「うるさい楽器?」というイメージを覆す、美しすぎるジャズ・トランぺッター3選!
本当は花形のトランペットやサクソフォンをプレイしたかった、吹奏楽出身の弦バスプレイヤー・小美濃悠太氏による、オススメのトランぺッター3選。それぞれ違うスタイルのプレイヤーを厳選してご紹介します。トランペットの表現力と魅力を再発見! 「吹奏楽あるある」ネタと一緒にお楽しみ下さい。
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...
隠すつもりはない。私はベーシストになりたくて音楽を始めたわけではない。トランペッター、もしくはサクソフォニストになりたかったのだ。
高校の吹奏楽部の門を叩き、テナーサックス、あるいはトランペットを吹かせてくれと伝えた。しかしサックスもトランペットも吹いたことがなかった私が、これらの人気パートに入れるほど甘くはない。「これすごく低い音出るよ? ね? いいでしょ?」と言われながら、希望者ゼロの弦バス(吹奏楽界隈ではしばしばこう呼ばれる)パートに配属されたのだった。そのまま低い音を弾き続けて18年も経ってしまったとは……。
そんなわけで、花形管楽器たちに愛憎相半ばする視線を18年間向け続けた私がご紹介するのは、「クラシック愛好家にも聴いてもらいたいジャズトランペッター3選」。やや歪んだ視点から選んだ3人のトランペット奏者は、いわゆる一般的にイメージするジャズトランペッター像からは離れているかと思うが、「こういうのもいいな」と思っていただけることを願っている。
極上の大人のエンターテイメント! 甘い声のヴォーカルも人気のクリス・ボッティ
誰が見てもカッコいい、と言わざるを得ないのがクリス・ボッティ(Chris Botti)。アメリカのトランペッターで、ジャズ・フュージョン界での活躍はもちろん、ポール・サイモンやスティングのツアーメンバーとしてもキャリアを積み上げ、2000年代には自身のアルバムを数多く発表。輝かしい音色と華やかなプレイはもちろん、甘い声のヴォーカルにも人気があるスタープレイヤーである。
何しろ男前である。「イケメン」なんて軽いカタカナ4文字で表現してはいけない。どう考えてもカッコいい。端正なマスク、華やかなトランペット、甘い歌声。完璧である。それ故に、「どうせそんなのロクなもんじゃねぇよ」と卑屈な視線で食わず嫌いしていたことをここに告白する。
しかし、ある作品を手にとり、食わず嫌いを後悔することになる。ボストン・ポップス・オーケストラとの共演が収められた《Chris Botti in Boston》。これは全人類にオススメしたい作品。
オーケストラとの共演というだけでも豪華なのに、スティングやヨーヨー・マ、スティーブン・タイラーをはじめ、曲ごとに豪華ゲストを迎えた豪華絢爛なコンサート。これがもう、完璧に洗練されたエンターテイメント。どこをどう切り取ってもカッコいいし、不覚にも感動してしまうのである。
個人的には、2曲目の《When I Fall In Love》で早くも興奮のピークを迎える。ジャズのスタンダードナンバーとして愛奏される名曲だが、ここではストーリー性に溢れた素晴らしいアレンジが収録された。バラードを朗々と歌い上げる最初のパートはもちろん美しいのだが、2:30以降の指数関数的に上昇するテンションに思わずこちらも拳を握る。キレッキレすぎるバックのピアノトリオを従えた完璧なソロが終わる4:47で椅子を蹴倒し立ち上がる。一旦落ち着いたかのように見えるピアノトリオによる怒涛の演奏に、拳を突き上げ走り出し、最終的に再び美しく吹奏されるテーマのメロディに涙するのだ。
わずか1曲で紙幅が尽きてしまったが、ヨーヨー・マとの《Cinema Paradiso》、スティーブン・タイラーとの《Smile》もイチオシトラック。そしてできることなら、このコンサートが収められたDVDが付属しているCDをご購入いただきたい。映像で見ると興奮が5割増しである。エキサイティングなだけでなく、音楽へのリスペクトに満ちた美しいコンサートであったことがわかるはずだ。
