ベートーヴェンと“悪魔”のような即興
年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第24回は、即興演奏について。弟子やライバルピアニストたちから「悪魔」や「魔法」と呼ばれたベートーヴェンのテクニックは、いかほどのものだったのでしょうか?
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
耳の肥えたウィーンの人々をもうならせたベートーヴェンの即興
1792年、故郷ボンを離れてウィーンに定住したベートーヴェンは、見事なピアノ演奏によってウィーンの貴族たちの心を捉えることに成功し、音楽家として名を馳せてゆく。
「音楽の都」の人々は、耳が肥えている。ベートーヴェンはどうやって彼らを振り向かせたかというと、優れた即興演奏の能力が一役買ったようだ。ベートーヴェンがどんな即興を行なったのか、楽譜も録音もないのだから、残念ながら現代の私たちは知るすべがない。
しかし、弟子のフェルディナント・リースによれば、「湧き出る豊かな楽想、没入してしまう雰囲気」があったという。没入してしまう?! なんだか凄そうだ。 鬼気迫る演奏だったのかもしれない。
また、カール・チェルニーは「何か魔法のような力が働いている」という言葉で賞賛している。カリスマ性がハンパない。指は太く、毛むくじゃらの手で、非常にデリケートなレガート奏法を聴かせたというベートーヴェン。その演奏姿のギャップもまた、人々の目には魅力的に映ったかもしれない。
当時の娯楽? 演奏対決
当時は「演奏対決!」というエンタメ性たっぷりのイベントがあったのも面白い。1800年にベートーヴェンと対決したのは、ベルリン生まれのピアニスト、D.シュタイベルト。トレモロ奏法でベートーヴェンを打ち負かすはずが、ベートーヴェンはシュタイベルトの作品からものすごい即興演奏を発展させてみせた。それも、わざと楽譜を逆さまに置くという、少々相手をおちょくるようなパフォーマンスも見せつけながら……。同じように即興対決でベートーヴェンに敗れたJ.ゲネリクは、チェルニーの父親に「あいつは悪魔だ、思ってもみない至難の技をやってのけた」と語ったそうだ。
魔法とか、悪魔とか。即興中のベートーヴェンは、かなり常人離れしたオーラを放っていたに違いない。
ピアノ協奏曲3番、5番、7番/D.シュタイベルト
難聴を患ったベートーヴェンであるが、晩年にはどの程度聞こえていたのだろう。残る聴覚を頼りに、即興演奏をしてしたというエピソードも残されている。英国のジョン・ラッセル卿が1821年にベートーヴェンを訪れたとき、大作曲家はミスタッチを繰り出しながらも長大な即興演奏を聴かせたという。その様子は、「目を見開き、口元を震わせ、自ら呼び覚ました悪魔によって力を与えられた魔法使いのよう」に弾いた。またしても、悪魔&魔法! しかしラッセル卿は続けている。「難聴の彼には自分の出す音が聞こえていないのだろう、静かに弾くときは楽器からは一音も鳴っていない。彼は、心の耳で聴いていたのだ」。巨匠の晩年の姿としては切ないというか少々痛々しいが、その姿もまた、尋常ならざる迫力を宿していたかもしれない。
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