読みもの
2025.05.21
牛田智大「音の記憶を訪う」 #12(最終回)

【牛田智大 音の記憶を訪う】自分の音楽に還る ワルシャワでの日々

人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人、牛田智大さんが、さまざまな音楽作品とともに過ごす日々のなかで感じていることや考えていること、聴き手と共有したいと思っていることなどを、大切な思い出やエピソードとともに綴ります。

牛田智大
牛田智大

2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで...

撮影:ヒダキトモコ

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私にとって毎年4月からの数か月間は、演奏会の頻度をいくらか減らして、新曲の譜読みやいろいろな勉強に集中するための貴重な期間です。今年もその時期がやってきました。ワルシャワで学ぶようになって早くも4年目を迎えようとしていることに驚きつつ、こちらでの生活にもだいぶ慣れ、少しずつ生活の質が上がってくるにつれて勉強に集中できる時間が増えてきたところです。

牛田 智大 Tomoharu Ushida
2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで上海で育つ。
2012年、クラシックの日本人ピアニストとして最年少(12歳)で ユニバーサル ミュージックよりCDデビュー。これまでにベスト盤を含む計9枚のCDをリリース。2015年「愛の喜び」、2016年「展覧会の絵」、2019年「ショパン:バラード第1番、24の前奏曲」、最新CD「ショパン・リサイタル2022」は連続してレコード芸術特選盤に選ばれている。
シュテファン・ヴラダー指揮ウィーン室内管(2014年)、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管(2015年/2018年)、小林研一郎指揮ハンガリー国立フィル(2016年)、ヤツェク・カスプシク指揮ワルシャワ国立フィル(2018年)各日本公演のソリストを務めたほか、全国各地での演奏会で活躍。その音楽性を高く評価され、2019年5月プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管モスクワ公演、8月にワルシャワ、10月にはブリュッセルでのリサイタルに招かれた。2024年1月には、トマーシュ・ブラウネル指揮プラハ交響楽団日本公演のソリストとして4公演に出演。
20歳を記念し2020年8月31日には東京・サントリーホールでリサイタルを行い、大成功を収めた。また2022年3月、デビュー10周年を迎えて開催した記念リサイタルは各地で好評を博すなど、人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人として注目を集めている。
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静寂に向かう音楽

ここワルシャワではピオトル・パレチニ先生のクラスで学んでいます。思えば先生とはじめてお会いしたのは9歳のころで、その後もことあるごとに定期的にレッスンをいただいたりしていたことを含めれば、先生との学びはだいぶ長い期間にわたります。

私にとって、9歳のときの先生との出会いは音楽家としての「原点」とでもいえるものでした。それまで「どれだけ輝かしい音で力強く弾くか」ということに思考が向いていた私は、先生がレッスンの最初におっしゃった「君はもっと静寂を愛したほうがいい。ピアノという楽器はffよりもppの音のほうがずっと美しいのだから」という言葉がきっかけで、大きく方向転換することになったのです。

その考え方は、今にいたるまで作品に取り組むうえで第一の指針になっています。先生のもとでショパンの協奏曲やいくつかの小品、シューベルトの作品に取り組んだ10代前半の期間には、その後の私にとって核となる学びがたくさんありました。

デビューして仕事を始めてからは、勉強するレパートリーの中心がロシア作品に移り、ラフマニノフやプロコフィエフを大きなホールでも演奏できるようになるために、音の密度や音楽的なスケールを広げることに意識が向くようになりました。そのおかげで、演奏できる作品の幅が広がり、いろいろなアイデアをストレスなく試せるようになりましたが、22歳を過ぎ、これからどんなレパートリーに取り組んでいくか考えたとき、かつて先生から学んだ“静寂に向かう音楽”をもう一度深めたいと思うようになったのです。先生のクラスに入ったときには、「ただいま!」と言いたくなるような、どこか帰ってきたような感覚を覚えたものです。

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