胸が締めつけられる、息混じりの儚い音色 マティアス・アイク
吹奏楽部あるあるの一つに挙げられるのが、「高い音を出せるやつがスゴい」という価値観(あるあるだよね?)。とりわけトランペットの聴き方にはその価値観が強かったように思う。
しかし、そればっかり聴いてても疲れちゃうなぁ、と感じてトランペットへの興味を失っていた暗黒時代の後に出会ったのがマティアス・アイク(Mathias Eick)。ノルウェー出身のトランペッターで、その個性的な音色と、アンサンブルへの溶け込み方にすっかり魅了されてしまった。
ここでは敢えて彼のリーダー作ではなく、私が彼の音色に出会ったアルバムをご紹介したい。
スウェーデンのベーシスト・チェリストであるラーシュ・ダニエルソンのアルバム。このうち1、4、5、7、12曲目でマティアスの演奏を聴くことができる。
何を置いても、1曲目である。中音域の美しさを生かした演奏から始まるこのトラックでは、漏れる息がアンサンブル全体に儚さを与えている。そして半ばを過ぎた頃、切なく胸が締めつけられるような個性的な高音域が聴ける。この一瞬がこの短いトラックのハイライトであり、この瞬間のためにCDを買う価値がある。
同様に、7曲目でも中低域を中心にした演奏が聴ける。突き抜ける音色でアンサンブルをリードするのではなく、弦楽器やドラムのアンサンブルに美しい紗をかけるようなプレイに、これこそトランペットの真の美しさではないのか、と思わされるのだ。そしてきめ細やかな絹のようなアンサンブルを経て、2:50を過ぎたあたりのマティアスのメロディに再びやられてしまう。胸キュン。
巨星墜つ。トマシュ・スタンコ
少々とっつきにくいミュージシャンだけれども、このタイミングで彼を紹介しないわけにはいかないだろう。つい先日、2018年7月29日にその生涯を閉じた、トマシュ・スタンコ(Tomasz Stańko)。ポーランドジャズにおける伝説のプレイヤーだったが、「生ける伝説」と紹介できなくなってしまったことが悲しい。
同じくポーランドジャズの伝説のひとりであるクシシュトフ・コメダ(Krzysztof Komeda)のクインテットに参加したことをきっかけに、同時代のフリージャズムーブメントの影響を受けながら独自の個性を確立。ポーランドや北欧の若いミュージシャンを起用した自身のグループでは数多くのレコーディングを残し、キャリアの後半ではニューヨークの先鋭的なミュージシャンとの作品をレコーディングした。
彼のプレイは、強力な個性……というかクセがある。誤解を恐れずに言えば、ヘタウマ、あるいは上手いのかどうかわからない、とも表現できる。曖昧なピッチ、時折聴こえる唸りや叫びにも似たプレイは、「なんじゃこりゃ」と感じることもあるだろう。しかし、上手い・下手といった軸で彼の作品を評価することはできない。他の誰にも表現できない緊張感と美意識が、彼の音楽の真髄である。
さて、彼の幅広いキャリアからアルバム一枚だけ選ぶのはなかなか難しい。悩みに悩んだが、ダークな美しさに溢れたこの一枚をご紹介したい。トマシュが在籍したレーベル・ECMのキャッチコピーである「静寂の次に美しい音」にふさわしい作品。間違ってもドライブ中やデート中に聴いてはいけない。できればひとりで暗い部屋にこもり、大きめの音で聴くと良いだろう。乗客の少ない電車の中もオススメ。バラード《Song For Ania》はけだし名曲。《Kattorna》の静かに張り詰めた緊張感を味わった後は、どうやって日常に戻ったらいいのかわからなくなるほど。
アルバム一枚に絞るのはやはり難しいので、もう1枚だけ。こちらは彼のキャリアの前半の方、不思議でヘンな魅力に溢れた作品。4曲目のタイトル曲《Bluish》は、何とも掴みどころのない曲。しかし、演奏してみると即興演奏の素材として魅力的なことがわかってしまったりする。手前味噌だが、同じ曲を自分で演奏してみた動画も合わせてご紹介したい。
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