読みもの
2021.04.05
体感シェイクスピア! 第1回

シェイクスピアは型破り?『ロミオとジュリエット』のバルコニーシーンを解く

文豪シェイクスピアの作品を、原作・絵画・音楽の3つの方向から紹介する連載がスタート!
第1回は、名作『ロミオとジュリエット』。シェイクスピアの原作に見る天才性や音楽的効果、シェイクスピアに魅せられた作曲家・ベルリオーズとの類似性、そして誤解されがちな「バルコニーシーン」の真相を絵画でも深堀りします。

ナビゲーター
齊藤貴子
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齊藤貴子 イギリス文学・歴史文化研究者

上智大学大学院文学研究科講師。早稲田大学および同大学エクステンションセンター講師。専門領域は近代イギリスの詩と絵画。著作にシェイクスピアのソネット(十四行詩)を取り上...

ウィリアム・ハサレル《おおロミオ、ロミオ、あなたはなぜロミオなの?》(1912年、テート・ギャラリー蔵)

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天才シェイクスピア、名作は基本を打ち破ってこそ生まれた!?

びっくりするくらい型破り。それでいて勘どころは外さない。つまりは大胆で誠実。人の目を惹く「才能」ってものを言葉にすれば、たぶんこういうことになるのだろう。

だとすれば、十六世紀イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアは、やはりありあまるほどの才能に溢れていた。

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ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)
イングランドの劇作家、詩人。
四大悲劇『ハムレット』『オセロ』『リア王』『マクベス』をはじめ、数多くの傑作を残し、英国演劇史における最重要人物といえる。

まず、彼はとんでもなく型破り。16世紀当時にあって、劇作の基本とされていた「三一致の法則」(時と場と筋の一致=1日のうちに1つの場所で起きる1つの出来事を扱う)をことごとく無視して芝居を書いた。実のところその好例が、有名な『ロミオとジュリエット』(1595年前後初演、以下「ロミジュリ」)なのである。

ご存じの通り、「ロミジュリ」は、敵同士の家に生まれ落ちた男女の恋愛悲劇。ふと出会い、思いが通じて結ばれたのも束の間、恋人たちは引き裂かれてすれ違ったまま死んでしまうのだが、これ全部がどだい1日で済むわけもなく、約5日間にわたって進行していく。まあ、出会いから別れまで5日でも短すぎ。そんなに生き急いでどうする? とは思うけれど、三一致の法則なんかご大層に守っていたら、それこそ永遠に書けなかった作品には違いない。

だから、ルールなんて破ってナンボ。この世の制約や束縛には、その意味と必要が感じられるときに甘んじればそれでいいのでは?

セリフに秘められた音楽的な効果を味わう

実際、型破りなシェイクスピアだって、決してルールに縛られるのにやぶさかではなかった。たとえば、ジュリエットが語る有名なバルコニーの場面。

O Romeo, Romeo, wherefore art thou Romeo?

 

おおロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?

シェイクスピアはこの1節を含むジュリエットのセリフ、というより「ロミジュリ」含めた劇作品のほとんどを、1行の中で弱く読む母音と強く読む母音(下線部分)を交互に五回繰り返す「弱強五歩格」という韻律、すなわち詩のルールに従って書いている。

これは誰にでもできる芸当ではなく、シェイクスピアが舞台人であると同時に詩人でもあったからできたこと。詩の規則性がセリフに歌うようなリズムを与え、芝居に願ってもない音楽的な効果をもたらすことを、頭より先に体でもってわかっていた経験主義者ならではの離れ業だ。

BBCが1978年に制作したテレビドラマ『ロミオとジュリエット』 よりバルコニーシーン
弱強五歩格に忠実にジュリエットのセリフが語られている

シェイクスピアを敬愛し、『ロミオとジュリエット』を大胆に描いたベルリオーズ

このように、時に大胆、時に誠実に、ルールを破ったり守ったりしながら創作したのが、16世紀イギリスのシェイクスピア。そして、時代も国もジャンルも違うけれど、ほぼ同種の才能の持ち主であり、いうなればシェイクスピアの精神的子孫のような創作ぶりを発揮したのが、19世紀フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803~1969)である。

