太陽の恩恵に浴する祝祭の日々。夏至にまつわるプレイリスト
6月「夏至」特集から、ベーシストの小美濃悠太さんがお届けするのは「太陽」にまつわるジャズの名曲。
ジャズ・ミュージシャンたちは太陽が照らし出す風景をどう描いたのでしょうか。
白夜の太陽、新しい一日の始まりを知らせる太陽……私たちの頭上でさまざまな顔を見せる太陽を、音楽を通して感じてみましょう。
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...
メインビジュアル:Stiller Beobachter from Ansbach, Germany
「楽器が鳴らない」季節、夏至
夏に至る、と書いて「夏至」。至りました、と言われてもまだ梅雨真っ盛りで、夏が来た実感はない。じめじめしてるし晴れ間は少ないし、何より湿気の影響で楽器が鳴りにくい季節だ。とりわけ、弦楽器奏者にとっては忌々しい季節でしかない。正直に言えば、「夏至」に思い入れも感慨もないし、夏至について語ってください、と言われても「あー楽器鳴らないっすよね」くらいのコメントしか残せない(音楽家らしくロマンのあるコメントをしたいものだが)。
一方、北欧諸国には、日の長い季節がやってきたことを祝う「夏至祭」というものがある。冬になると日照時間が極端に短くなる北欧では、この季節の日の長さは祝祭が執り行なわれるほど価値のあるものなのだ。夏至近くの週末には、郊外でのんびり過ごしたり、パーティをしたりして過ごすのだそう。
夏至祭を楽しんでる連中が羨ましくて仕方がないのだけれど、亜熱帯気候の中で気分までじめじめしていても仕方がない。1年でもっとも気分のいい季節を迎えている北欧に思いを馳せながら、「夏至」をキーワードにして集めたプレイリストをご紹介しよう。
沈まぬ太陽に贈るバラード
「ザ・ミッドナイト・サン・ウィル・ネバー・セット」/クインシー・ジョーンズ楽団
世界的なプロデューサーとして、米国のポップミュージックのヒット作品を無数に生み出してきたクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)。エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞のすべてを受賞している偉大な音楽家だ。マイケル・ジャクソンの「スリラー」をはじめ、クインシーが関わったサウンドを耳にしたことがない、という音楽愛好家は存在しないはず。
そんなクインシー、元々はトランペット奏者としてキャリアをスタートさせている。ライオネル・ハンプトン楽団に参加した後、アレンジャーとしても活躍。1957年の「私の考えるジャズ」で初めてのソロ作品を発表し、3年後の作品が「アイ・ディグ・ダンサーズ」。この中に収録されているナンバーが「ザ・ミッドナイト・サン・ウィル・ネバー・セット」だ。
ツアーで北欧に滞在したときに見た白夜をテーマに書き上げられたバラード。沈まぬ太陽の神秘をイメージして書いたのだろう。ソロイストは恐らく名手フィル・ウッズ(Phil Woods)。クインシーのアレンジをバックに歌い上げた名演となっている。
あの陽は、永遠なのだろうか。
「ファースト・サン」/エプレ・トリオ
続いては、夜遅くまで昼間のように明るくなるノルウェーから。2013年に来日公演を行なったこともあるエプレ・トリオ(Eple Trio)。いわゆるジャズの即興演奏を長尺で聴かせるスタイルとは違い、メロディやハーモニー、空気感が作品の核になる北欧ジャズのスタイルの1つを採用しているピアノトリオだ。
アコースティックギターとピアノの特殊奏法を導入して演奏されているこのトラック。水平線の向こうに太陽が上り、照らされた水面が輝くようなサウンド。太陽という存在の神秘性さえも感じる。「夏至」という言葉を思いながらこのトラックを聴いていると、陽光を浴びる喜びと、それをもたらす太陽への感謝の表現に聴こえてはこないだろうか。
美しく短い瞬間を。
「ソルスティス」/ルーク・ハワード
ルーク・ハワード(Luke Howard)は、オーストラリア出身のピアニスト・作曲家。あまり日本で話題になることはないようだが、ピアノソロ、トリオ、ストリングスやエレクトロニクスを導入したものなど、作品は多岐にわたる。
この「ソルスティス(Solstice)」は、太陽の至点を意味する。Summer Solsticeで夏至、というわけだ。シンプルで短いピアノソロ作品は、前出のファースト・サンと同様に、太陽の神秘を表現するように聴こえる。当たり前のように存在している太陽というものの神秘を、このトラックが流れる2分21秒だけでも見つめ直してみてはどうだろうか。
それでも朝はやってくる。
「ウェルカム・ア・ニュー・デイ」/エレーナ・エケモフ
そういえばロシアあたりでは夏至をどのように考えているのか、やはり祝祭が開かれるのか、と思って調べてみたところ、やはり「イワン・クパーラ」という祭りがあるようだ。焚き火を飛び越えたり、川に花の冠を投げたりするそうで、ロシアだけでなくスラブ圏で行なわれるものだとか。
1番短い夜である夏至の日には、魔女や蛇、狼男など、あらゆる悪いものが寝ずに起きているので、人間も寝てはいけない、と信じられていたのだそう。この言い伝えと洗礼者ヨハネのためのキリスト教の祭りが結びついて、祝日の儀式として執り行なわれている。
日が沈まないとはいえ、夜はいずれ終わり、次の朝を迎えることになる。夏至を越えてしまうと、日に日に日照時間が短くなり、暗い冬を迎えることになるのだ。冬に向かう季節を受け入れ、また新しい一日を迎える、祭りのあとにピッタリなのがこの曲。ロシアのピアニスト・作曲家であるエレーナ・エケモフ(Yelena Eckemoff)ノルウェー出身で、プレイヤーとしてもレーベルオーナーとしても注目されるベーシスト、マッツ・アイレットセン(Mats Eilertsen)、あのマイルス・デイビスのバンドで活躍したドラマー・パーカッショニストのマリリン・マズール(Marilyn Mazur)という強力なリズムセクションを従えて録音された作品。の作品から「ウェルカム・ア・ニュー・デイ」。
どこか夏の終わりを思わせる(夏至のことばかり考えているせいか)切ないメロディーに始まり、徐々に抽象度を増していくインプロヴィゼーションは長く時間をかけてクライマックスを目指し、メロディに戻ることなく閉じていく。パーカッショニストとして楽曲全体を彩るマリリン・マズールのセンスが聴きどころ。
地平線の向こうに希望が見える。
「アバヴ・ザ・ホライゾン」/エスペン・エリクセン
最後にご紹介するのは、ノルウェーの新鋭ピアニストのエスペン・エリクセン(Espen Eriksen)の作品。彼のトリオに、美しい音色をもつサックス奏者アンディ・シェパード(Andy Sheppard)が加わって録音されたアルバムから「アバヴ・ザ・ホライゾン」を取り上げよう。
エスペン・エリクセンの諸作品はもともと好きでチェックしていたのだけれど、そこにあのアンディ・シェパードが参加したとなれば大歓喜一直線である。叙情的でドラマチックな作曲に、胸の底から感動を沸き起こすようなサックス。鉄壁の組み合わせと言うしかない。
夏至の祝祭を終え、まどろみながら窓の向こうに地平線と再び上り始める太陽が見えたとしたら、その瞬間にプレイリストを探し出してこの曲を聴きたい。恐らくそのとき人生のクライマックスを感じるのではないか。いや、普通に考えてクラマックスなはずはないのだけど、そんな情感を呼び起こす力が音楽にはある、と思っている。音楽は毎日をドラマチックにしてくれるものなのだ。
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