き日のシュワルツェネッガーのようなムキムキ感にほかならない。そして、お父さんがゼウスだから、人間離れしたパワーを持っているわけだ。

ちなみにお母さんはアクルメネという王女。人間だ。彼女には本当は婚約者がいたのだが、その美貌に目をつけたゼウスが婚約者に変身して、妊娠させてしまったのである。まったくゼウスは見境がない。

ジャン=ジャック=フランソワ・ル・バルビエ『ヘラクレスを産むアクルメネ』

ヘラクレスは成長して無双の英雄となる。18歳で巨大ライオンを退治するが、これには50日間もかかった。その間、ライオン退治を依頼した王は毎夜毎夜、王女をヘラクレスと同衾させた。実は王には50人の娘がおり、立派な孫が欲しいと願って毎晩娘を取り替えていたのだが(!)、豪快なヘラクレスは気づかずに一人の娘を抱いていると思い込んでいた。王女たちはみな妊娠し、50人の男子が生まれた。

サン=サーンスの2つの交響詩にみる若きヘラクレス

サン=サーンス作曲の交響詩《青年時代のヘラクレス》には、若き日のヘラクレスの姿が描かれている。勇猛果敢な英雄としてヘラクレスを格調高く表現する一方、中間部のバッカナーレ(連載第4回「バッカス」参照)からは、その放埓さも伝わってくる。ヘラクレスの二面性に焦点を当てているのだ。

サン=サーンス:交響詩《青年時代のヘラクレス》

同じくサン=サーンスの交響詩で姉妹編ともいえるのが交響詩《オンファールの糸車》。これもヘラクレスを扱った作品だ。ヘラクレスはアポロンの命により、リュディアの女王オンファール(オムファレ)の奴隷となる。しなやかで優美なオンファールを表す楽想に対して、中間部でたくましいヘラクレスの楽想が重なる。だがヘラクレスはオンファールの魅力に屈する。

サン=サーンス:交響詩《オンファールの糸車》

12の無理難題をクリアして神々の仲間入り

武功に事欠かないヘラクレスだが、なかでも強烈なのは「十二の功業」だ。ゼウスの正妻ヘラの怒りを買ったヘラクレスは正気を失って、妻メガラとの間に生まれた子供たちを惨殺してしまう。その大罪を贖うために課せられたのが「十二の功業」で、これを達成すれば不死を得て、神々の仲間入りが許されるという。

どれも不可能と思える難業ばかりだが、ヘラクレスはこれらを次々と達成する。「ネメアのライオンを退治して皮を剥ぎ取る」とか「猛毒の蛇ヒュドラを退治する」といった強敵を倒すバトル系ミッションに加えて、「アウゲイアス王の30年間掃除されていない巨大な畜舎を一日できれいにする」といったお掃除系ミッションもあり、しまいには「地獄の番犬ケルベロスを連れてくる」といった無理難題までクリアしてしまう。

アントニオ・デル・ポッライオーロ《ヘラクレスとヒュドラ》
(1475年頃、ウフィツィ美術館蔵)

これら難業のひとつが「アマゾンの女王ヒッポリュテが身につけている腰帯を持ってくる」。勇猛な女戦士ヒッポリュテはヘラクレスのたくましい肉体を見て、この男なら大切な腰帯をくれてやってもいいかな……とあっさり承諾するのだが、ヘラの横槍があって大混乱に陥る。

ヴィヴァルディのオペラ《テルモドンテのエルコレ》は、このエピソードを題材にしている。楽譜の散逸により消失した作品だったが、近年復元され、レコーディングでも楽しむことができるようになった。

ヴィヴァルディ:オペラ《テルモドンテのエルコレ》

ヘンデルのオペラで描かれる英雄の最期

ヘンデルのオペラ《ヘラクレス》は、英雄の最期を描く。無敵のヘラクレスが破滅に至ったのは、妻の嫉妬心が原因だ。ヘラクレスはメガラと別れたあと、デイアネイラを妻に迎えていた。あるとき、ネッソスというケンタウロスが、デイアネイラを凌辱しようとした。ヘラクレスはネッソスをヒュドラの毒矢で射る。ネッソスは息絶える直前に、デイアネイラに言った。

ヘンデル:オペラ《ヘラクレス》

「私の血は強力な媚薬だ。もしヘラクレスが浮気しそうになったら、この血を塗った肌着をあの男に着せればよい」

デイアネイラはこれを真に受けてしまうが、実はネッソスの血は媚薬などではない。血にはヘラクレスの矢から受けたヒュドラの猛毒が含まれていた。ヘラクレスの浮気を察したデイアネイラは、夫の愛を取り戻そうとネッソスの血が沁みた肌着を渡す。ヘラクレスがこれを着ると、たちまち猛毒が全身に浸透し、もだえ苦しんだ。ヘラクレスの肉体は薪の山で燃やされるが、不死の部分が天上に召されて神となった。

フランシスコ・デ・スルバラン《ヘラクレスの死》
(1634年、プラド美術館蔵)

オペラ《ヘラクレス》では第3幕第2場でヘラクレスが最期を迎える。迫力のある場面だが、続く第3幕第3場でデイアネイラが悔悟する場面はさらに強烈だ。己を呪う歌唱として、これを超える迫真の表現があるだろうか。

オペラ《ヘラクレス》第3幕第3場よりデイアネイラのアリア

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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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