読みもの
2024.08.13
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その99

モレンド:語源はイタリア語で「消えかけて」! 19世紀初頭から用いられるように

楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第99回は「モレンド」。

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

チェルニー:ピアノ・ソナタ第2番 作品13〜第2楽章(初版)
師のベートーヴェン同様、チェルニーもモレンドを多用した作曲家です。

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

音楽にはさまざまな発想記号がありますが、今回は頻度こそそこまで多くないものの、どんな演奏表現が求められているのか、少し気になる楽語の一つを紹介いたします。モレンド、です!

続きを読む

主にフレーズの終わりに出てくることが多いこの楽語、元はイタリア語で、「死ぬを意味するmorireのジェルンディオ(現在分詞に近い活用)で、そのまま直訳すると、死にながらとなるでしょう。

しかし、イタリア語のmorireには、また別の意味があります。比喩的に「死ぬ」という言葉を使い、消えるや、薄らぐという意味を持つことがあります。

例えば、「火が消えかけている」をイタリア語で、「Il fuoco sta morendo.」と言います。音楽におけるモレンドもこれと同じく、消えかけて消えていくように、または消え入るようにと訳すのがちょうどいいでしょう。

演奏としては、デクレッシェンドをして、音量を限りなく弱めます。ただ、テンポはあまり遅くならないようです。簡単に言えば、フェードアウトと同じ効果です。

この言葉が用いられるようになったのは、およそ19世紀初頭です。歴史的に重要な音楽事典、例えばブロッサール(1703年)、ヴァルター(1728年)、ルソー(1768年)のものに、モレンドの記述はありません。

最初にモレンドを用いるようになった主な作曲家は、なんといってもベートーヴェンです! ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番」第2楽章の終わりに、モレンドの表記が見られます。

この作品は、第2楽章が「モレンド」の表記とともに、静かに幕を閉じたと見せかけて、ひじょうに気品の漂う、生き生きとした第3楽章に繋がるのですが、これほどにコントラストが効いたモレンドは、さすがベートーヴェンならではと言えるでしょう(まさに死んだふりでしょうか……?笑)。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73〜第2楽章、終わり(自筆譜)

もう一つ、ベートーヴェンの「モレンド」にまつわる小話をご紹介します。

「ピアノ協奏曲第5番」とまったく同時期に書かれた、「弦楽四重奏曲第10番」作品74より第2楽章の最後に出てくるモレンドです。

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 作品74〜第2楽章、終わり(初版)

上にご紹介している初版には、「エスプレッシーヴォ・モレンド」と書かれています。訳すと、「表情豊かに消えていくように」となります。

なんだか変ですね……死に際にチラッと見せる笑顔の様子なのか、それとも韓国ドラマの主人公がスローモーションで派手に死ぬ様子なのか……(笑)。

実はこの部分、自筆譜を見てみると、その答えが書いてあるのです!

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 作品74〜第2楽章、終わり(自筆譜)

見づらい自筆譜ですが、自筆譜の上段右端に“espressivo”、そしてその2小節あとの下段に”morendo”と書いてあるのが分かります。

初版と見比べてみてください! 自筆譜は、この2つの言葉がしっかり分けられて、別物として書かれています。“espressivo”の部分は表情をつけて演奏しつつも、その音型が断片のような形になったところで“morendo”が書いてあります。

この部分、初版がこのように印刷されてしまったことで、その後の楽譜も同じように印刷されてしまいました。

モレンドを聴いてみよう

1. ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 作品73〜第2楽章
2. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番 作品74〜第2楽章
3. チェルニー:ピアノ・ソナタ第2番 作品13〜第2楽章
4. ヴェルディ:《レクイエム》〜「我は嘆く」(Ingemisco)
5. マーラー:交響曲第9番〜第4楽章

マーラー:交響曲第9番〜第4楽章、終結部
morendoのドイツ語訳である、ersterbendが表記されています。
sterben(死ぬ)ではなく、ersterben(消える)という言葉が使われていることからも、「死ぬ」という直接的な表現が適さないことが分かります...!
大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