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2023.01.27
日生劇場開場60周年記念 5月27日・28日 ついに日本初演!

ケルビーニの幻の傑作オペラ『メデア』~人間の本質をみるドラマに共感できる?共感できない?

日本ではこれまで全曲上演されたことがない、ギリシャ悲劇を題材にしたケルビーニの傑作オペラ『メデア』。2023年5月、開場60周年を迎える日生劇場で、いよいよ日本初演を迎えます。なぜ幻の作品なのか、壮絶な復讐を遂げる王女メデアはどんな女性なのか。メデア役のソプラノ中村真紀さんと指揮の園田隆一郎さんに、謎を解き明かす貴重なお話を伺いました。

室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

写真:ヒダキトモコ

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ケルビーニのオペラ『メデア』とは

18世紀末から19世紀の初めにパリで活躍したイタリア出身の作曲家ルイジ・ケルビーニ。彼の代表作である『メデア』は、1797年にパリで初演されたフランス語のオペラです(フランス語のタイトルは『メデ』)。

あらすじ

舞台は古代コリントス。国王・クレオンテは、数々の冒険に出かけて偉業を打ち立てたジャゾーネに、娘のグラウチェを嫁がせることにした。しかし、ジャゾーネの前妻・メデアの存在がグラウチェの心に暗い影を落とす。ジャゾーネがクレオンテに謁見した際、メデアが現れ、かつてジャゾーネと交わした愛と、奪われたふたりの子どものことを訴えるが、ジャゾーネは拒絶する。メデ アは悲嘆と怒りのあまり、ジャゾーネへの復讐を誓う。

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初演はそれなりに好評を博したようですが、1820年代に入ってパリでロッシーニ旋風が巻き起こると、次第にケルビーニのオペラは忘れ去られていきます。ただドイツ語圏では上演が続けられ、ベートーヴェンやシューマン、ブラームスが絶賛しています。フランス語の『メデ』はアリアや重唱の間をセリフで繋ぐオペラ・コミックのスタイルで書かれていましたが、その後、1850年代にドイツの作曲家ラハナーによってドイツ語のレチタティーヴォが付け加えられます。1909年のイタリア初演に際してイタリア語に翻訳され、これをベースに1953年マリア・カラスがフィレンツェで上演したことで『メデア』は現代に甦りました。

そんな『メデア』は、日本ではこれまで全曲上演がされたことのない “幻の作品”でした。しかし2023年5月、ついにそのヴェールを脱ぐ時がやってきます。イタリア語版の『メデア』が、日生劇場開場60周年記念公演として日本初演されることになったのです。今回、タイトルロールを歌うソプラノの中村真紀さんと、指揮の園田隆一郎さんにお話を伺うことができました。

なぜオペラ『メデア』は幻の作品なのか

——『メデア』は昨年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演され話題となりましたが、そもそも欧米でもそれほどよく上演される作品ではありませんね。

園田 存在そのものは知っているけれど、実際に舞台を観た人は多くない、という作品ですね。ヨーロッパではやはりマリア・カラスの名演があったので、なかなかその後に上演しにくいという事情はあるかもしれません。

園田隆一郎(指揮)
東京藝術大学音楽学部指揮科、同大学大学院を修了。遠藤雅古、佐藤功太郎、ジェイムズ・ロックハートの各氏に師事。その後イタリア、シエナのキジアーナ音楽院にてジャンルイジ・ジェルメッティ氏に師事。2002年より文化庁在外派遣研修員、野村国際文化財団、五島記念文化財団の奨学生としてローマに留学。この間、ローマ歌劇場やマドリード王立歌劇場など、多くのプロダクションでジェルメッティ氏のアシスタントとして研鑽を積んだ。また ロッシーニの権威アルベルト・ゼッダ氏との交友も深く、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)で師事したのをきっかけにその後ヨーロッパ各地で数々の作品を学び、2006年以降、ROF、ボローニャ歌劇場、フランダース・オペラなどへ出演。

