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2022.09.14

エリザベス女王を偲んで~その功績を讃えてきた 音楽と英国王室の深い関係

歴代最長となる70年にわたって君臨してきたエリザベス女王が9月8日、96歳の生涯を閉じました。19日には、ロンドンのウェストミンスター寺院で国葬が執り行なわれます。この国葬や戴冠式をはじめ、王室の重要な行事の音楽を作曲する「王室音楽師範」という役職が英国王室にはあり、これまで多くのクラシック音楽の作曲家がこの名誉職を担ってきました。この記事ではエリザベス女王の少女時代までさかのぼり、女王の生涯を彩ってきたクラシックの名曲の数々をご紹介します。

等松春夫 
等松春夫 

防衛大学校国際関係学科教授。国際日本文化研究センター客員教授。オックスフォード大学博士(政治学・国際関係論)。政治外交史や戦争史の研究と教育に従事。1991~97年の...

英王室歴代最長在位となった2015年9月9日のエリザベス女王
写真:代表撮影/ロイター/アフロ

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エリザベス女王のために書かれた最初の音楽作品

17世紀以来「王室音楽師範」(Master of the King’s/Queen’s Music) という公職が宮中に置かれていることからもわかるように、英国王室と音楽の関係は深い。

20世紀以降の王室音楽師範にはエルガー、バックス、ブリス、マックスウェル=デイヴィスらが名を連ねている。これらの王室音楽師範をはじめ、錚々たる作曲家たちが歴代の君主と王室のために作品を書いてきた。

つい先頃崩御したエリザベス2世女王も例外ではなく、彼女に因む数多くの作品が生まれた。

エリザベスは1926年4月21日に、国王ジョージ5世の次男ヨーク公の長女として誕生した。4年後には妹のマーガレットが生まれる。当時の王室音楽師範はエドワード・エルガー(1857~1934)である。

エルガーは交響曲やオラトリオの大作で知られ、1902年にはジョージ5世の父君エドワード7世のために荘重な《戴冠式頌歌》(その一部が合唱曲〈希望と栄光の国〉となる)を書き、1910年の崩御にあたっては、「交響曲第2番」を王の想い出に捧げた。

 

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エドワード・エルガー(1857~1934)。創作主題による変奏曲《エニグマ》、チェロ協奏曲、行進曲《威風堂々》、ヴァイオリンとピアノのための小品《愛のあいさつ》がよく知られている

1930年にエルガーは幼いエリザベスとマーガレットの2人の王女たちのために、演奏時間約20分の管弦楽のための組曲《子供部屋》を作曲した。翌1931年にエルガー自身が指揮した演奏会に、5歳のエリザベスは出席している。

《子供部屋》は、フルートやヴァイオリンのソロが活躍するチャーミングな佳曲である。おそらくこれが、エリザベスのために書かれた最初の音楽作品であろう。

エドワード・エルガー《子供部屋》

エリザベス女王の父の即位を祝った 吹奏楽の定番行進曲

1936年1月、ジョージ5世が崩御し、長男の皇太子エドワードが王となった。しかし、新国王エドワード8世は離婚歴のある米国女性シンプソン夫人との結婚を選択し、1年足らずで王位を捨てた。

期せずして王位を継ぐことになったのが王弟ヨーク公、すなわちエリザベス王女の父君である。映画『英国王のスピーチ』で吃音の克服に苦闘したあの人物である。王位継承順位第1位となった10歳の少女エリザベスの双肩に、大英帝国の未来が託された。

1936年12月、ヨーク公は即位してジョージ6世となった。翌1937年の戴冠式に際して書かれた祝賀音楽で、こんにちでもよく演奏されているのがウィリアム・ウォルトン(1902~1983)の行進曲《帝冠》である。

ジョージ6世の戴冠式

ウィリアム・ウォルトン《帝冠》

第2次世界大戦中も空襲下のロンドンを離れず、国民と苦楽を共にしたジョージ6世は、過労が祟り、1952年に56歳の若さで亡くなった。かくして26歳のエリザベス王女が王位に即くこととなる。

