ケント・ナガノ×能楽師 山本章弘が「月に憑かれたピエロ」と新作能「月乃卯(つきのうさぎ)」を同時上演
世界的な指揮者ケント・ナガノと観世流能楽師・山本章弘がコラボレーションし、月をテーマに能の新しい作品を制作、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」との同時上演が、9月12日(月)に大阪市中央区の山本能楽堂にて行なわれる。
この秋、「月」をテーマにケント・ナガノのディレクションによる西洋音楽と、日本の伝統芸能の能楽が日本の舞台で出会い、ひとつに結ばれるというコンセプトだ。
1960年、大阪生まれ。観世流能楽師。重要無形文化財総合指定保持者。公益社団法人能楽協会本部理事。公益財団法人山本能楽堂代表理事。特定非営利活動法人べっぷかんこうかい理事長。初舞台は3歳。能を「現代に生きる魅力的な芸能」として捉えなおし、能楽の普及と継承につとめる。子どもたちへの能の次世代教育も積極的におこない、これまでに全国で8万人以上の子どもたちに能の魅力を伝えてきた。また、ブルガリアを中心に、東・中央ヨーロッパと日本の能の海外公演を通じた国際交流につとめ、ヨーロッパ最大規模のシビウ国際演劇祭(ルーマニア)に6年連続招聘を受ける。2017年秋大坂城とブルターニュ大公城(フランス・ナント市)の友好城郭提携の調印式でも能の公演を実施し国際親善につとめる。2022年秋には大阪市とミラノ市の姉妹都市40周年記念としてミラノで公演を予定。
日系アメリカ人三世のケント・ナガノが幼い頃、日本人の祖母から聞いた昔話の中でも、一番好きだったのが「今昔物語集」の中にもある「月とうさぎ」の物語。
古くから身近なものとして「月」を愛でてきた日本(東洋)的な思想に反して、西洋では月はときに「狂気」の象徴。その特徴が色濃く反映されたシェーンベルク作曲の『月に憑かれたピエロ』を並べることで、東西で相反する月への思いを表現するという。
『ピエロ』には、世界中の歌劇場や音楽祭で活躍、2022年にはソリストとして参加したマーラーの録音がグラミー賞を受賞したことも記憶に新しいメゾソプラノの藤村美穂子が参加。
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、同大学院修了後、ミュンヘン音楽大学大学院に留学。在院中にワーグナー・コンクール(バイロイト)で事実上の優勝、マリア・カナルス・コンクール優勝など数々の国際コンクールに入賞後、オーストリア第二のオペラハウス、グラーツ歌劇場の専属歌手として、幅広いメゾのレパートリーを歌う。
この公演では、クラウドファウンディングを募っており、2000円以上の寄附者には、オンラインでの公演視聴と、公演で配布する非売品のパンフレットが送られるとのこと。
第一:今回のプロジェクトについて
21世紀にとって、今回のプロジェクトはどういう意味を持つのだろうか。
ピエロは、通常の言葉のカタログには当てはまらない、特別なシュプレヒシュティンメを使った特別な形の音楽ですが、物語ではありません。典型的なストーリーを語らないし、抽象的なのです。 オペラのように歌われるわけでもありません。それでいて、言葉がとても重要なのです。能とのコラボレーションを模索することになったのは、私の先祖の出身地である鹿央町の千田聖母(ちだしょうも)八幡宮に行ったことがきっかけです。神社を訪れると、もう夕方で、小さな野外舞台がありました。月明かりの下、なぜか突発的に「ピエロ・ルネール」を野外で上演することを思いつきました。「ピエロ・ルネール」の “ルネール “は、月をイメージしています。熊本の森という特殊な自然の中で、ピエロとシュプレヒシュティンメを考えるのは面白いかもしれないと思いついたのです。
そしてもちろん、子供の頃に祖母が話してくれた「ウサギと月」の物語を思い出しました。これが私の考え方のベースになっています。山本先生とコンタクトが取れたのは、指揮者で友人の中田昌樹 さんのおかげです。能楽の世界で、このようなアイデアを受け入れてくれそうな人に話を聞ききたいと伝えました。すると、由希子さんが山本先生の先進的な考え方の記事をいくつか見せてくださり、幸運なことに、「話をしましょう」という私の申し出に応えてくださったのです。そして、山本先生のアイデア、伝統的な能楽の古典原理、そして伝統能楽がクラシック音楽と重なり合うことから、このプロジェクトが生まれました。 これら(能とクラシック音楽)はどちらも「生きた芸術形式」と言えるでしょう。絵画や彫刻とは異なり、リアルタイムで行われる点で生きています。能の力と音楽の力は、部分的には言葉から、部分的には楽譜から生まれるのですが、特に目では見えない要素から生まれます。見えないものというのは、静寂、タイミング、間合い、呼吸などです。これらの目に見えない要素は、能にもクラシック音楽にも不可欠なものです。また、時間の流れは、クロノグラフや腕時計の時間とは全く異なります。能楽で体験する時間やクラシック音楽で体験する時間は、実は4次元や5次元といった他の次元にもっと関係があるのです。そして最後に、視覚芸術や音楽芸術で言うところの表現主義です。これは、さまざまな構成要素に基づいています。しかし、その中でも特に関連性が高いのは、不協和音や葛藤に対するアプローチです。表現主義では、不協和音は準備されていません。不協和音が準備されている古典派やバロック、ロマン派の時代とはまったく異なります。表現主義では、不協和音や対立は準備されずにやってきて、解決されないまま放置されることが多いのです。ロマン派のアプローチとはまったく違うのです。この点が、能とクラシック音楽の大きな架け橋になっています。そして、能楽という文脈を通して、『ピエロ・リュネール』や『シュプレヒシュティンメ』が、単に過去に限定されるものではなく、21世紀の「今」の目で見ることができるのではないか、というのが私の希望です。
