読みもの
2020.04.20
林田直樹のミニ音楽雑記帳 No.8

クルレンツィスのベートーヴェン「第5」——「運命が扉を叩く」は滑稽だ

林田直樹
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

メイン写真 ©Julia Wesely

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現代のクラシック界の風雲児、テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナによるベートーヴェン「交響曲第5番ハ短調」がついにリリースされた。

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響きがとにかく違う。荒々しい、暴力的な、何というオーケストラの鳴り方だろう。
粘っこくて、弾力的で、膨張したり、収縮したり、脅かしたり、戸惑わせたり——。
決して上品ではない。格調高いとも言えない。
もっと、人を取り乱させるような、恐ろしいことを語ろうとしている音楽だ。

いわゆる「運命」というニックネーム(日本のマーケットでしか通用しない悪しき習慣と言っていい)で知られているこの交響曲には、過去の名だたる名演奏がたくさんあり、ジャジャジャジャーン、というと「ああ、運命ね」という感じで、“ザ・クラシック”という先入観で塗りこめられてしまっている。

それを覆すのは容易ではない。

今回のこの解釈を練り上げ、この交響曲を「新しい何か」として見、聴けるようになるまでに、クルレンツィスは20年という歳月を必要としたのだという。彼はライナーノーツでこう語っている。

「第5交響曲に対して、ひとつの世代全体が、例えば『運命が扉を叩く』といった安易な“哲学的”思想をくっつけようとするのは悲しくも滑稽なことに思える」

「……そこに灯っているのは、わかりやすい、バランスのとれた品行方正な美しさなどではなく、不道徳で、人を元気づけ刺激する美しさという光である。この音楽が示している強烈な意思のすべて、そしてこの途方もないエネルギーのすべては、聴き手を浄化し、その意識と精神の中に一筋の光を投げかけてくれることだろう」

不道徳な美しさ——。いかにもクルレンツィスらしい挑戦的な視点である。

生誕250年を迎えたベートーヴェンの音楽を新たに問い直す上で、避けて通れない名盤。ぜひとも家にひきこもってじっくりと耳を傾けたい。

林田直樹
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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