エリザベス女王戴冠式に書かれた名作行進曲と「不敬な」作品

1953年6月2日、エリザベス2世の戴冠式が挙行された。マルコム・アーノルド、レノックス・バークリー、ティペット、ウォルトンらが祝賀の音楽を書いている。

ウォルトンが女王の父君ジョージ6世のために行進曲《帝冠》を書いたことはすでに述べたが、若き女王のためにも行進曲《宝冠と王杖》を捧げている。

吹奏楽の定番になっている2つの名作行進曲は、2代の英国王の戴冠が契機となって生まれたのであった。

戴冠式のドレスに身を包んだエリザベス女王

ウィリアム・ウォルトン《宝冠と王杖》

いささか変わっていたのが、ベンジャミン・ブリテン(1913~1976)である。

戴冠祝賀週間に、コヴェントガーデン王立歌劇場において新作オペラ《グロリアーナ》が初演された。

「グロリアーナ」とは、スペイン無敵艦隊を破り、大英帝国興隆の礎を築いた16世紀の同名の偉大な女王エリザベス1世の尊称である。

しかし、この新作は権謀術数渦巻くテューダー朝の宮廷を舞台に、はるか年下のエセックス伯爵との恋に悶える、猜疑心と虚栄心が強いエリザベス1世を生々しく描いていた。

ベンジャミン・ブリテン(1913~1976)。オペラ《ピーター・グライムズ》、室内オペラ《ねじの回転》《夏の夜の夢》、《戦争レクイエム》、《青少年のための管弦楽入門(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)》などで知られる

ベンジャミン・ブリテン《グロリアーナ》

このような「不敬な」作品は、若き清新な女王の門出を寿ぐ作品とは程遠い。初演の評価は芳しくなく、興業的にも失敗に終わった。

しかし、本公演に先立つプレヴューを観たエリザベス2世には好評であったといわれる。

2013年、エリザベス女王戴冠60年記念の年にコヴェントガーデン歌劇場で久方ぶりに上演された《グロリアーナ》では、このプレヴューのエピソードが演出に取り入れられた。

エリザベス女王が最初に果たした大任を音楽で祝う

戴冠式を終えたエリザベス2世の最初の大きな公務は、コモンウェルス(英連邦)諸国への表敬訪問であった。

英国の君主は、旧大英帝国の同窓会とでもいうべき英連邦の元首でもある。1953年末から54年半ばに、女王は半年をかけて12の英連邦諸国を歴訪し、友好親善を深めた。大任を成功裡に果たして帰国した女王を、英国民は熱烈に歓迎した。

この時の王室音楽師範アーサー・ブリス(1891~1975)は、帰国歓迎行事のために行進曲《ようこそ女王よ》を書いた。

ブリスは1964年のロンドン交響楽団の来日公演に同行し、イシュトヴァン・ケルテス、コリン・デイヴィスらと並んで指揮をしたことでも知られる。
アーサー・ブリス(1891~1975)。エルガー、バックスを継いで王室音楽師範となる。《色彩交響曲》、バレエ《チェックメイト》、《アダム・ゼロ》など個性的な作品を多く書いた。H.GウェルズのSF小説に基づく
映画「Things to Come(来るべき世界)」の音楽でも知られる

アーサー・ブリス《ようこそ女王よ》

チャールズ皇太子誕生のための組曲

2022年9月8日、エリザベス女王は96歳の生涯を閉じ、長男である皇太子チャールズが王位を継承した。

1948年11月にチャールズが誕生したとき、マイケル・ティペット(1905~1998)が《チャールズ皇太子誕生のための組曲》を書いている。

チャールズ皇太子を抱くエリザベス女王(中央)。左は父のジョージ6世、右は母のエリザベス、後ろは夫のエディンバラ公爵フィリップ王配。チャールズ皇太子の命名式の後に

マイケル・ティペットチャールズ皇太子誕生のための組曲

ティペットは、第2次世界大戦中に良心的兵役拒否を貫いて投獄までされたが、それでも王室への敬愛の念を失わなかったところが英国らしい。

新国王チャールズ3世は、イギリス室内管弦楽団、ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団、BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団、ウェールズ・ナショナル・オペラ、コヴェントガーデン王立歌劇場などのパトロンを務める、音楽に造詣の深い君主である。

これからのチャールズ3世の御代には、いかなる音楽作品が生まれるのであろうか。

等松春夫 
等松春夫 

防衛大学校国際関係学科教授。国際日本文化研究センター客員教授。オックスフォード大学博士(政治学・国際関係論)。政治外交史や戦争史の研究と教育に従事。1991~97年の...

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