読みもの
2024.02.06
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その90

通奏低音:指揮者の役割や即興性が求められ、必要作曲家が熱心に学んだ分野

楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第90回は「通奏低音」。

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

ヨハネス・フォールホウト(1647〜1717)《音楽家の集まり》(1674年)

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楽語シリーズ、90回目にして初めての日本語です! もしかするとあまり聞き慣れないという方もいらっしゃるかもしれませんし、はたまたよくご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

通奏低音は、もちろん音楽用語なのですが、音楽以外の分野でもたまに用いられることがあります。

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通奏低音とは、主に18世紀までの音楽において、継続して演奏される低音部(バス)のことを指します。よく、持続低音(ある一つの音が持続的に低音で演奏されるもの)と間違えられますのでご注意を!

ブラームス:《ドイツ・レクイエム》第3曲より
赤い矢印で示してある音は持続低音です。
バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ ト長調 BWV1021 第1楽章
数字が記されている下のパート(チェンバロ)は、通奏低音です。

イタリア語では、「継続的に演奏されるバス」という意味のbasso continuo(バッソ・コンティヌオ)、ドイツ語では「原則的なバス」という意味のGeneralbass(ゲネラルバス)と呼ばれますが、この呼び名からも、通奏低音がどのような役割を果たしているかが、なんとなくわかるかと思います。

バスの記事でも少し紹介しましたが、音楽においてバスはなくてはならないものです。いわゆる、メインではないけど縁の下の力持ちとして、音楽の大切な役割を担っているのが、古典派までの音楽における通奏低音なわけです。

その通奏低音は、場合に応じて変わりますが、基本的にオルガンチェンバロ、リュート、そしてヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ、ヴィオローネやファゴットなどの低音楽器が演奏します。

通奏低音の楽譜には、音符の下に数字が書いてあるのですが、これはハーモニーを表しており、オルガンやチェンバロのような鍵盤楽器や、リュートなどの撥弦楽器が、そのハーモニーに応じて即興的に演奏します。すなわち、自由な伴奏というような感じです!

アニエロ・ファルコーネ(1600〜1656)《演奏会》

さて、通奏低音の歴史を見ていきましょう! 通奏低音の草創期は、1600年ごろです。まず、イタリアの作曲家ガブリエーリ・ファットリーニ(生没不明。活動時期は1598〜1609)が、「2声による宗教的協奏曲(Sacri concerti a due voci)」に、オルガンによる通奏低音(bassus generalis)をつけ、その2年後に彼のライバルだったロドヴィコ・ヴィアダーナ(1560?〜1627)も、自身の作品に通奏低音をつけるようになりました。

ヴィアダーナ:「10の聖なる協奏曲」より2声と通奏低音のための “Doleo super te”

その後、オルガンやチェンバロなどの鍵盤楽器は、通奏低音を弾く伴奏専門の楽器のような役割を担うようになりました。オペラにおいても、レチタティーヴォのほとんどは、通奏低音のみによる伴奏です。

しかし、左手で演奏する一番下の音以外は自由に演奏しなければならないので、なかなか簡単なものではありませんでした。そこで、さまざまな作曲家が「通奏低音はこうやって演奏するといいよ!」という教本、いわゆるガイドブックを書きました。

そして時代が進むにつれて、ハーモニーは複雑になり、簡単に伴奏できなくなってきました。しかし、即興しながらもきれいなハーモニーで、ルールに則って演奏する必要があります。そこで、通奏低音奏者には、知識と瞬発力が求められるようになり、通奏低音の教本は、作曲法の教本の役割を担うようになっていきました。

バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 第1楽章
一番下がチェンバロ(通奏低音)です。規則的なリズムと共に数字が記してあります。

さらに、規則的な音符が並ぶバスは、音楽のテンポを刻む役割もあったので、しっかりテンポをキープする役割もありました。こうして、通奏低音奏者は、その後指揮者として独立するようになったのです。まさに、モーツァルトやベートーヴェンも、交響曲や協奏曲を演奏する際、チェンバロやピアノで通奏低音を弾いていましたが、ちゃんとテンポを演奏して示すことで、指揮者のようなことをしていたのです。

モーツァルトやベートーヴェンのピアノ協奏曲においては、ピアノのソロ以外の部分も、ピアノが和音を即興的に弾いて伴奏することを前提とされており、当時はピアニストが自分の出番まで黙ってオーケストラの前奏を聴いていることはなかったそう。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番《皇帝》第1楽章、オーケストラによる前奏部分
下から5段目の五線がピアノパートなのですが、ピアノの左手の上に数字が書いてあるのがわかります。

19世紀に入ってロマン派音楽が台頭し、オーケストラの規模も大きくなり、細かいことまで楽譜に書かれるようになったことから、通奏低音のような即興的なパートはだんだんと影が薄くなり、いつしか消えてしまいました。

しかし、ショパンやワーグナーも熱心に通奏低音を勉強しており、ショパンは自身のピアノ協奏曲を弾く際も、前奏部分で通奏低音を弾いていたそう。

とくにワーグナーについては、1842年に、音楽を始めるきっかけになった出来事として、次のように語っています。

音楽はなんとなく書けると思っていたが、やはり規則をしっかり学んだほうがいいと思い、(ヨハン・ベルンハルト・)ロジエの教本からまず通奏低音を熱心に学んだ。しかし、通奏低音の世界は本当に難しく、奥が深かった。だからこそ、この世界に魅了されてしまったのだ。その魅力から音楽家になることを決意した。

あのブラームスも、バッハのカンタータの通奏低音を編曲する際に、マッテゾン、ハイニヒェンの通奏低音教本を読み、バッハ自身による通奏低音の付け方を研究したそうです。

通奏低音は、指揮者の役割もありながら、作曲家が作曲を勉強する際に熱心に学んだ分野で、かと思えば即興的な演奏も必要となる、奥が深い分野なのです!

通奏低音を聴いてみよう

1. ハイニヒェン:協奏曲 ト長調 S. 213〜第5曲 ルール
2. ヘンデル/モーツァルト編:《メサイア》K.572〜第1幕より「そして天使は彼に話した」
3. バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ ト長調 BWV1021〜第1楽章
4. モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》 K.492〜第1幕より「万歳!」
5. ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 作品73《皇帝》〜第1楽章
6. ベートーヴェン:交響曲第1番 ハ長調 作品21〜第4楽章(通奏低音付き録音)

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

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