読みもの
2022.12.28
体感シェイクスピア! 第21回

『冬物語』における冬から春への描写〜バレエと絵画は言語に頼らずどう表現しているか

文豪シェイクスピアの作品を、原作・絵画・音楽の3つの方向から紹介する連載。
第21回は『冬物語』。物語の前半部はとてもとても暗いけれど、冬の後には必ず春が訪れるように、後半は登場人物が救われるので、ぜひ最後まで読んでみてください。言語芸術である原作が、英国ロイヤル・バレエによる《冬物語》とサンズの絵画では、言葉を使わずにどう表現されているのでしょうか?

ナビゲーター
齊藤貴子
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齊藤貴子 イギリス文学・歴史文化研究者

上智大学大学院文学研究科講師。早稲田大学および同大学エクステンションセンター講師。専門領域は近代イギリスの詩と絵画。著作にシェイクスピアのソネット(十四行詩)を取り上...

アントニー・フレデリック・サンズ《パーディタ》(1866年、個人蔵)

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事の発端はレオンティーズの嫉妬……とも呼べないような身勝手な勘違い

嫉妬。それはあたかも感謝の念のごとく、他者を前にじわりと湧き起こる実に不思議で厄介な感情。どこかの聖人や仙人ならともかく、俗世で普通の人間をやっている限りは、多かれ少なかれお付き合いは避けられない。するにせよ、されるにせよ、だ。

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ゆえに、人間臭さが身上のシェイクスピア作品においても、嫉妬は常に欠くべからざる重要なモティーフとなっている。その最も有名な例は、本連載第6回で扱った四大悲劇のひとつ、誰も彼もが嫉妬によって滅んでゆく『オセロ』だろう。

しかし、負けず劣らず甚だしい嫉妬ですべてが狂いながらも、『オセロ』にはない「赦し」と「再生」のドラマによって、最後には喜びのうちに幕が下りてゆく悲劇とも喜劇ともつかない作品も存在する。それこそが、シェイクスピア後期のロマンス劇『冬物語』にほかならない。

表題は長くて静かな冬の夜、暖炉でパチパチ音を立てて燃えあがる火を前に、一家みんなで暖を取りつつ誰からともなくするような話、という意味。このタイトルのままに、『冬物語』はストーリーとしては確かに家族を中心として、その別離と再会、誤解を乗り越えての和解といった流れで、明るい結末に向かってはいく。

しかしいかんせん、出だしが暗い——。

既に述べたように事の発端は嫉妬。いや、すべてはシチリア王レオンティーズのひとりよがりの思い込み、嫉妬と呼ぶのも憚られるほど身勝手な勘違いから始まるというべきか。

実際このレオンティーズに比べれば、口八丁手八丁の部下イアーゴーのせいで本来ありもしない妻の不貞を信じてしまったオセロのほうが、まだはるかにマシ。本気でそう思えるくらい、彼の嫉妬はタチが悪い。

というのも、誰に何を吹き込まれたわけでもないのに、レオンティーズは自分がふと目にした態度や仕草それだけで、宮廷を訪れていた幼馴染のボヘミア王ポリクシニーズと、みずからの妃ハーマイオニーの仲を疑い出す。不信が高じて友ポリクシニーズの暗殺を命じるも、すんでのところで逃げられると、今度は身重の妃を不義の子を身籠ったとして牢に入れる。

もちろんお腹の子はレオンティーズ自身の子で、妃は絶望に打ちひしがれながらも、獄中で第2子となる娘(彼との間には既に王子がひとりいる)を産み落とす。

が、レオンティーズはその女の子を頑として自身の王女と認めようとはしない。妃の侍女ポーライナが「陛下のお子です(It is yours)」と直訴しても一切聞く耳を持たず、あまつさえポーライナの夫アンティゴナスに、赤ん坊をどこかよその国に捨ててしまえと、「この剣にかけて(Swear by this sword)」必ず捨ててこいと命じる始末。
ルイス・リード《レオンティーズに生まれたばかりの赤ん坊への慈悲を乞うポーライナ》(1918年、チャールズ・ラム『シェイクスピア物語』挿絵より、フォルジャー・シェイクスピア・ライブラリー蔵)
ジョン・オピー画、ジャン・ピエール・サイモン彫版《ンティゴナスに生まれたばかりの赤ん坊を捨ててこいと命じるレオンティーズ(『冬物語』第2幕第3場)》(1793年、アメリカ議会図書館蔵)

あまりの仕打ちに妃ハーマイオニーは命を落とし(たと見せかけて、本当は侍女ポーライナの計らいで生きている)、そんな母恋しさに跡継ぎの王子も悶死して、レオンティーズはようやく己の非を認め悲嘆にくれる——というのが『冬物語』前半部分、第3幕までのあらすじだ。

シェイクスピアの悲劇のお約束

正直ここまでは「冬物語」の名に相応しい内容とはいいがたい。家族みんなで楽しく暖炉の火を囲んでいる冬の夜に、こんな悲惨な一家離散の話を始めたら、ちょっとは場の空気を考えろ! と外につまみ出されそうである。