中村 声楽家からすると、とにかくめちゃくちゃむずかしい! 第1幕から第3幕まで時代を駆け抜けていくような、さまざまなスタイルが入っているんです。

また、声帯の使い方にもこれまでにないものが求められています。たとえば、テノールのようなパッサージョ(声の出し方を変える箇所)が必要だなと思うこともありますし、さらにはポップスの歌手の方がするような張り上げる声の方がいいと思うところも。とにかくいままで使ったことのない場所を開発していかなければならないと感じています。

中村真紀(ソプラノ)
東京音楽大学卒業、同研究生オペラコース修了。ハンガリー国立リスト音楽院で研鑽を積む。ブダペスト春のフェスティバル出演。新国立劇場オペラ研修所修了。文化庁新進芸術家海外研修にて渡伊。第12回レオンカヴァッロ国際オペラコンクール第3位、聴衆者賞受賞。プッチーニ「トスカ 」(トスカ )「トゥーランドット」(トゥーランドット)等多くのオペラに出演。二期会会員。

園田 もともとケルビーニが書いたフランス語の『メデ』は古典的な音楽ですが、イタリア語による版が作られたのがヴェリズモ・オペラ大流行の時代だったせいか、意外な和音が顔を出したりしていて、イタリア近代がそこかしこに顔を出します。ですから、古典的な音楽とヴェリズモ的な音楽、両方を歌いこなせる歌手でないとメデアは演じられない。マリア・カラスはその両方を持っていた、ということでもあると思いますが。

中村 特にレチタティーヴォの部分がとても色彩豊かだと感じます。メデアの感情を表す言葉と音楽が非常にリンクしているんですね。たとえばジャゾーネを騙そうとする場面なんか、あまりに美しい音楽で逆にゾッとするくらいです。

園田 序曲はベートーヴェンが第1交響曲を書くよりもずっと前にこんな激しい音楽があったのか、と思わせるようなものですし、メデアが登場して最初に歌うアリアは美しいヘ長調・4分の3拍子の音楽の中に彼女の怒りや恨みが込められている、もちろん内容は違いますが、ちょっとモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・アンナを思わせるところがあります。

最後に子どもを殺しにいく場面の音楽も、古典派らしい素早いテンポのスタイルを持ちながら徐々に狂気にかられていくような心情を感じさせます。フランスの悲劇オペラの伝統に則りつつも、イタリア人ならではの“歌う心”が随所に顔を出すところがとてもおもしろいです。

二元論では語れない人間の本質、永遠のテーマを秘めたメデアという女性

——裏切り者の夫ジャゾーネに復讐するために、最後には自分の子どもまでも手にかけてしまうというメデアについて、どのような女性だととらえていらっしゃいますか。

中村 女性が持っている悲しみや苦しみを体現した人として理解はできますが、私自身ひとりの母親として、最後の部分については、いまはまだ心情的には受け入れられないです。

園田 メデアに拒否反応を示す人もいれば、もしかすると共感する人もいるかもしれないという意味で、観る人によってとらえ方が変わってくるのだと思います。その葛藤を音楽で表現するのがとても難しい。

——よくメデアはノルマと比較されますが。

園田 男性への愛に悩むのは同じだけれど、最後に自分自身を犠牲にしたのがノルマで、メデアは子どもを犠牲にしても男性への復讐を全うするという点がちがいますね。

中村 愛の持ち方がちがうのでは。メデアという人は、自分しか愛せないのではないかと思うんです。どんなに涙を見せても、葛藤しても、結局は自分という人間をみせるための手段、自己愛の表現にしかみえない。今後、皆さんとのお稽古を通して、そのとらえ方が変化していくのかもしれませんが。

——ただそうしたメデア像も、結局は男性がつくった造形なんですよね。そして翻ってみると、メデアのように男性に翻弄されて罪を犯してしまう女性というのは現代社会にもあふれています。そういう意味では非常に現代的なテーマも内包している作品だと思うんです。

