読みもの
2024.04.10

『レコ芸』歴代編集部員が選ぶ 心に刺さった批評#1 12年かけて作曲家のイメージを刷新

昨年7月号で休刊した月刊誌『レコード芸術』を、内容刷新のONLINEメディアとして再生させるべく、2024年5月24日までクラウドファンディングによる『レコード芸術』復活プロジェクトを実施中! それにちなみ、『レコ芸』歴代編集部員の記憶に残る“心に刺さった批評”をご紹介していきます。

中沢十志幸
中沢十志幸 音楽之友社 出版局

東京生まれの千葉県育ち。大学の文学部を卒業後、音楽之友社に入社、1991年から、若干の空白を挟み、『レコード芸術』編集部に所属、2007年より同誌編集長。13歳からク...

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イギリスの指揮者マーク・エルダーが、手兵のハレ管弦楽団(マンチェスター)と足掛け12年の歳月をかけて完成させたヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集&管弦楽曲集。ハレ管といえば、私たちの世代にとってはバルビローリのオーケストラというイメージが強いのですが、このオーケストラがエルダーとともに、これまでの作曲家のイメージを覆すような名演を成し遂げたことを言葉巧みに綴ってくれています。保守的と評されてきたこの作曲家が、新しいことにも積極的に取り組んでいたことが、手に取るようにわかりました。

(中沢十志幸・2007~2018年編集長)

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ヴォーン・ウィリアムズ/交響曲全集 マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団、同合唱団、他〈録音:2010・10~2021・11 マンチェスター〉[ハレCDHLD7557JP]

ヴォーン・ウィリアムズ/交響曲全集

満津岡信育 推薦 

マーク・エルダーは、オペラ・ハウスとコンサートの双方で活躍し、コンスタントに新譜も登場しているとはいえ、イギリスでの高評価に比べて、日本での知名度は今ひとつに留まっている。その原因のひとつは、ハレ管の自主レーベルが、オフィシャルCD-Rの形でリリースする形に舵を切ったことに起因していると思われる。プレスされたCDとスペック的には同等であると説明されてはいるが、筆者も正価での購入は躊躇することが多い。それだけに、今回ヴォーン・ウィリアムズ(以下RVWと略)の記念年に、日本向けにCDによる交響曲全集セットがリリースされたことを喜びたい。

すでに20年以上にわたってハレ管を率いているエルダーは、2010年10月に録音した《ロンドン交響曲》(第2番)を皮切りに、着実なペースで全集の完成を目指し、海外盤では、6点7枚のディスクが登場済みであったが、今回、2019年録音の《南極交響曲》(第7番)と2021年録音の第9番をもって、めでたく完結し、交響曲全集として5枚組で登場した次第である。

エルダーは、9曲の交響曲を通じて、オーケストレーションを明快に打ち出しながら、バランス感覚に富んだサウンドづくりを実現。このアプローチによって、9曲の個性がそれぞれ浮き彫りになる点が興味深い。したがって、RVWに対して、田園的な情緒、古色蒼然としたロマンティシズム、ノスタルジックな甘さ、落日の大英帝国といったイメージを抱いている愛好家には、このセットは大いなる発見に満ちていると思う。

《海の交響曲》(第1番)では、オーケストラと独唱者および合唱を巧みに統制して、楽曲にみなぎるドラマや祈りをきちんと引き出している。《田園交響曲》(第3番)と第5番も、穏やかな響きを一様に敷き詰めるのではなく、各楽想に応じて明瞭に描き分けているのが新鮮だ。その逆に、作曲者の不安や戦争の影が刻印されているとされる第4番と第6番では、不協和音を鋭く鳴らしてエキセントリックに盛り上げるのではなく、楽曲が孕んでいるさまざまな要素を無理なく表出することによって、奥行きに富んだ世界を形づくっている。第7~9番も、RVWが老大家として後ろだけを向いているわけではなく、彼が奥深くに抱えていた怒りの感情をはじめ、さまざまな要素を垣間見せてくれる。バルビローリ時代からRVWを演奏してきたハレ管が、エルダーのタクトに見事に応えている点も聴きものである。

(初出:『レコード芸術』2022年12月号)

中沢十志幸
中沢十志幸 音楽之友社 出版局

東京生まれの千葉県育ち。大学の文学部を卒業後、音楽之友社に入社、1991年から、若干の空白を挟み、『レコード芸術』編集部に所属、2007年より同誌編集長。13歳からク...

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