読みもの
2021.07.20
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その56

サラバンド:アメリカ発祥? ヨーロッパでは卑猥すぎて禁止令!? 意外な歴史を紹介

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

ジョン・ウィリアム・アリソン《サラバンド》(1937年)

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パルティータなどの組曲の中で、よく登場するサラバンド。宮廷で好んで踊られた踊りの一種で、アルマンドクーラント、ジグとともに人気を得ました。サラバンドは、3拍子のかなりゆったりした踊りが特徴です。

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サラバンドという言葉の語源にはいくつかの説があるのですが、その中でも有力な2つをご紹介します。

1つは、スペイン語で夜会、大騒ぎという意味のsaraoと、集団という意味のbandaが組み合わさった「集団で騒ぎ踊る」が語源だという説。

もう1つは、中世ヨーロッパにおいて、イスラム人を指す言葉、サラセンからきているという説です。

アメリカ生まれのサラバンド

さて、サラバンドの起源をみてみましょう。なんと、サラバンドが誕生したのは、メキシコをはじめとしたラテン・アメリカだと言われています(当時の綴りはzarabanda)。

サラバンドという言葉は、1539年、ペルーの宣教師フェルナンド・グズマン・メヒアが書いた詩の中で、初めて登場します。その後も、多くの資料において、「中米でサラバンド(またはサラバンダ)が踊られていた」という記述が見られます。

ここで、こんな疑問が出てくるかと思います。「サラバンドは、アメリカ大陸発祥なのに、なんでイスラム人が語源なの?」

ここで、スペインとアメリカ大陸の歴史をおさらいします! スペイン(または現在のスペインがあるイベリア半島)は、711年から1492年まで、イスラム系の王朝によって支配されます。例えば、スペインの有名な観光地であるアルハンブラ宮殿は、イスラム王朝だったナスル朝の首都に建てられたイスラム式の宮殿であるように、現在でもスペインではイスラム文化の名残が垣間見えるのです。その後、1492年にコロンブスがカリブ海の島に到達したことを発端とし、スペインやポルトガルから多くの人がアメリカ大陸に入植します。

サラバンドがどのようにイスラム人と関係あるのかは未だ不明ですが、少なくとも、イスラム文化と深く関わりのあるスペイン人がアメリカ大陸に入植した経緯があるのです。

当時のサラバンドは、かなりエネルギッシュで速い曲だったようで、同じくラテンアメリカで踊られていたシャコンヌに代わって人気を得て、16世紀末になってからヨーロッパへ伝わります。

ブリセーニョ(1610?~1630?):サラバンダ・シャコーナ

サラバンド禁止令とラ・フォリア

しかし、ヨーロッパでのサラバンドは、アメリカ大陸のものとは、少し違うようでした。グルーヴ感のある、速い踊りではなくなり、ゆったりとした、卑猥な踊りとなったのです。

次の文は、1596年、スペインの人文科学者アロンソ・ロペス・ピンシアーノ(1547~1627)がサラバンドについて著述したものです。

「若い女の子がギターと一緒に踊り歌い、横では中年の女性が、その汚い口から卑猥な言葉を発しながら、いやらしい動きで踊る……その動きに合わせてサラバンドも激しさを増す……」

この文からもわかる通り、サラバンドは相当卑猥な踊りだったのです。そのため、1583年と1614年に「サラバンド禁止令」が出されましたが、この間も、裏社会ではサラバンドが踊り続けられていました。

ゆったりとした雰囲気から、段々と狂ったように激しくなるサラバンドって、どんなサラバンドだったのでしょう……?

段々と激しくなっていくサラバンドは、15世紀にポルトガルのフォリアという踊りと組み合わさり、その様子を留めています。フォリア(folia)は、スペイン語で「狂気の沙汰という意味で、英語のfoolとは親戚の言葉です。

コレッリ:ソナタ 作品5-12「フォリア」、冒頭主題。
アダージョと書かれ、ゆったりとした雰囲気から始まりますが……
コレッリ:ソナタ 作品5-12「フォリア」、最終変奏。
次第に速くなり、最後はものすごい速さで曲を閉じます。まさに、狂気の沙汰です。

フォリアの例

1. マルチネス:フォリア
2. A.スカルラッティ:ラ・フォリアの主題による変奏曲
3. コレッリ:ソナタ 作品5-12 ニ短調「ラ・フォリア」
4. バッハ:カンタータ第212番《俺たちの新しいご領主に》〜「俺たちの素敵な領主様」
5. ヘンデル:組曲 ニ短調 HWV437〜第3曲 サラバンド 

サラバンド禁止令が解かれ、17世紀にはゆったりとした曲調が人気を得て、特にフランスの宮廷で踊られるようになります。速いサラバンドは、あまり踊られなくなりました。ここでは、ゆったりとした曲調に合わせて、厳かな振り付けで踊られたので、卑猥な要素はなくなりました。

のちに宮廷で踊られなくなっても、サラバンドの音楽そのものは多くの作曲に愛され、芸術作品としてのサラバンドが書かれました。

このように、サラバンドは海を渡り、さまざまな変遷をたどってきた踊りだったのです。

サラバンドを聴いてみよう

1. プレトリウス:クーラン・サラバンド(速いサラバンド)
2. プレトリウス:ラ・サラバンド(遅いサラバンド)
3. ブラームス:サラバンド イ短調
4. ブラームス:弦楽五重奏曲第1番 ヘ長調 作品88〜第2楽章 (自作のサラバンドの編曲)
5. グリーグ:《ホルベルク組曲》〜第2曲 サラバンド
6. ブリテン:《シンプル・シンフォニー》〜第3楽章 感傷的なサラバンド

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

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