事実、ベルリオーズがシェイクスピアに材を得て作曲した劇的交響曲《ロメオとジュリエット》(以下「ロメジュリ」)では、創作する人間としての2人の類似性がいっそう際立つ。

ベルリオーズ:劇的交響曲《ロメオとジュリエット》

というのも、ベルリオーズの「ロメジュリ」も相当に型破りな作品。たしかに管弦楽が主役の交響曲ではあるのだけれど、独唱あり合唱ありで、そのあたりは演技ぬきのオペラみたいなオラトリア風。また、構成上は例のベートーヴェンの「第九」と同じ合唱付き交響曲であるのに、ベルリオーズの場合、歌はあくまで「脇」でしかない。あるいはそうとしか思えないほど、器楽楽章がズバ抜けていい。

エクトル・ベルリオーズ(1803〜1869)
医師である父親の意思を継ぐべく、医学部に進学するものの、解剖の授業で味わった恐怖とオペラへの強い好奇心から、作曲家を志す。
パリ音楽院でフランソワ・ルシュウールに師事し、《幻想交響曲》や《レリオ、または生への回帰》、《イタリアのハロルド》、《ベンヴェヌート・チェッリーニ》など、既存の概念を覆す大規模な作品を多く残した。
文学好きとしても知られ、シェイクスピアの『ハムレット』を初めて観劇したときには「雷に打たれたような衝撃」を受けたと『回想録』に記されている。

実際、合唱が終わったあとに始まる第2部、特に「キャピュレット家の饗宴」と題された管弦楽の華やかさときたら……。

ベルリオーズ:劇的交響曲《ロメオとジュリエット》より第2部「キャピュレット家の饗宴」

舞踏会の夜のさざめきが、目に耳に肌にまざまざと感じられるほどの大オーケストラの躍動感は、まさにベルリオーズの面目躍如。その華やかさには、かの《幻想交響曲》の作者として聴衆の期待を裏切りはしないというたしかな意志を、もしくは、一定の韻律を守って余人に真似できない流麗なセリフを繰り出し続けたシェイクスピアのような、巧者の手堅さを感じる。

実は誤解されがちな「バルコニーシーン」の真意

そうしてひとしきり華麗な舞踏会を満喫したあとに訪れる「愛の場面」。スロウでメロウなこの緩徐楽章こそは、先の「おおロミオ、あなたはなぜロミオなの?」というバルコニーのシーンを表現した箇所にほかならない。

ベルリオーズ:劇的交響曲《ロメオとジュリエット》より第3部「愛の場面」

とかく誤解されがちだが、同じくこの場面を絵画化した19世紀末から20世紀初頭のイギリスの画家ウィリアム・ハサレルの作品が示すように、「おおロミオ~」というのは、実はジュリエットのひとりごと。舞踏会で出会ったロミオを思い、バルコニーでひとり胸を熱くしながら彼女が夜空に向かって放つ、愛の告白ならぬ独白だ。

ウィリアム・ハサレル《おおロミオ、ロミオ、あなたはなぜロミオなの?》(1912年、テート・ギャラリー蔵)
ロミオに向かって「おおロミオ〜」と呼びかけているのではない。

それを木陰で盗み聞きしていたロミオがあわてて飛び出してきて、互いの気持ちを確かめ合って盛り上がっていくというのがバルコニーの場面の真相で、シェイクスピアがここで表現しているのは、恋の高揚、トキメキとドキドキ感。

緩徐楽章で静かに重なり合い、次第に昂ってゆくホルンとヴィオラは、ベルリオーズもそれをちゃんとわかっていた何よりの証。大胆で誠実な才能が紡ぎだした、あの美しいフレーズを聴くたびに、恋がはじまる瞬間の甘美に包まれる。

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齊藤貴子
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齊藤貴子 イギリス文学・歴史文化研究者

上智大学大学院文学研究科講師。早稲田大学および同大学エクステンションセンター講師。専門領域は近代イギリスの詩と絵画。著作にシェイクスピアのソネット(十四行詩)を取り上...

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