せめてもの救いは、捨てられた赤ん坊が親切なボヘミアの羊飼いに拾われ、パーディタ(Perdita:ラテン語で「失われたもの」の意)と名付けられて、レオンティーズの知らないところで美しい娘に成長すること。しかし表向き、彼の家族は誰ひとりいなくなってしまうのだから、『冬物語』の前半は「身から出た錆」を地で行く悲劇としかいいようがない。

この種の深刻な悲劇性は往々にして、主役の長い独白や傍白をつうじて、読者や観客にアピールされる。それがシェイクスピア作品のお約束。なるほど、ちょっと思い返してみただけでも「生きるべきか死ぬべきか(To be, or not to be)……」の『ハムレット』然り、「明日、明日、明日(Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow)……」の『マクベス』然り。となればもちろん、前半が完全な悲劇となっている『冬物語』も然り。

Too hot, too hot!

To mingle friendship far is mingling bloods.

熱すぎる、熱すぎる!

熱く行き過ぎた友情はやがて血の交わりとなる。

 

妻と友の親しげな姿に「行き過ぎた友情」を感じ、やがてふたりは血液すなわち体液の「交わり」を持つにちがいないと勝手に思い込むこの第1幕第2場に始まって、続く2幕3幕でもその都度、レオンティーズは己のドス黒い心情をひとり吐露してゆく。やはりハムレットの有名な「言葉、言葉、言葉(Words, words, words)」の台詞じゃないけれど、まこと「言葉」はいくら強調してもし過ぎることがないほどの、シェイクスピア劇の生命線。

言葉が生命線のシェイクスピア作品を言葉なしで表現するバレエ『冬物語』

しかし、この生命線をみずから潔く断ち切り、能う限りの非言語的手段を駆使して『冬物語』の悲劇性の再現に果敢に挑んだ作品がある。それは舞踏と音楽と美術からなる総合芸術。どこからどう見ても演劇と呼ぶしかない確かな物語性を誇りながらも、台詞もなければオペラと違って歌詞も一切なしの、イギリス、ロイヤル・バレエの『冬物語』である。

クリストファー・ウィールデンが振付を、ジョビー・タルボットが音楽を担当した本作は、カナダ・ナショナル・バレエとの共同制作でロイヤル・バレエが実に半世紀ぶりに世に送り出したシェイクスピア作品(プロコフィエフの楽曲に基づく1965年の『ロミオとジュリエット』以来)。2014年のロイヤル・オペラ・ハウスでの初演当時から高い評判を得て、2018年の再演時には平野亮一や金子扶生、高田茜といった日本人ダンサーが登場して大いに話題をさらったし、シアターライブ(映画館での映像上映)もあったので、きっとご記憶の向きも多いはず。

ロイヤル・バレエ『冬物語』の舞台映像

全3幕のフルレングス・バレエ《冬物語》の大きな特徴のひとつは、各幕の明暗の対照。特にいかなる意味でもとびきり暗いのが、先に紹介したシェイクスピアの原作前半を凝縮した第1幕。極限まで照明が落とされた漆黒の闇のなか、黒の衣装を身に着けたダンサーたちの群舞から始まるオープニングでは、限られた色と光が主要キャストたちの区別と明示のために効果的に機能し、ある意味そのためだけに存在しているといってもいい。

ほどなく冷たい彫像と階段から成るシチリアの宮廷に場面が移っても、事情は大して変わらない。群舞の女性たちのドレスを別にすれば、舞台上に色といえる色はなく、当初は紫のドレス姿だった妃のハーマイオニーも、身の潔白を証明する法廷シーンでは真白の衣装で現れて、観客の目の前には荒涼とした白と黒の世界が広がるばかり。

そんなふうにモノトーンの憂いに包まれたシチリアの宮廷で、誰より何より際立つのが、指先までピンと張り詰めた緊張感を決して切らすことなく、病的なまでに刺激的に踊りつめるレオンティーズである。初演時にこの役を演じたエドワード・ワトソンは、鍛えぬいた鋼の四肢の末端、文字通り手指の先まで神経を尖らせ行き渡らせて、これでもかと嫉妬に身悶えてみせる。

長い脚同様に筋張った、10本のおそろしく長い指。その指全部を使って、下から上へ全身を掻きむしるように撫でまわしたあと、今度は頭ごと顔を包み込み、芋虫のように頬に指を這わせて表情を歪めていく……。タルボットの叩き出す破滅的なトーン・クラスターの音を背に浮かび上がるウィールデンの異様な振付は、嫉妬とは狂気であって、バレエとは全身全霊で踊りつくす激情の演劇なのだと、あらためて確信させずにはおかない。

エドワード・ワトソン演じるレオンティーズ

冬から春へ、悲劇から喜劇へ

この第1幕と何から何まで対照的で、誰をも明るく楽しい気持ちにさせるのが第2幕。シチリアの王女であることを知らずに羊飼いの娘として育てられたパーディタと、ボヘミアの王子フロリゼルの恋のシーンだ。

