読みもの
2021.01.20
飯尾洋一の音楽夜話 耳たぶで冷やせ Vol.23

魅惑のオフィクレイド——風変わりな楽器が登場するシオドア・スタージョンの小説

音楽ジャーナリスト・飯尾洋一さんが、いまホットなトピックを音楽と絡めて綴るコラム。第23回は、オフィクレイドという珍しい楽器が登場する小説を取り上げます。なぜオフィクレイド? オフィクレイドってどんな音色?

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

アメリカの漫画家リチャード・F・アウトコールトによるバスター・ブラウンシリーズのポストカード「若きオフィクレイド奏者」(1906年)

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オフィクレイド? なにそれ美味しいの?

小説中の登場人物がピアノやヴァイオリン、チェロなどの楽器を演奏する場面は珍しくない。フルートやトランペットが出てくることもあるだろうし、なかにはオーボエやホルンを演奏する登場人物もいるかもしれない。

だが、あなたは知っているだろうか。登場人物がオフィクレイドを演奏する短篇小説があることを!

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え、オフィクレイド? そんな楽器、知らないよ、という方も少なくないだろう。

オフィクレイドとは、19世紀に用いられた大型の低音金管楽器。有名なところではベルリオーズが《幻想交響曲》で、メンデルスゾーンが《夏の夜の夢》序曲で使っている。が、この楽器はやがて廃れ、現代ではもっぱらチューバで代用している。

アンリ・ドュ・プルーソン『新オフィクレイド教則』(1855年、パリ)より。左が11キーのオフィクレイド、右は9キーのオフィクレイド。

かつてジョン・エリオット・ガーディナーがピリオド楽器オーケストラのオルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティックを指揮して《幻想交響曲》を録音した際、オフィクレイドなど初演当時の楽器を用いて話題を呼んだことがあった。それくらい珍しい楽器なのだ。

ベルリオーズ:《幻想交響曲》(ジョン・エリオット・ガーディナー指揮、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック)

大役を与えられたオフィクレイド

しかし、どういうわけか、アメリカの作家シオドア・スタージョンの短篇「ニュースの時間です」(『輝く断片』所収/河出文庫)には、このオフィクレイドが唐突に登場する。主にSFやミステリで知られるスタージョンだが、この短篇はいかなるジャンルにも分類不可能な奇妙な話である。

主人公のビジネスマンは、毎日決まった時間にラジオでニュースを聴き、新聞の隅々まで目を通すことを日課にしていた。あまりにニュースを追いかけてばかりいるものだから、辟易した妻はラジオを壊し、新聞の購読を止めて、夫をニュースから遠ざけてしまう。それがきっかけで夫は正気を失って、失語症になってしまうのだが、たまたま雑貨屋で古いオフィクレイドを見つけ、これを購入して演奏し始める。言語を忘れた男が、なぜかオフィクレイドを嬉々として演奏しはじめるという、まったく予測もつかない展開を見せるのだ。

シオドア・スタージョン『ニュースの時間です』
(河出文庫)

オフィクレイドの音色の魅力

なぜそこでオフィクレイドなのか。おそらくスタージョンは非日常的、非現実的な響きをもたらす楽器を登場させたかったのだろう。男が発する音は「現在この地球上では、あるいは他の惑星上でも、聴かれることのない種類の音楽だった」「高音は荒々しく非音楽的で、中音はざらざらしているが、低音は周囲の山々自身の朗唱のようだった。空まで大きく熱く広がり、どんなものよりも自然で、熊の牙と同じぐらい原始的だった」。

そうまで書かれると、オフィクレイドの音を聴きたくなるもの。それも《幻想交響曲》ではなく、オフィクレイドを主役に据えた曲を聴きたくなる。

左:1821〜1830年頃に製作されたオフィクレイド。ロイヤル・ミリタリー・アカデミー(オランダ)蔵。
上:オフィクレイドを演奏するイギリスの楽隊員のカリカチュア(トーマス・ストロング、1873年頃)

探してみると、オフィクレイドの独奏曲もちゃんとあるのだ。特にありがたいのがオフィクレイド奏者、パトリック・ヴィバールがRicercarレーベルに録音したアルバムThe Virtuoso Ophicleideで、ここにはオフィクレイドのための名技的な作品がいくつも収められている。

特に印象的なのは、ジュール・ドゥメルスマン作曲の「オフィクレイドとピアノのための劇的大幻想曲」と「ベートーヴェンのル・ディジアによる幻想曲」。ドゥメルスマンは主にフルートの世界で知られる作曲家だが、オフィクレイドのための作品も残していたとは。名技性に焦点を当てた作品だけあって、オフィクレイドがこんなにも機敏で軽快なパッセージを奏でることができることに驚く。

そして、なにより魅力的なのは音色のまろやかさ。スタージョンの記述とはうらはらに、高音での鼻にかかったような音色は官能的と言ってもいいほど。チューバとはぜんぜん違った魅力がある。

オフィクレイド奏者パトリック・ヴィバールによるアルバム「The Virtuoso Ophicleide」

フランスで活躍した作曲家でフルート奏者のジュール・ドゥメルスマン(1833〜1866)。

スタージョンの小説では、主人公はやがてオフィクレイドに見向きもしなくなって、あぜんとする結末を迎える。さすがにオフィクレイド奏者を目指すという展開にはなりようがなかったか。

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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