中村 現代社会で問題になっていることとリンクしていますよね。そういう点で栗山民也さんがどのような演出をされるのかが非常に楽しみです。

栗山民也(演出)
東京都出身。早稲田大学文学部卒業。2000年から2007年まで新国立劇場演劇部門芸術監督、また2005年から2015年まで新国立劇場演劇研修所長を務める。紀伊國屋演劇賞、読売演劇大賞の大賞及び最優秀演出家賞、芸術選奨文部科学大臣賞、毎日芸術賞千田是也賞、朝日舞台芸術賞、朝日舞台芸術賞グランプリ、菊田一夫演劇賞,紫綬褒章など受賞多数。著書に「演出家の仕事」(岩波書店)がある。

——では最後に、この公演にかける意気込みをお聞かせください。

中村 メデア役に選んでいただけたのは本当にうれしいし、大変むずかしい役ですがそこに挑戦ができるというのは歌手としてとても幸せだと思っています。昨年藤原市民オペラ『ナブッコ』でご一緒してから、園田さんとはもう一度共演したいと思っていたので、またご一緒できるのがとても楽しみです。

また栗山民也さんは、私が新国立劇場研修所に所属していた時代に演劇研修所の所長をしていらして、いくつか作品を拝見していつかその演出作品に出演してみたいと思っていた方なんです。ふたつも夢が叶う舞台ですから、とにかくベストを尽くし、100%以上の力を出し切りたいです。

園田 実は僕は、生まれて初めて指揮者の仕事をしたのが日生劇場だったんです。何も知らない学生時代から副指揮者としてたくさん勉強をさせてもらった、いわば日生劇場に育ててもらいました。

そんな日生劇場の開場60周年記念という特別な機会に、しかも古典の名作である『メデア』の日本初演という特別なプロダクションを指揮できるのは本当に光栄ですし、また責任も感じています。

開場60周年を迎える日生劇場で上質な芸術体験を

近年、日本のオペラ歌手や指揮者の実力は確実にボトムアップしています。『メデア』の日本初演はそうした背景があるからこそ可能になったのだと思いますし、またそこに日生劇場開場60周年という好機が重なったのだといえるでしょう。まさに日本のオペラ界の“いま”を体現するプロダクションとなるにちがいありません。

他に開場60周年記念公演として、「NISSAY OPERA 2023」では、53年ぶりのヴェルディ作品となる『マクベス』を日生劇場芸術参与の粟國淳演出で上演、三島由紀夫原作・ヘンツェ作曲『午後の曳航』のドイツ語版初演を宮本亞門演出で上演する予定。ギリシャ神話、シェイクスピア、三島由紀夫、とさまざまな時代と国の文学作品によって、多様な人間の本質をみるオペラがならびました。

家族で本格的な舞台芸術を楽しめる「日生劇場ファミリーフェスティヴァル 2023」では、音楽劇『精霊の守り人』、舞台版『せかいいちのねこ』、谷桃子バレエ団『くるみ割り人形』~日生劇場版~ を上演予定。

いずれも日本の芸術分野におけるエキスパートが参加しての質の高い上演が期待されます。2023年は日生劇場で特別な体験ができる年になりそうです。

日生劇場内は、壁も天井も曲面で構成され、壁はガラスタイルのモザイク、天井には2万枚ものアコヤ貝が貼られ、幻想的な雰囲気。著名な建築家村野藤吾氏(1891-1984、日本芸術院会員、文化勲章受章者)の設計による。
©日生劇場
公演情報
日生劇場開場60周年記念公演ラインアップ

【NISSAY OPERA 2023】

①NISSAY OPERA 2023『メデア』

2023年5月27日(土)、28日(日)

指揮:園田隆一郎、演出:栗山民也、出演:岡田昌子/中村真紀 ほか

②NISSAY OPERA 2023『マクベス』

2023年11月11日(土)、12日(日)

指揮:沼尻竜典、演出:粟國淳

③東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2023提携『午後の曳航』

2023年11月23日(木・祝)、24日(金)、25日(土)、26日(日)予定

指揮:アレホ・ペレス、演出:宮本亞門

 

【日生劇場ファミリーフェスティヴァル】

①音楽劇『精霊の守り人』

2023年7月29日(土)~8月6日(日)

②舞台版『せかいいちのねこ』

2023年8月19日(土)、20日(日)

③谷桃子バレエ団『くるみ割り人形』~日生劇場版~

2023年8月25日(金)、26日(土)、27日(日)

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室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

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