*千田聖母(ちだしょうも)八幡宮
ケント・ナガノ氏のご祖父がこの神社で幼少の頃よく遊ばれました。
http://www.komainu.org/kumamoto/yamagasi/chidashomo/chidashomo.html
第2:なぜオペラではなく、能なのか。
『ピエロ・リュネール』は私にとって定番のレパートリーで、定期的に上演しています。私自身、伝統的なオペラハウスでも何度か指揮をしたことがあります。ですから、西洋のオペラハウスで上演することに何か違和感を感じるというわけではありません。しかし、重要なのは、この芸術をいかにして後世に伝えていくかということだと思います。芸術というものは、常に進化し、発展し続けることが重要です。これまでもそうでしたし、これからもそうでしょう。そして、私たちパフォーミング・アーティストにとって重要なことは、これらの偉大なコミュニケーション・フォームが、次の世代にも意味と妥当性を持ち続けられるような方法を模索することです。ある名作を普段とはまったく違う文脈で見ることで、多くのことが見えてくることがあります。時には、偉大な名作をまったく予想外の文脈で見ることができることで、すでに知っていると感じている作品について、異なる視点を持つことができるのです。そして、このような異なる視点は、有名な作品を初めて体験する観客に伝えるための扉を開いてくれるのです。
ですから、『ピエロ・リュネール』などの名作を、ただ馴染みのある文脈で演奏するのではなく、時には挑発的に、名作をまったく別のフォーマットで演奏することが大切なのです。名作を別の文脈に置くということは、時に行き当たりばったりで、軽薄で、無礼なこととみなされる可能性があります。
しかし、今回の場合は、素晴らしい山本先生と一緒に仕事をし、このプロジェクトは1年以上も前から準備されていたのですから、非常に特別なことなのです。無作為のものではありません。能とクラシック音楽の両方に対して、深い真剣さと責任感、そして献身の念を持って取り組んできたものなのです。これは日常的に、あるいは頻繁に行われるものではありません。このような挑発が行われるときは、非常に真剣に、責任をもって行われなければならないと考えます。
第3:「月に憑かれたピエロ」について
好きな点をひとつだけ挙げるのは難しいですね。この作品は、さまざまな意味でラディカルで革命的であり、重要な意味を持っていると思います。当時、オペラは、今でいうグランドオペラの形で発展していました。モンテヴェルディのことを考えると、音楽と演劇の融合、つまりテキストと音楽が相互に作用して劇的な演劇的結果を生み出すというオペラの根幹が、オーケストラの大型化、劇場の大型化を招き、人気と需要のために非常に困難になってきていたのです。リヒャルト・ワーグナーのような偉大な人物は、言葉の内容の重要性を強調しようとしました。オペラを演劇として、演劇をドラマとして、ドラマを音楽としてとらえるには、音楽と一緒に文章を表現するという内容が不可欠だったのです。
しかし、形式が発展してくると、次第に、大きなオーケストラ、大きな演奏空間という非常に大きなスケールが要求され、歌手の言葉を明確に理解することが非常に困難になってきました。アルベルティーネ・サミュエルの要求に応えたシェーンベルクの反応を振り返ってみると、実はミニマリズムへの回帰、あるいはごく基本的なものへの回帰であり、努力しなくてもごく簡単に、観客はテキストに深く入り込み、演奏者がテキストの舞台を共有する方法を見出し、深く入り込んでいくのです。これは、私が魅力的だと思うことのひとつであり、また非常に重要なことでもあります。
シェーンベルクは、マーラーをはじめ、ストラヴィンスキーやメシアンの20世紀の巨匠たちなど、多くの作曲家に影響を与え、未来の世紀に向けてオペラを発展させるという考えを前進させたのです。また、詩そのものに話を戻すと、コメディア・デラルテの視点、つまりイタリアのコメディア・デラルテの伝統を取りいれることにより、私たちがよく知るピエロの姿を組み合わせて作られた詩が非常に美しいのです。イタリアの演劇を通じて私たちがよく知っている人物も多くみられます。ピエロのキャラクターは通常、ユーモラスで皮肉なキャラクターで、しばしば社会的な状況の中でトリックやゲームをする人物として描かれることがあります。
しかし、ピエロの世界が月と結びついていることで、通常の社会的状況を、月の光、月の時間、月の環境というまったく別の次元に置き換えられ、私たちがこれまで経験したことのない詩的な形式で、独特の表現美をもたらすことになったのです。そして、私が「ピエロ・リュネール」のテキストや詩の美しさだけでなく、強さ、エネルギーに魅力を感じるのは、実はこの内面的な美しさなのです。それは、子供の頃に初めて能楽を見たときの印象と重なります。
開催日時: 2022年9月12日(月)18:30~20:00(予定)
開催場所: 山本能楽堂
指揮: ケント・ナガノ
出演: 藤村 実穂子、ハンブルク交響楽団室内アンサンブル
能楽師: 山本章弘 ほか
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