羊飼いの恋、特に王子様と女羊飼いの組み合わせは、紀元前の昔よりヨーロッパに存在してきた「パストラル(Pastoral)」と呼ばれる田園詩および牧歌劇の伝統的主題。現実ではなく理想郷としての鄙びた牧場で、日がな1日恋を語りあうというのが典型的なパストラルの構造であって、バレエ《冬物語》第2幕も間違いなく、この伝統にのっとって構成されている。

というのも、各人のソロで物語の筋を丁寧かつリアルに説明していた前幕とはうってかわり、第2幕では説明的要素は徹底的に省かれ、フロリゼルとパーディタの抒情的なデュエットと、村人たちのひたすら明るいアンサンブルダンスが中心となっている。このどこまでも牧歌的で祝祭的な気分の演出に大いに寄与しているのが、舞台美術と音楽。

『冬物語』第2幕のリハーサル、舞台映像

第2幕の幕開けと同時に真っ先に目に飛び込んでくる、舞台中央の大きな木。瑞々しく青々とした葉を伸ばし、金銀の煌びやかなオーナメントで彩られた大木は、まさしく現実ではなく理想郷のそれ。メルヘンな田園世界、パストラルの雰囲気そのものである。  

その雰囲気は、アコーディオンや木管、太鼓の類が奏でる田舎風の民族的な愉快な調べで、さらに一層助長されてゆく。これら楽器奏者をピットから出し、演者としてダンサーと一緒に舞台に上げてしまう演出プランも、さすがシェイクスピアの国イギリスのロイヤル・バレエといったところ。恋を盛り上げる木陰での笛や弦の楽奏もまた、欠かすことのできないパストラルの要素。つまりは知る人ぞ知る芸術的伝統であるから、通というか粋の極みだ。

輝く大きな木の下で、タルボット作曲のフォークとしかいいようのないメロディに身を任せ、唇よせ合いながらくるくると舞い踊るフロリゼルとパーディタ。この恋する若いふたりと、どこか懐かしいパストラルの風景と音楽が支配する第2幕に漂うのは、非現実的な常春の気分。あるいは、第1幕の冬のような世界の後だからこそ一層ありがたく感じられる、春の暖かい空気にほかならない。

シェイクスピアの原作では、第3幕までの氷のような嫉妬の悲劇のあと、口上役の「時」が登場して、16年の歳月が流れパーディタが美しく成長したと述べるところから劇後半が始まる。王女でありながら羊飼いの娘として生きのび、父レオンティーズがかつて誤解から恋敵と憎んだボヘミア王ポリクシニーズの息子フロリゼルと運命の恋におちるパーディタの存在あればこそ、バレエでもシェイクスピアの原作でも、『冬物語』には本来その名にふさわしい家族の大団円が訪れる。

恋する若いふたりの親同士が互いを赦し、王女と王子の新しい門出のために、死んだことになっていた妃ハーマイオニーも彫刻に扮して夫レオンティーズの前に現れ、そのまま動き出して「再会」と「再生」を果たす。妃をかくまい人知れず苦労してきた侍女ポーライナも、それでようやく報われる仕組みだ。

「春の女神」になぞらえて描かれるパーディタ

冬から春へ、死のような嫉妬を経て再会と再生へ——。この『冬物語』の鮮やかな転調を、舞踏・音楽・美術の総合芸術として21世紀に表現したのがロイヤル・バレエなら、ひと昔前の19世紀に、1枚の絵としてひと足早く非言語的手段に訴え象徴的に示していたのが、イギリスの画家アントニー・フレデリック・サンズの《パーディタ》である。

アントニー・フレデリック・サンズ《パーディタ》(1866年、個人蔵)

描かれているのは、画面いっぱいの花々と草木を背にした羊飼いの娘。花冠のパーディタの半身像だ。いつかどこかで見たような既視感は、おそらくはサンドロ・ボッティチェリの名画《春》の右から数えて3人目、春の女神フローラがもたらすもの。

19世紀後半のイギリス絵画、なかでも色彩豊かな女性の半身像に、イタリア・ルネサンス絵画の尋常ならざる影響が認められるのは、イギリス美術史上の周知の事実。サンズの絵もその例証のひとつではあるのだが、ボッティチェリの描いたフローラとの酷似は、とりもなおさずサンズがパーディタを「春の女神」になぞらえて描いていることを意味している。

サンドロ・ボッティチェリ《春》(1477~78年、ウフィツィ美術館蔵)
ボッティチェリ《春》のフローラ(部分拡大図)

『冬物語』の悲劇を終わらせるパーディタが登場するには、16年の時を待たねばならなかったが、冬来たりなば春遠からじ。舞台のうえや絵のなかで、春の女神のような彼女の姿を見るにつけ、悲劇が悲劇のまま終わると決めつけるにはまだ早いと、そう思わずにはいられない。

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上智大学大学院文学研究科講師。早稲田大学および同大学エクステンションセンター講師。専門領域は近代イギリスの詩と絵画。著作にシェイクスピアのソネット(十四行詩)を取り上...

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