アパッシオナート:「情熱的」はテンポとは関係ない? ベートーヴェンが多用した楽語
楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第88回は「アパッシオナート」。
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
情熱的な音楽には、どの時代の作品も決して色褪せず、飽きることのない音楽が多いですね! 作曲家が、演奏者に情熱を込めて演奏してほしいと思った箇所に、書いた用語があるのですが、それこそが「アパッシオナート」という言葉なのです。
アパッシオナートはイタリア語で「情熱的に」という意味ですが、もともとの形は「熱中させる」という意味を持つ動詞appassionareで、その過去分詞の形です。広義には、他にも「情熱をかき立てて」や、「感動させて」という意味まであるんです! 英語にもpassionateという形容詞があり、同じ意味を持ちます。
さて、アパッシオナートという言葉が音楽史でどのように使われてきたかを見ていきましょう。最初にアパッシオナートが使われたのがどの曲なのかは定かではありませんが、最初にアパッシオナートを多用した作曲家は、あのルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンです。たしかにたくさん使いそうですよね……。
情熱的なベートーヴェンの作品といえば、きっと「ピアノ・ソナタ第23番《熱情》」が浮かんでくるかもしれません。たしかに激情的なほど熱い作品ですが、実は、アパッシオナートという言葉は楽譜の中には一度も出てこないんです!!
ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番 へ短調 作品57《熱情》〜第1楽章 アレグロ・アッサイ
ではどんな作品に使われているかというと、初期の作品ですと「ピアノ・ソナタ第2番 作品2-2」が挙げられます。しかも、とてもテンポの遅い第2楽章で、ラルゴ・アパッシオナート(ゆっくりと、情熱的に)という速度記号として使われています。他にも、「弦楽四重奏曲第1番 作品18-1」の遅いテンポの第2楽章でも、アダージョ・アフェットゥオーソ・エド・アパッシオナート(ゆったりと、愛情を込め情熱的に)という指示が使われています。
……決してテンポの速い曲だけが情熱的ではないということがわかります。
シューベルトの作品においても、とても極端な例があります。ピアノ三重奏のために書かれた「ノットゥルノ D.897」は、アダージョというゆっくりとしたテンポに加え、ピアニッシモで演奏されるピアノのシンプルな伴奏にアパッシオナートという指示があるのです!
ロマン派以降(19世紀以降)は、テンポが速い作品に多く使われるようになりましたが、きっとベートーヴェンが意図した情熱は、ただ表に出すのではなく、どこか秘めたものこそが、本当に熱い情熱と考えていたのかもしれませんね……!
アパッシオナートを聴いてみよう
1. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第2番 作品2-2 イ長調〜第2楽章 ラルゴ・アパッシオナート
2. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番 へ長調 作品18-1〜第2楽章 アダージョ・アフェットゥオーソ・エド・アパッシオナート
3. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132〜第5楽章 アレグロ・アパッシオナート
4. シューベルト:ノットゥルノ 変ホ長調 D.897
5. メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 作品64〜第1楽章 アレグロ・モルト・アパッシオナート
6. シューマン:《序奏とアレグロ・アパッシオナート》作品92
7. サン=サーンス:《アレグロ・アパッシオナート》作品70
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